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 新型コロナウイルスの影響で失業したり、収入減となったりした人が大幅に増加したことはもはや周知の事実であるが、窮地に立たされたとき最後のセーフティネットとなるのが「生活保護」だ。

 生活保護に関しては、受給者に対する世間の目が冷たいことを危惧して受給をためらう人も多いであろう。しかしながら、その不安を乗り越えて申請しようと試みた人たちにも「水際作戦」という壁が立ちはだかることがある。

 「水際作戦」とは、福祉事務所生活保護の申請を拒むことだ。実際に申請を断られてしまったという、都内在住の田中里奈さん(22歳)に話を聞いた。

緊急事態宣言で実質無職に
 大学を卒業後、事務のアルバイトとして働いていた田中さん。週に5日のアルバイトで16万円程度の収入が見込めると考え、そのお金で生計を立てようとしていた。しかし緊急事態宣言後、アルバイト先が突如休業に。大学を卒業したばかりで貯金もなく、来月の家賃すら支払えない事態に陥った。そのときの状況について、田中さんは「絶望的だった」と語る。

「一人暮らしなので、アルバイト先が休業すると聞いたときは目の前が真っ暗になりました。金銭的に頼れるような人もいませんでしたし。普通私くらいの世代がお金に困ったときって、親に経済的な援助を求める人が多いじゃないですか。でも私の家は経済的にあんまり裕福じゃなくて。大学も奨学金で通ってましたし、小さい頃からお金のことで揉める親の姿をずっと見てきたので、親に頼ろうとは思えませんでした

 株式会社リブセンスが運営するアルバイト求人サイト「マッハバイト」が今年の4月に行った、調査によると、アルバイト就業者の7割超が収入減という結果が出ている。とすると、田中さんのようなケースも決して珍しくはない。緊急事態宣言下ではなかなか他のアルバイトも探しにくかったであろうが、そのとき田中さんはどのようなことを感じていたのか。

「もちろん他のアルバイトは探しました。そのときは手元に7万円くらいしかなかったので、家賃払ったらほとんどゼロじゃないですか。不安で仕方なくて、夜通し求人サイトを見ていて朝まで眠れなかった日もあります。でも緊急事態宣言が出たあたりって、ドラッグストアスーパーコンビニくらいしか求人を出していなかったんです。そこで働くのは精神的にしんどいなと思って」

 確かにマスクや消毒液が品薄状態となった時期、TwitterなどのSNSでは「謝ってばかりで疲れた」「一日に何度も同じ問い合わせの対応をしなければならない」というドラッグストアの店員をはじめとする人々の悲痛な叫びが話題になった。とはいえ、明日の生活もままならない状況の中でさえ「そこで働くのは精神的にしんどい」と考えた理由が何かあったのだろうか。

「実は私、大学のときから精神科に通っていて。抑うつ状態で、今も気持ちを安定させる薬をもらって飲んでいます。とはいえ重いうつ病というほど深刻じゃないので、毎日のルーティン的なことはできるんですが、もう新しい環境に飛び込もうという気持ちになれなくて。コンビニとかスーパードラッグストアだとクレーマーが多そうじゃないですか。そういう人たちと関わってたらもっと悪化しそうだなと思って、結局応募できませんでした」

生活保護に対する抵抗感はほとんどなかった
 絶望的な状況に陥り、何もする気が起きなくなってしまったという田中さんだが、どのような経緯で生活保護を申請しようと考えたのか。

生活保護の存在自体はもともと知っていました。私の好きな作家さんがTwitterとか本の中でよく『困ったら生活保護を使え』って言っていて。生活保護に対する抵抗感みたいなものはほとんどなかったですね。

 ある日思い立って、インターネットで『生活保護 条件』と検索したんです。どういう条件を満たしていれば生活保護を受け取れるのか気になって。厳密には覚えてないですが、収入が少なくて生活できないこととか、働けないような事情があること、みたいな条件が書かれていたような気がします。そこで『もしかしたら私当てはまってるんじゃないかな』って思いました」

 インターネットで検索した生活保護受給の条件に「自分が当てはまっているのではないか」と感じたことをきっかけに、住んでいる区の福祉事務所に相談することを考えた田中さん。だがそこには、生活保護の申請だけではない「一縷の望み」も託されていたという。

「福祉事務所の人なら生活に困った沢山の人を相手にしてきているわけだし、私の事情をわかってくれて、寄り添ってくれるかもしれないなと思ったんです。友達はみんな正社員として就職したから、お金に困ってるなんてこと誰にも話せなくて。

 家賃支援給付金とか緊急小口資金のことも知ってましたけど、前者は会ったこともない大家さんと話さなきゃいけないし、『出て行ってください』って言われたらどうしようって。後者は返さなきゃいけないお金ですし、返せる目処も立たないので申請しませんでした。

 もし生活保護の申請までできなかったとしても、そういう自分の事情を話すことで少しは楽になるかもしれないって思ったんです。もちろん福祉事務所の人だって暇じゃないのはわかってますけど、とにかく一人でぐるぐる考え続ける出口のない状況から抜け出したくて」

◆区の福祉事務所に電話するも、待っていたのは悲惨な現実
 僅かな望みをかけて区の福祉事務所に相談することを決めた田中さん。しかしそこに待ち受けていたのは悲しい結末だった。

「実は最初、直接区の福祉事務所まで行ったんですが、コロナの影響で予約がないと入れなくて。家に帰ってスマホから電話しました。声から察するに、電話に出たのは50代くらいの女性でした」

 田中さんは「電話口で声を聞いた瞬間から嫌な予感がした」と語る。何故そう感じたのだろうか。

「うーん、なんでしょうね。言葉にするのは難しいんですけど。『あ、この人は多分わかってくれないだろうな』と思いました。私が『生活保護の申請をしたいんですけど』と言うと、名前、年齢、仕事の状況を聞かれました。私が『22歳です。仕事はコロナで休業になってしまって、うつっぽい状態でもう働けません』って言うと、『一人暮らしなの?親御さんは?』って。『一人暮らしです』って答えたら、『地元はどこなの?実家に帰れないの?』と言われました」

◆親に頼れないから電話したのに……
 いきなり「親に頼りなさい」という姿勢で話す職員に辟易してしまったという田中さん。その後のやり取りはどんなものだったのだろうか。

「確かに親と話して『帰ってきなさい』と一度言われていたんです。でも私は喧嘩の絶えない実家が嫌いだったし、せっかく東京に出てきたのに簡単に地元の北海道へ帰りたくない気持ちもあって。そのことを職員さんに話しました。

 そしたら『親御さんが帰ってきなさいって言ってくれてるなら帰ったら?帰りたくないって言ったって、それはあなたの感情でしょう。家族は助け合って生きていくものですからねとりあえず家族ともう一回相談して、もしそれでもダメならまた電話してください』と言われました。言い返す気にすらなれなくて、『わかりました』と言ってそのまま電話を切りました」

 微かな希望すら絶たれてしまった田中さんは、電話を切ったあとしばらく涙が止まらなかったそうだ。

「『家族は助け合って生きていくものですからね』って、いつの時代の価値観だよって思いません? 助け合えないから生活保護を申請しようとしてるのに。他の相談者にもそういう対応してるのかな?って考えたら、私達を守ってくれるはずのセーフティネットってなんなんだろう、と思いました。それとも私が若いからまともに話してもらえなかったんでしょうか。わかりません」

 「若い=親に助けてもらえる」という一般論からこぼれ落ちてしまった若者を、最後に受け止めるセーフティネット生活保護ではないのだろうか。最後に田中さんはこう呟いた。

 「どうせ世間には『甘ったれた若い女が』と思われるんでしょうね。自業自得なのかな」

<取材・文/火野雪穂>

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