日本のメディアは政治権力に対して「どうして?」を問わなくなった から続く

 いま政治ドキュメンタリーがひそかなブームになっている。

 無名の野党議員・小川淳也衆院議員の初出馬から現在までの政治活動を追った映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督)が異例のロングラン。上映館は全国に広がり、観客動員数は3万を超えたという。富山市議会の政務活動費不正をめぐるドキュメンタリー『はりぼて』も話題だ。

 ノンフィクションの書籍では、小池百合子都知事の半生を描いた『女帝』(石井妙子)がベストセラーとなった。

 一方、国政では菅義偉総理が誕生。そのかげで野党の合流新党「立憲民主党」が発足した。

 政治とメディアの関係、そして与野党のあり方について、ともに永田町の外から政治を描いた石井妙子、大島新両氏に聞いた。(全2回の2回目。前編を読む)

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小池百合子という人はメディアを恐ろしいほどに使いこなしている

石井 素朴な疑問ですが、大島さんは「情熱大陸」といったテレビドキュメンタリーも手がければ、今作品のようなドキュメンタリー映画も手がけていますよね。テレビと映画、作り方はどう違ってきますか?

大島 取材はあんまり変わらないんですが、編集の仕方が大きく変わりますね。テレビの場合は、常にザッピングの恐怖というのがあって、テレビマンはいかにチャンネルを変えられないようにするかに腐心します。そうすると、とにかく絶え間なく情報を入れていかなければならない。音楽からナレーションから、あらゆる情報で飾り付けなければならない。ドラマバラエティーほど視聴率を求められていないドキュメンタリーですら、そういった恐怖に支配されているところがあるんです。

石井 映画だとその恐怖から少しは解放されるんですか?

大島 解放感はありますね。映画だと観に来てくれた方はお金を払ってくれているし、よっぽどのことがない限り、最後まで観てもらえるだろうとは思っているので。ただし、最後まで観てもらって何らかのカタルシスを持ち帰ってもらいたいので、じっくり見せる編集ができる半面、違った緊張感はあります。

石井 ネット時代と言われていますけれど、テレビが政界に与える影響はまだまだ大きいですよね。テレビの政治番組を見ていると、二つのことが気になります。一つはメディアが視聴率を求めて政治家や政局を過剰に物語化すること。もう一つは政治家テレビ映えを過剰に意識しているということ。

大島 どちらも『なぜ君は総理大臣になれないのか』の小川さんに足りない資質ですね。彼は地道に政策を訴え続けているので物語化されにくいだろうし、丁寧に説明しようとするあまり話が長くなる傾向があるので、チャンネルを変えられるかもしれない。

石井 『女帝』を書きながらつくづく思ったのですが、小池百合子という人はメディアを恐ろしいほどに使いこなしている。もともとテレビキャスターとして表に出てきた方ですから、とにかくどれだけ露出するか、どれだけ注目されるフレーズを発言するかに政治家として賭けている。コロナ下の東京都のCMもそうですし、記者会見で発した「密です!」も相当戦略的な発言だと思います。

キャラが立つ魅力的な物語が世論に効果を持ってしまう

大島 選挙の際にそれは顕著になるわけですよね。

石井 同僚の議員が、「政策を説明しても、なかなか有権者に理解してもらえない」とこぼしたら、小池さんに「政策なんて語ったって意味がない。そんなの受けないし、票にもつながらない。選挙はテレビよ。テレビにどれだけ出るかよ」と言われたそうです。でも、それはたぶん、日本の政治においては正解なんですよね。

大島 小池さんは意識的に自分からテレビ露出する人ですが、最近は視聴者を飽きさせないためにか、テレビ局の方から率先して政治家を物語化してしまう。この自民党総裁選をめぐるワイドショーなんか本当にひどかったですよね。特に菅さんの「苦労物語」。ホームページに掲載されている「すが義偉物語」に沿って「菅官房長官は実はこんな苦労人」みたいなことを各局が丁寧にやっているわけです。

石井 どこの局も、まったく一緒でしたね。

大島 朝日新聞の「次期総裁にふさわしい人」世論調査では、6月の段階では石破さんがトップで31%、菅さんが3%だったんですって。それが9月の調査では菅さんがトップで38%、石破さんが25%。これも物語効果なのかもしれません。

石井 これまでの安倍さんは世襲議員で、しかも父方の安倍家、母方の岸家という家系を背負った「貴種伝説」的な物語が背景にあった。そこに真逆の、叩き上げ総裁候補が出現した。 何にしてもキャラが立つ魅力的な物語が世論に効果を持ってしまうのは避けられないことで、それをわかっているからこそ、小池さんの場合は「カイロ大学首席卒業」といった虚飾の物語を自ら作りあげていったのだと思います。

女性議員がメディアに取り上げられやすい理由

大島 メディアが物語を欲しているんですよね。でも思うんですが、これって菅さんの「苦労人」だけじゃなくて、女性議員全般にも言えることじゃないですか。つまり先進7カ国中、女性議員の比率は最低水準という日本の政治においては「女性」であることが物語化されやすいというか、別枠として存在価値を持たされている。

石井 女性議員のほうがメディアに取り上げられやすい、これも日本の後進性ゆえではないでしょうか。政界において女性は、まだまだ男性社会の添え物、飾り物のような立場に置かれていると思います。世界の眼もありますし、閣僚に女性を一人も入れないというのは許されない時代になって、男性のトップは数少ない女性議員の中から女性閣僚を選ぶ。女の人たちも変なところで競ってしまうというか、中には女性性を前面に押し出すような人も出てくる。永田町の女性に会うと、何というか、過剰な感じがあって。周りの空気がそうさせてしまっているんだと思います。

大島 そして、ボスの考えていることを、さらに過激化するところも見られませんか。安倍時代で言うと杉田水脈さん、稲田朋美さん……。

石井 安倍政権下では、みんな安倍さん以上に安倍さん化していましたよね。気に入られたりという一心で、そうなってしまうのか。発言がひどく過激になったり。

大島 そこには、いかにテレビ映えするかという力学も働いているんでしょう。

テレビで培われた小池さんの凄まじい自己演出力

石井 政治家になる道筋も大きく変わりましたよね。世襲がますます固定化され、その一方でメディアを利用して出てくる人たちが増えた。丸川珠代さんにしても三原じゅん子さんにしてもテレビから。橋下徹さんも。そして、小池百合子は、その先駆け的存在です。

大島 テレビを最大限利用し、しかも物語に事欠かない政治家ですもんね。

石井 カイロ大学を首席で卒業した、ピラミッドの上でお茶を点てた、飛行機事故を2度回避して命拾いした……。メディアが飛びつくような派手な物語を小池さんは作ることに長けている。キャッチーな言葉をポンポンと言ったり。テレビで培われた凄まじい自己演出力だと思う。

大島 得てしてヒーローには物語を求めてしまうわけですが、一方で人物取材をする我々はその物語化が過剰にならないように気をつけなければならない面もありますね。

石井 何を表現するにおいても、まず、事実であることが大前提だと思います。

大島 ちなみに『女帝』を書くときに何か影響を受けた作品なんかはあるんですか?

石井 影響を受けて書くということはありませんでしたが、構成を考える上ではミステリー小説も参考にしました

大島 だから、ミステリーみたいに、読み出したら止まらない感じがあったんですね。

前原誠司さん、一体あの人は何だったんでしょうね

石井 小池さんが紡いできた物語は、あくまでも物語であって真実ではない。それなのにメディアは検証せず、真実のように伝えてきてしまった。それを洗い直していったわけですが、調べれば調べるほど、驚くことばかりで。事実が次々と明らかになっていくという感覚も読者に伝えたいと思い、推理小説の構成も参考にしました。大島さんにミステリーみたいだと仰っていただいたのは、ありがたいです。

大島 しかし、小池百合子という人が「希望の党」を立ち上げたことで民進党は破壊され、その後の野党、立憲民主党国民民主党になったわけです。僕は小川淳也という野党政治家カメラを向けながらつくづく思いましたけど、本当に小池さんという人は野党にいる大勢の人の運命を狂わせた。彼は希望の党から出馬して比例当選を果たすわけですが、支援者からはなぜ希望の党なんかから出るんだ、意思を貫いて無所属で出るべきだと声を受けながら、厳しく苦しい選挙戦を強いられました。

石井 小川さんはかろうじて当選しましたが、あの選挙では全国に「小川さん」的な野党候補がたくさんいたんですよね。もちろん、そのせいで落選した人もいますし、そればかりか借金を背負った人だっている。小池さんはもちろん罪深いと思いますけど、同じくらい罪深いのは当時、民進党代表だった前原誠司さんだと思うのですが。

大島 一体あの人は何だったんでしょうね。希望の党民進党全員が受け入れられると思って小池さんに単純に騙されてしまったのか、それともわざと組んで前原さんの切り離したかった左系の人を「排除」したかったのか。メディアはそこを検証していません。

個人主義的で結束力が弱く、一体感がないように見える

石井 『女帝』でも、そのくだりを書きましたが、未だになんだったのか、わからないままで、ずっと気になっています。民進党がなくなってしまい、党として検証できなくなってしまったのかもしれませんが、蓋をして、忘れようとしているように見えます。過去をきちんと検証しないと未来もないと思うのですが。

大島 さらに悪いことには野党はみんな「俺が俺が」になってしまう。立憲民主と国民民主という、あれしきの小さな権力争いの中でも、お互いが意地を張ってしまうじゃないですか。その内ゲバ体質の系譜は前原さんから、いやその前の民主党時代からずっと続いているんだと思います。

石井 政党を頼らずに自分の力で頑張ってきた、と自負する人が多いのでしょうか。個人主義的で結束力が弱く、一体感がないように見える。

大島 小川さんが悩んで言っていた言葉を思い出しますよ。「若い頃、国会で自分なりにいい質問ができたなって思ったときに、褒めてくれるのは常に自民党の偉い先生だった。民主党の先輩方は特に反応してくれない」って。

政治家の日常を「虫の眼の視点」で垣間見ることができる作品

石井 リベラルでみんな平等との理念を掲げているけれど、なんだか幹部だけがいつも目立っているような感じがして。下にいる人をしっかりと育て支えるシステムがないと、集団として強くなれないのではないでしょうか。

大島 自民党のような保守政党は、基本的に社会の構造が原状維持されるところに重きを置く集団ですから、多少意見が違っても、権力を維持していればオッケーなんですよ。ところが野党の政治家たちは、何かを変えようと思って政治を志した人たちなので、それぞれの理想像があるから我も強い。だから小さな差異を許せず、譲り合えない。リベラルとか、改革、革命を求める人たちの、これはもう性ですね。

石井 それにしても、大島さんの映画を観て思ったのは、政治家の日常を「虫の眼の視点」で垣間見ることのできる、貴重な作品であるということでした。17年という時間をかけて少しずつ信頼を醸成したからこそ、細部まで撮影できたんだと思うんです。議員宿舎の洗濯物だらけで冷蔵庫空っぽな生活ぶりとか、選挙に戸惑っていた奥さんが次第に裏方として存在感を出していく過程や、お嬢さんたちの成長ぶり、小川さんのご両親が選挙事務所で地元の人に電話をかけ続ける様子……。政治ドキュメンタリーの中でも、あまりこういった描き方をしたものはないんじゃないかと感じました。

「泣ける」「絶望的な状況の中にかすかな希望の光を見た」という感想も

大島 ありがとうございますあそこまで細部を撮影できたのは、長い付き合いで培った信頼関係に加えて、小川さんとその家族、秘書たちがみんな無防備すぎるくらいに無防備な人たちだったというのが大きいのですけどね(笑)小川さん自身も虚勢を張らずに、内面をそのまんまどんどん喋っちゃうし。

石井 選挙期間、小川さんって事務所に戻って食事をするときに必ず大島さんに「大島さん、食べた?」って最初に聞く。小さなシーン、まさに細部ですが、あれだけで人柄が伝わってくる。公開後、どんな感想が寄せられましたか。

大島 不思議と「泣ける」という感想も多いんですよ。全く予想しなかった反応なんですけど、「絶望的な状況の中にかすかな希望の光を見た」と言ってくださる方もいる。反対に「彼のように誠実な政治活動していても、うまくいかないだろう。やっぱり絶望しかないんじゃないか」と感想を持つ方もいる。僕はどちらとも正しいような気がしているんですよね。

石井 映画を観て、政治の見方が変わったという人も多いのではないでしょうか。観る前と観た後で、自分の中で変化が起こっている。ジワジワとこみ上げてくるものがあって、多くの気づきを与えられる。そして、「小川さんは今後どうなっていくのだろう」と気にせずにはいられなくなる(笑)。「毎日、自分はどうして政治家なのか」と考えるという小川さんの未来がどのようなものになるのか。少しでも希望を持てる状況が来ればいいのですけど。

大島 実は僕、今も小川さんを撮影し続けているんですよ。一応、続編を考えていましてね。もしできるとしても5年後か、もっと先か。『まさか君が総理大臣になるとは』って映画が完成する日は、果たして来るのかどうか。針の穴を通すより難しいことだとは思っていますが、来るとすれば、彼に「時代の要請」があった時でしょうね。

写真=山元茂樹/文藝春秋

INFORMATION

映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」公式サイト
http://www.nazekimi.com/

9月26日(土)夜8時より、オンライン上映会開催(スペシャルトーク付き) ※10月2日(金)24時までアーアイブで視聴可能
http://www.nazekimi.com/#online

(石井 妙子,大島 新)

石井妙子さん