2003年2月1日、福岡地検小倉支部は松永太と緒方純子を、緒方のおいである緒方佑介くん(仮名、当時5)への殺人罪で起訴した。公訴事実は以下の通りである。

〈被告人両名は、共謀の上、平成10年5月17日ころ、北九州市小倉北区片野×丁目×番×号『片野マンション』(仮名)30×号室において、殺意をもって、緒方佑介に対し、年少の児童を関与させるなどして、上記佑介の頸部をコード又は帯様のもので絞めつけ、よって、そのころ、同所において、同児を窒息により死亡させて殺害したものである。

 罪名及び罰条

 殺人 刑法第199条、第60条〉

 この起訴を受けて、松永、緒方の弁護団はそれぞれコメントを発表している。松永弁護団は「公判では争うことになります」、緒方弁護団は「緒方さんとのこれまでの接見においても、この公訴事実を認めることになると思います。ただ、緒方さんは電気コードを使ったと言っています」というものだった。

少女の父の殺人容疑で、両名8回目の逮捕

 それからわずか2日後の2月3日、捜査本部は松永と緒方を、広田由紀夫さん(仮名、当時34)への殺人容疑で逮捕した。被害者の由紀夫さんは監禁致傷の被害少女である広田清美さん(仮名)の父。ふたりの逮捕はこれで8回目となる。逮捕された時刻は松永が午後3時9分で、緒方が午後3時8分だった。

 逮捕事実として発表されたのは〈被疑者両名は、平成8年1月ごろには肝ないしは腎機能障害等で医師の適切な治療を要する状態に陥っている被害者を共謀のうえ殺意をもって、同年2月26日ごろまでの間、小倉北区片野×丁目のマンション浴室に閉じこめ、十分な食事を与えず身体に電線に取り付けたクリップを挟んで通電したり、殴打・足蹴する等の虐待行為を繰り返して前記病状を悪化・衰弱させ、同日夕方ごろ、多臓器不全で死亡させて殺害したものである〉との内容である。

 弁解録取書に松永は「風呂掃除の途中で頭を打って亡くなったと記憶している」として自身の関与は否認。一方の緒方は「考えるところがあり、いまの時点ではなにも言いたくありません」と認否を明らかにしなかった。

 福岡県警担当記者は言う。

「緒方の弁解録取書について、彼女自身は否認とは口にしていませんが、捜査本部としては実質的な否認と受け止めているようです。由紀夫さんが死亡したとされる2月26日、少女(清美さん)は学校に行っていましたが、彼女が『片野マンション』に帰宅した時点で、由紀夫さんはまだ生きていたようで、少女はその後、父親の死亡を目撃しています」

 この逮捕を受けて行われた捜査幹部のレク(レクチャー)は以下の内容だった。その概要について記者をQ、捜査幹部をAとして紹介する。

監禁は少なくとも平成8年1月の数カ月前から

Q「由紀夫さんに肝ないし腎機能障害等があったとした根拠はなんですか?」

A「由紀夫さんに通院歴はないが、彼が平成7年1995年)初旬に辞めた会社の同僚や友人らは、在籍時は病気もなく元気だったと証言しています。ところが、一緒に生活していた少女の話などによると、父親は平成8年に入る頃には急激にやせ細り、末期は自分では立てないほど衰弱していたというのです。その様子から肝または腎機能障害と判断しました」

Q「逮捕事実に出てくる〈殺意をもって〉の根拠はなんですか?」

A「医師の治療が必要な状態にもかかわらず、病院にも行かせず、引き続き虐待行為を繰り返したことからです。1、2月は非常に寒いが、風呂場に閉じ込め、布団すら与えずに自由を束縛していました」

Q「食事は与えていたんですか?」

A「生存にかろうじて必要な食事はやっていたようです」

Q「暴行死または電撃死ではなく、死因を多臓器不全とした理由はなんですか?」

A「肝または腎臓がやられて放置すれば、ほかの臓器も侵されて多臓器不全となります。虐待による傷害、食事を与えないことによる栄養失調などを踏まえても、多臓器不全での死亡が自然です」

Q「浴室への監禁は平成8年1月頃からですか?」

A「由紀夫さんは少女より少し遅れて平成6年の暮れ頃から松永らと同居していますが、なんらかの理由で虐待を受け始め、監禁は少なくとも平成8年1月の数カ月前からと見ています」

Q「遺体の遺棄は?」

A「大分沖でしょう」

Q「残りの妹夫婦について、今後の方針は?」

A「全容の解明に全力を尽くします」

 これでまだ事件化されていないのは、緒方の妹である智恵子さん(仮名)と、その夫の隆也さん(仮名)のふたりとなった。この時点になると、取材する記者の間でも関心事は立件の有無ではなく、立件するとの前提のもと、殺人罪か傷害致死罪かということに移っていた。

松永弁護団定例会見「由紀夫さん死亡時の状況」

 2月7日になると、松永弁護団が定例会見を開いた。ここでは、4日前の逮捕について、松永の由紀夫さん殺害への関与を改めて否定するとともに、由紀夫さん死亡時の状況について、松永からもたらされた情報が明かされた。以下、松永が弁護団にした発言である。

「由紀夫は風呂掃除中に倒れて頭を打った。一度起き上がり、台所へ移動し、いびきをかいて寝た。約30分後に息が止まり、緒方らと人工呼吸や心臓マッサージをしたが生き返らなかった。直接見てないが、そんな音がして気配を感じた。そのことは由紀夫と一緒に風呂掃除をしていた少女から後で聞いた」

「由紀夫の遺体解体を見たが、脳の左半分に(脳内出血を窺わせる)どす黒い血がついていた。その状況を絵に描いて、検察調べの弁録に調書として添付してもらっている」

「由紀夫はたしかに体調不良だったが、肝臓の薬もやっていた」

「由紀夫が死亡後、純子と相談して近くの病院の看護婦に預けて逃亡を計画したが、少女から『自分ひとりにして逃げないで』と反対された」

「生前、由紀夫から『とにかく少女を養育してほしい』と頼まれた。由紀夫は借金でサラ金に追われていた。養育費20万円で引き受けた」

「(少女に書かせた)『事実関係証明書』は、遺体解体の口止め目的。少女も由紀夫と一緒に風呂掃除をしていたので、『お前のせいだ』『お前、殺したのか』となって、少女を悪者にしたうえで、“他言したらお前もこうなる”という意味で引き留めるために、あえて“殺人”と書かせた」

 すべてにおいて、松永にとっての“我が身を庇う”筋書きとなっていることは、言うまでもない。なお、少女に書かせた『事実関係証明書』とは、由紀夫さんが死亡した際に、松永が少女に対して〈私は平成8年2月26日北九州市小倉北区片野×―×―× 30×号室において実父由紀夫を殺意をもって殺害したことを証明します〉と書かせたものである。この『事実関係証明書』は押収されており、2002年7月に開かれた、少女に対する監禁致傷罪での公判における冒頭陳述で、その存在が公にされていた。

取り調べで「般若心経を渡されて……」

 続く2月14日の松永弁護団による定例会見では、最近の取り調べの様子についての説明がなされた。以下弁護士の発言である。

「最近は取り調べのなかで、いろいろな絵を描かされているようです。たとえば由紀夫さんの足、ふくらはぎに痒疹(吹き出物)が出来ていたらしいんですが、その絵を描かされています。あとは、由紀夫さんが段ボールの上に膝をついて這っていた際の絵だとか、由紀夫さんと少女が使っていた2段ベッドの絵だとか……」

 さらに弁護士は、取り調べにおいて、松永を怖がらせることで、動揺させる方法が取られているのではないかとの疑義を呈す。

「昨日、いや、一昨日かな、調べのなかでおかしなことがありました。我々としては偽計による調べではと思うようなこと。それは、松永さんが検察官から『あなたの左に女性の顔が見える』とか、あるいは『白い人魂が動いていった』と言われているようなのです。そんな話をしたときに、いきなり調べ室の換気扇が誰もいじってないのに動き出したそうです。それで検察官が怖がって調べが進まなかったということでした。

 これには伏線があって、それと同じ頃、警察の調べが午前中にあって、そこで松永さんは般若心経を渡されて、勉強しているんだそうです。そのためあまり取り調べはやっていない状況だとか。取調官が言うには、『お釈迦の教えを実践してもらえれば、死刑だろうが無期だろうが……』とか、『お前は妖怪。真人間になれ。そのために般若心経をやれ』と言われたらしく、一応、松永さんは応じているそうです」

 こうした心理的な揺さぶりが実行されているというのだ。弁護士は続ける。

「調べ官から『夜中にうなされたり、寝付けないことはないか?』と聞かれるそうで、『そんなことはまったくない』と言っているそうです。また同様に『死刑は怖くないか?』と聞かれ、『怖くない。やってないから』と。逆にいえば、捜査一課も松永さんを攻める材料がない。つまり証拠がない。そこでなんとか精神的に動揺させて、自白させようとしているのではないでしょうか。やってなくても、やったような気になる危険性もあります。そういう点で、必ずしも適切な調べが行われているかどうか疑問です」

 今後、由紀夫さん事件での起訴、さらには残り2件の事件の逮捕、起訴で、前年3月に始まった捜査は終結すると見られている。そうしたなか、すでに先々の公判を見越した心理戦は、すでに始まっていたのだった。

(小野 一光)

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