主演ドラマ「ミス・ジコチョー~天才・天ノ教授の調査ファイル~」でのキレキレな天才工学者役も記憶に新しい松雪泰子の最新主演映画は、お笑い芸人、シソンヌじろうの同名小説を映画化した『甘いお酒でうがい』(9月25日公開)。女優として30年近いキャリアを積んできた松雪が、「作品にじっくりと向き合っていきたいと思っていたなかで出会った作品」と語る本作について、あふれる想いを語ってくれた。

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松雪は、2019年にサイモン・ゴドウィン演出の舞台「ハムレット」に出演したが、そこでの経験が大きな糧となったよう。「文学作品を芸術として捉え、丁寧に考察し、解釈する時間を持てたことが大きかったです。準備期間は共演者の方々と戯曲の題材について勉強する毎日でした。それを稽古場に持ち寄り、ほかの俳優さんたちと意見交換をして、舞台を作っていったんです。映像作品も同様に望めるように準備が大切です」。

■「じろうさんは男性なのに、なぜこんなに女性的な感性がわかるのだろう」

そんななかで手にしたのが、『甘いお酒でうがい』の脚本だった。松雪が演じるのは、シソンヌじろうが長年演じてきたコントの代表的キャラクターでもある川嶋佳子。原作は、佳子が自分の部屋で過ごす“くつろぎタイム”や、同僚との交流、ほのかな恋など、日々のつれづれを綴る日記という設定で、じろうが執筆したものだ。自分に自信がなく、引っ込み思案な佳子が、日常のなかで見つけていく人生の輝きに、観る者は心洗われていく。

「じろうさんってすごい!と感動しました。自宅のリビングで脚本を読み始めましたが、言葉の力に引っ張り込まれました。じろうさんは男性なのに、なぜこんなに女性的な感性がわかるのだろうと驚きました」。

確かに佳子のモノローグは、しなやかな感性によって、詩的な言葉の数々が紡がれている。「以前、岩松了さんとご一緒した時も、岩松さんの感性がすごく女性的だと感じました、じろうさんも同じように、女性の感性が細部までわかる作家さんだなと感心しました」。

メガホンをとったのは、『勝手にふるえてろ(17)の大九明子監督。松雪が、撮影で一番心に突き刺さったのは、独身の佳子が、玄関の黒いシミを子どもの靴と見間違い、ドキリとするシーンだ。本作では佳子の中に眠っている母性がふとした瞬間に露わになるようなシーンがいくつかある。

「撮影していて、40代の女性としてのなんとも言えない感覚みたいなものが、あの瞬間に湧き上がってきました。大九監督も同じようなことをおっしゃっていましたが、40~50代に差し掛かる女性ならではの感覚なんだろうなと。監督も撮影で号泣されていましたが、本当にじろうさんの感性がすばらしいと思いました」。

■「佳子と2回り年下の岡本くんとの関係が、どんなバランスになるのかは未知数でした」

大九監督の演出は刺激的だったようで「まるでびっくり箱がポンと開くような感じのディレクションが毎日入ります。それは脚本で描かれているものと少し違ったり、ある時は真逆だったりもしますが、セッションみたいな感じでおもしろかったです」。

佳子の同僚で後輩の若林ちゃん役を演じる黒木華も実にチャーミングだ。「人生において、絶対的な味方でいてくれる存在こそ宝物だと思います。佳子さんは、少しネガティブなところがあるけど、あんなにすてきな友人がそばにいるから、とても幸せな人だなと思いました」。

さらに、佳子の2回り年下である岡本くん役を、個性派俳優の清水尋也が好演している。「佳子さんと岡本くんとの関係が、どんなバランスになるのかは未知数でしたが、撮影はすごく楽しくできました。あまり年齢の差は考えず、“人と人”という感じの関係性でした。だから、現場で演じながら、こういうこともありうるんだなと、客観的に見ている自分もいました」。

松雪は、印象的な台詞については、本作のポスターにもある「いま、一番まっすぐ立てている気がする」を挙げる。「佳子さんは自分の世界をしっかり持っているけど、すごくグラグラしているんです。そこが彼女の魅力でもありますが、いろんなことに巻き込まれ、日々感情が変化していくなかで、『ああ、いまはきっと大丈夫』と思える瞬間って、自分もあるなと思いました。私自身も、常にそういうことを確認するタイプなので、すごく共鳴しました」。

また、佳子を演じたことで、様々なメッセージを受け取ったという松雪。「佳子さんは、ネガティブとポジティブの間でずっと揺れ動きながら、1つ1つ自分のことを確認し、前へと進んでいきます。そして周りの人からの愛に支えられ、それをちゃんと受け取ることができた瞬間、世界が変わる。つまり人生って、自分の捉え方次第なんです。本作は、そういうことをすごく丁寧に表現した作品だと思いました。また、映画を観てくださる方たちのイマジネーションとも合わさって、それらの行間も楽しめる作品でもあります。私はこの作品に関われて、本当に良かったと感じています」。

取材・文/山崎伸子

『甘いお酒でうがい』で主演を務めた松雪泰子/撮影/黒羽政士