駅の階段で、お年寄りが重い荷物と悪戦苦闘していたら、助けてあげたくなるのが人情です。ところが、そんな善意が裏目に出てしまうことも…。

会社員のモリカさんが駅を利用したときの出来事です。ホームの階段で、70代〜80代と思われる高齢の男性が、荷物(カート)を重そうに持ちながら、一段ずつゆっくり上っていました。

そこに、サラリーマン風の男性が「持ちます」と声をかけ、荷物を預かり、階段を上っていきました。しかし、よく見ると、ずいぶんと乱暴に荷物を階段の壁にガリガリこすっているではありませんか。

遅れてホームに上ってきたお年寄りは、白く汚れたカートを複雑そうな渋い表情で見つめていました。もしかすれば、カートには傷もついていたかもしれません。

モリカさんはモヤモヤした気持ちで電車に乗り込みました。「おじいさんが弁償しろと言ってきたら、助けてあげたサラリーマンは応じなきゃいけないのかな」

●「おじいさん、持つよ」から始まっていた契約

このように、善意で持ち運んだ荷物を、こすったり、落としてしまったりして、傷つけた場合、相手が求めてきたら弁償する必要はあるでしょうか。田村ゆかり弁護士に聞きました。

ーーサラリーマン風の男性が「持ちます」と声をかけ、高齢の男性がカートを預けるというやりとりによって、二者間にどのような契約関係が生じているでしょうか?

契約というと契約書を取り交わすというイメージがありますが、文書によらず口頭でも何らかの合意に至ったのであれば契約は成立します。

では、この二者間にどのような契約関係が生じているか、典型的な契約について定めている民法第657条は、「寄託は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」と定めています。典型的には、商品などの動産を保管する倉庫営業がこれに当たります。

サラリーマン風の男性が「持ちます」と声をかけ、高齢の男性がカートを預けるというやりとりによって、ホームの上までカートを運ぶという労務提供を無償で行うという内容の契約関係が生じたと考えられます。

●「人助けの心」と「弁償」は別で考えなければならない

ーー次に、寄託を受けた者は、預かった荷物を傷つけた場合、相手が求めてきたら弁償する義務を負うでしょうか?

この点、民法第659条は「無報酬の受寄者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物を保管する義務を負う。」と定めています。無報酬であるため、有償で荷物の保管を請け負った場合に比べると注意義務は重くはありませんが、自己の財産に対するのと同一の注意をもって保管する義務を負うのです。

本件についてサラリーマン風の男性は、カートを乱暴に階段の壁にガリガリこすっており、自己の財産に対するのと同一の注意をもって寄託物を保管する義務を果たしたとは言えません。

もし高齢男性が受託者の注意義務違反による損害賠償を請求した場合には、それに応じる義務がある、ということになります。本件ではカートが汚れており、傷ついていたかもしれないということで、場合によっては当該カートの購入代金相当額を賠償する義務を負うことになるでしょう。

本件ではカートの中身までは壊れていないようですが、仮に預かった荷物の中身が高価な壺でそれを落として割ってしまったとしたら、善意で預かったものだったとしても、賠償責任を負うことがあります。人の物を預かる際は、くれぐれも注意して取り扱いましょう。

【取材協力弁護士】
田村 ゆかり(たむら・ゆかり)弁護士
経営革新等支援機関。沖縄弁護士会破産・民事再生等に関する特別委員会委員。
事務所名:でいご法律事務所
事務所URL:http://www.deigo-law.com/

お年寄りの荷物 善意で持ち運んであげたら、傷つけてしまった…「弁償しなきゃダメ?」