亘崇詞の“アルゼンチン流”サッカー論|第2回】ボカとプロ契約、レンタル先で体感した過酷な環境

 亘崇詞は20歳で単身アルゼンチンへ旅立った。

「自分自身で、どうしてもプロになりたいという強い気持ちは足りなかったと思います。それよりいったい世界一ってどれくらい上手いんだろう。どうしても一度見てみたい、という好奇心が強かった」

 3チームで実力を試しボカ・ジュニオルスにテスト入団。ユースチームから2軍に昇格を果たすと、トレーニングマッチやプレシーズンマッチでトップチームに呼ばれるようになり、遂にプロ契約に漕ぎ着けた。

 だがトップでは目立った活躍ができず、当時ボカとの関係の深かったプリメーラBリーグのクラブに3人の選手が貸し出されることになり、亘もその1人になった。「レンタル先のチームでは2カ月間で監督が3人も入れ替わった」という。だがそんな混乱の中に身を置いても「3人の指導者の良いところ取りができる」と、状況を前向きに捉えることができた。

指揮官が代わればサッカーも変わる。それでも監督が要求するサッカーに、他の選手たちが自分を曲げることなく対応できることに感心し、1部リーグとは全く違うグラウンド状況やファンからの厳しいプレッシャーなど驚きばかりでした。大好きだったチームを離れ貸し出されたので、少しすねた気持ちでサッカーをしていた日もありましたが、今考えるとあの時間が凄く大切だった。アルゼンチンサッカーの深さを知ることができたと思います」

 改めてアルゼンチンの強さの秘訣は、どんなスタイルにも対応できる柔軟性であり、多様性だと思った。

アルゼンチンの自慢は、どんなサッカーにも対応できることです。ボールの回し合い、逆にロングボールの蹴り合い、肉弾戦のような潰し合い、オープンな打ち合い……、なんでも対処できるから一発勝負に強い。四季もある国なので、暑くても寒くても雨や雪が降っても戦える。要するにチャンスを与えられれば、どんな時にどこでも力を発揮できる逞しさを備えている選手が多いんです」

ボカ時代のテベスを見て、後のスーパースターになるとは想像できなかった

 亘は下部リーグの劣悪環境を耐え抜き、スーパースターへと上り詰めていった選手を何人も見てきた。

「ボカ時代の(カルロス・)テベスは、アベルバルボセリエAローマで大活躍したストライカー)、高原直泰、それに(フアン・ロマン・)リケルメや(マルティン・)パレルモたちのプレーを、体育座りをしながら『あいつら、上手いなあ……』と眺めていた選手です。16~17歳の頃の彼から、後のスーパースターを想像していた人はいなかったと思います。ボカの次はコリンチャンスへ移籍。苦労をしましたが、人気を得てプレミアリーグのウェストハムへ進出。サッカーそのものや考え方の違いにも順応して、マンチェスター・ユナイテッドユベントスと次々にレベルをクリアして、最終的に勝ち取ったタイトルはリケルメやパレルモを超えました」

 破天荒なクラッキに映るエセキエル・ラベッシにも、紆余曲折があった。

「18歳でボカから3部のエストゥディアンテス・デ・ブエノスアイレスへ貸し出され、そこで成功してジェノアセリエA)が獲得しますが、今度はサン・ロレンソへ貸し出し。こうした道のりを経てナポリパリ・サンジェルマンで中心的な選手へと成長していきました。彼も決して順風満帆ではなく、苦悩しながら適応し、成長してスターになったアルゼンチンらしい選手です」

 亘は続けた。

「近年アルゼンチンの選手たちは、(リオネル・)メッシや(セルヒオ・)アグエロのおかげで上手いと思われていますが、実は細かいミスも多いんです。しかしそれを逆に利用するリカバー力も高い。ピンチに遭遇してもポジティブに考えてチャンスに変えていく力を備えています。またサッカーにはすべてを賭けて真剣に向き合っているので、職業として世界に出ていく覚悟が違いますね」

 一方で、そんな選手たちと対峙する監督にも覚悟が要る。前述のラベッシは問題児として知られていた。

「彼のおかげでナポリパリ・サンジェルマンの練習を何度も見せてもらったんですが、あのカルロ・アンチェロッティ監督でさえ、相当に気を遣っているな、と思って見ていました」(亘)

選手も指導者も、与えられた環境で逞しく仕事をするのが本当のプロ

 ある時、アルゼンチン代表戦のハーフタイムに、ラベッシは当時のアレハンドロサベージャ監督に水をかけてしまい、その様子はテレビにも流れた。ラベッシが指揮官に腹を立てて暴挙に出たのは明白だった。当然番組の放映中に両者はコメントを求められた。

 ラベッシは平然と言い放った。

「監督が熱くなっていたんで冷やしてやったんだ」

 サベージャ監督も取り繕う。

「オレも熱くなっていたからな。あれもコミュニケーションの一つだ」

 再び亘が解説する。

「名将も決していつも偉そうにしているわけじゃないし、好きな選手とばかり仕事をしているわけでもないんです。選手も指導者も、逞しく与えられた環境で仕事をしている。それが本当のプロの世界です」

 それがアルゼンチンの強さの秘訣だと、亘は確信している。(文中敬称略)(加部 究 / Kiwamu Kabe)

2003年トヨタカップ時のボカのテベスと亘崇詞氏【写真提供:亘崇詞】