(北村 淳:軍事社会学者)

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 地上配備型弾道ミサイル防衛(BMDシステムであるイージス・アショアから発射する迎撃用ミサイルの推進用ブースターが住宅地に落下する可能性があることを表向きの理由として、イージス・アショア配備計画は唐突に撤回された。

 その代替案として、イージス・アショアを海上設備に積載して運用するという代替案を日本政府が持ち出したようである。

 システムを搭載するプラットフォームとしては、オイルリグ型BMD海上基地、商船型BMD専用艦、軍艦型BMD専用艦、の3案が提示されているという。軍事的観点ではなく「海上配備型ならば、ブースター落下の問題も設置場所周辺住民の反対運動も避けられる」という役所的観点から生み出された代替案であるが、いずれも明らかに愚策と言わざるを得ない。

なぜ地上配備型BMDを検討していたのか

 各案の具体的詳細は明らかにされていないが、地上配備用BMDとして設計されたイージス・アショアを、海上施設に積載する場合、再び設計変更に伴う余計なコストと時間がかかるのは当然である。そのうえ、いかなる海上施設にしても、その海上施設を敵の魚雷、ミサイル、特殊潜航艇、特攻自爆ボートなどの攻撃から防御するために、海上自衛隊が専属の護衛戦隊を貼り付けなければならなくなる。

 現状では海上自衛隊や米第7艦隊イージスシステム搭載艦の多くがあたかもBMD専用艦のように用いられているため、日米両海軍の戦力低下が加速している。地上配備型のBMDシステムには、その現状を打開するという戦略的意義があった。それにもかかわらず、イージス・アショアを海上施設に搭載したならば、この戦略的意義が完全に消え失せてしまい、何のために数千億円を投じてイージス・アショアを購入するのか全く意味不明となってしまう。

 日本政府は、イージス・アショアを海上設備に搭載するといった愚策をこれ以上検討すべきではない。国際社会の嘲笑を買うだけではなく、日本を仮想敵としている諸国に大いなる安心を与えるだけである。

アメリカの数段構えのBMD態勢

 イージス・アショアの白紙撤回は、これまで日本政府・国防当局が必要以上に努力を傾注してきたBMD戦略そのものを根本的に見直す契機とすべきである。

 現在頓挫しているイージス・アショアをはじめ、BMD能力を付与されている海上自衛隊イージス駆逐艦航空自衛隊が運用している局地防衛用のPAC-3は、いずれも日本に向かって飛来してくる弾道ミサイルに対して迎撃用ミサイルを発射して撃墜する(もちろん成功すればということになるが)ことによって日本を防衛する、完全に“受け身”の防衛兵器ということができる。

 このような受け身の仕組みによる弾道ミサイル防衛は、受動的BMDと呼ぶことができる。受動的BMDは、日本政府が拠って立つ「専守防衛」に合致するがゆえに、日本政府も国防当局も莫大な予算を投入して積極的にアメリカとの共同開発プログラムに参加し、アメリカからの受動的BMDシステムの購入を推し進めてきたのである。

 しかしながらイージス・アショア、軍艦搭載用イージスBMD、PAC-3THAADといった受動的BMDシステムを開発・生産しているアメリカでは、敵の弾道ミサイルを待ち受ける受動的BMDだけがBMDではない。アメリカは「受動的BMD」とともに「能動的BMD」および「報復的BMD」能力を保持している。

「能動的BMD」とは、敵がアメリカに対して弾道ミサイル攻撃を実施するのに先だって敵の弾道ミサイル関連戦力を攻撃し叩き潰してしまうことであり、「報復的BMD」とは、敵がアメリカ弾道ミサイル攻撃を仕掛けてきた場合に敵に対して“倍返し”以上の痛撃を加えるだけの強力な各種攻撃能力を保持することによって敵に対米弾道ミサイル攻撃を思いとどまらせることを意味する。アメリカは、こうした「能動的BMD」「報復的BMD」「受動的BMD」という数段構えのBMD態勢によって自国に対する弾道ミサイル攻撃を抑止しようとしているのだ。

 ジョージ・ワシントン以来「攻撃は最大の防御」をモットーとする人々が多いアメリカ軍関係者の間では「受動的BMD」はあまり好まれておらず、積極的に開発しようとしているのはミサイル防衛局くらいである。かつて本コラム(「グアムにイージス・アショアを配備する米海軍の本音」)でも紹介したように、アメリカ海軍とりわけ大平洋艦隊では、日本周辺海域でのイージスBMD艦による弾道ミサイル警戒任務が、海軍本来の各種能力を阻害しているとして、受動的BMDはいたって評判が悪い。また筆者周辺の海兵隊関係者の多くは受動的BMDなどにはほとんど関心を示さない。

能動的BMDは不可能

 日本にとっても、これまで莫大な予算と多くの防衛資源を割いてきている受動的BMDだけがBMD戦略ではない。

 ただしアメリカの場合は軍事に関する憲法上の制約や「専守防衛」といった“国是”など存在しない。日本がアメリカと同じ形で能動的BMDや報復的BMDの態勢を備えることができないのは、当然といえよう。

 日本にとっての「能動的BMD」とは、北朝鮮あるいは中国が日本に向けて弾道ミサイルを発射する直前に、敵弾道ミサイル発射装置や管制システムなどを破壊して、物理的に弾道ミサイルを発射させないようにしてしまう方策を意味する。

 時代遅れの政治家などは「敵基地攻撃能力」と呼んでいるが、日本を攻撃する北朝鮮と中国の弾道ミサイルミサイル基地から発射されることはなく、地上移動式発射装置(TEL:移動起立型発射機)から発射される。

 TELといえども、弾道ミサイルを発射する際には移動しているわけではなく、発射地点に到達してから発射まで少なくとも15分程度は静止している。だが、そのようなTELを日本攻撃直前に破壊してしまうことは不可能に近い。

 TELは原則として移動する目標であるため、長距離巡航ミサイルでの攻撃は99.9%不可能である。考えられるのは、特殊部隊を敵地に投入して日本攻撃用のTELに接近し攻撃態勢に突入したTELを「手動」で破壊するか、攻撃機を敵地上空に送り込み、発見したTEL近くの上空で待機させ(現実的には無理だが)、日本攻撃態勢に入ったTELを空対地攻撃ミサイルや精密誘導爆弾で攻撃する方法である。しかし、北朝鮮でさえ100両以上の対日攻撃用弾道ミサイルのTELを保有し、中国の場合は数百両のTELを保有している。それら多数のTELを特殊部隊攻撃機で片っ端から破壊してしまうことは、自衛隊にもアメリカ軍にもほぼ不可能である。

報復的BMDについて検討を開始すべき

 では、「報復的BMD」はどうか。報復的BMDとは、日本を弾道ミサイル攻撃した敵に対する報復攻撃能力を手にして抑止効果を期待する戦略である。

 日本にとっての報復的BMDとは、敵の政府首脳部と軍首脳部、軍指揮統制関連施設、レーダー通信システム、燃料庫、弾薬庫、兵器格納施設、航空施設、軍港(停泊中の軍艦を含む)、政府機関、発電所、変電所、石油備蓄施設、石油コンビナートなどをピンポイント攻撃し、破壊する戦力である。

 このような敵地(敵基地ではなく敵地)攻撃能力は、大都市部や人口密集地への大量報復攻撃(通常は核兵器を使用)戦力を要することによって抑止効果を生み出す「懲罰的抑止」という概念とは一線を画すものである。あくまで、非戦闘員への危害を極小に抑えつつ、政治・軍事指導者たちと重要インフラに痛撃を加えるのである。

 報復的BMDの抑止効果はあくまで敵側の主観であるため、その意味合いにおいては確実なBMDとはいえない(もっとも、いかなる方策といえども確実なBMDなど現時点では存在しない)。だが、敵の政治・軍事中枢神経を麻痺させる攻撃は抑止効果を発揮する可能性が高いものと考えられる。

 日本政府は、日本が保持すべき報復的BMDに関しての具体的な検討を直ちに開始すべきである。

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