安倍首相」と「菅首相」の違いはなんだろう。

 安倍氏は理念型であり菅氏は実務型である、とベテラン記者の解説を載せたのは夕刊フジのコラム(9月15日付)。

 ほかに理念型の代表格は中曽根康弘元首相で実務型は竹下登元首相だという。

 自民党総裁選で菅氏は安倍政治の継承を訴えたが、似てそうで似てない点もここらへんにありそうだ。

安倍政権の「大きな物語」にしびれる支持者

 私は安倍政権が長く続いた理由の一つに「大きな物語」を掲げたことがあると思う。

 国家観やら歴史観、さらに憲法改正を掲げられるともう「安倍さんしかいない!」「よくぞ言ってくれた」と支持者はしびれ、求心力を生んだ。

 だからこそ森友学園や加計学園桜を見る会の疑惑が浮上するとイライラが発生したのではないか。追及する側に対して。

 安倍首相に自身の夢や期待を託した人々からすれば「そんな小さなことで安倍さんを困らすな」「せっかく安倍さんが首相をしているのに」というストレスが生まれたのではないか。

 たとえば櫻井よしこ氏は「首相最大の功績は歴史観の見直し」「世界政治の軸となる協調の枠組みはおよそ全て安倍首相が主導した」と安倍氏の辞任表明後に書いている(産経新聞9月7日)。

 同コラム内では約8年にわたる安倍首相の健闘をねぎらった記者が辞任表明会見で一人だったことに対して立腹しつつ、

《こんな彼らが日本国中枢の記者クラブに陣取り「モリ・カケ」や「サクラ」を報じた年月の深刻なる喪失を痛感する。》

 と書いている。そして、

《十分な休養の後、首相が内外の政治において重きをなす日が必ずまた来ると、私は考えている。》

 託した夢はまだ続いているのである。

新総裁誕生の翌日に注文をつけた読売・産経

 さて、良くも悪くも理念型だった安倍氏と異なり大きな物語を打ち出していない菅氏。読売や産経といった保守系紙の論調を見ると興味深い。

『「菅ビジョン」を明確に』(読売 政治部長9月15日

『大局観ある政治目指せ』(産経 主張9月15日

 どちらも菅新総裁誕生の翌日に注文をつけていたのが印象的だった。

 菅氏に夢を託し、何が何でも菅さんをかばうというコア層はまだいないように思える。言ってみれば菅氏はすべての政策がむき出しで一つ一つ精査される宿命にある。

 そう考えると「女性活躍」「地方創生」「1億総活躍」「働き方改革」「人生100年時代構想」など政策の看板を次々に掲げ、フワッとしたムードで押し切っていた安倍政権はやはり特殊だったのだと思う。

 大きな物語が無いぶんフラットに査定されそうな菅政権。たとえば次の論調も面白い

 モリカケ・桜についてあらためて読売と産経も言及。

《国民の不信を積極的に取り除こうとする姿勢が足りなかったため、今に至るまで引きずることになった。菅氏は国民の信頼なくして政治は進まないことを肝に銘じて、過剰と思えるぐらいの「説明責任」を果たしてほしい。》(読売9月16日 特別編集委員橋本五郎)

 直球である。過剰と思えるぐらいの「説明責任」を果たしてほしいってそれ安倍首相の頃にも言えばいいのにとも思ってしまったが、とにかく直球である。

 産経新聞桜を見る会に招待されていた「ジャパンライフ」の元会長が詐欺容疑で逮捕されたことをうけ9月19日の社説はこう訴えた。

『「桜を見る会」の再調査を』

 剛速球だ。こんな球を持ってたのか。締めの言葉もすごい

菅義偉首相は「桜を見る会」について、来年度以降、中止する意向を表明している。同時に、安倍政権が行うとしていた会のあり方の見直し作業も中断する。やる前提であり方を見直すのだから、やらないなら検討する必要もない。そういう理屈なのだという。だが過去の会が事件に利用されてしまった以上、これはもう、屁理屈ともなるまい。》

 剛速球をぶつけまくる産経師匠。これを読んで思ったが、菅氏が今度「その指摘は当たらない」と言ったら「これはもう、屁理屈ともなるまい」と皆で返せばよいのではないのだろうか。

 ではあらためて菅首相の国家観、ビジョンが無いことに話を戻す。記事を読んでいて「あっ……」と声を上げそうな部分があった。

菅首相の沖縄に対する態度


「首相の言葉 国を左右」(東京新聞9月17日)という特集記事。

 過去の菅氏の言葉を振り返っているのだが「沖縄」に関して驚くことを言っていた。2015年9月に沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設問題を巡り、県と政府の集中審議が決裂。

《知事だった翁長雄志氏が沖縄の歴史に触れつつ、基地問題も担当していた官房長官の菅氏に迫った。》

 すると菅氏は、

「戦後生まれなので沖縄の歴史はなかなか分からない」

 と言ったという。

 私は常々、菅氏は元官房長官の故・梶山清六氏を師匠としているのに沖縄への態度の違いは何だろう? と不思議で仕方なかった。

 たとえば次の記事。

《梶山は「沖縄だけが苦痛を受け犠牲を払っている現実でいいのか」などと、沖縄に寄り添う姿勢をたびたび示した。政府と衝突した知事の故・大田昌秀も、梶山については「誠心誠意、基地問題に取り組まれた」と認めていた。

 梶山を直接知る衆院ベテランは「梶山さんは戦争を経験して、虐げられるものの痛みを知っていた。菅さんはとにかく頭から押さえつける。姿勢が全然違う」と評する。》(朝日9月19日

 梶山氏は戦争を知っている、菅氏は知らない。この差は仕方がない。

 しかし「戦後生まれなので沖縄の歴史はなかなか分からない」と言い切ってしまう態度は国家観やビジョンが無いという以前にドン引きである。

 市議からのたたき上げは美談のように言われているが、実務型すぎて何も無さそうというのはちょっと恐怖さえ感じる。

 保守系の新聞はまたしても注文をつけるべきではないだろうか。

(プチ鹿島)

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