「(議員生活)47年間、何もしてこなかった男がここに立っている」

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アンタこそ何もしない無能な大統領だ」

 日本時間の9月30日午前中に行われたドナルド・トランプ大統領とジョン・バイデン前副大統領の初めてのテレビ討論会は、見ていて途中で吐き気がするほどだった。

 大統領選の民主・共和双方の候補者によるテレビ討論会は、よくボクシングの試合に喩えられる。司会者がレフリーで、両者がジャブを放ったり、カウンターパンチを繰り出したり・・・。

 だが今回の「トランプvsバイデン」は、反則技を次々に繰り出す「狂人レスラー」と、相手と目を合わせようともせずしきりに下を向いてメモを見る「凡人レスラー」による場末のプロレスのようだった。こんなに品性お下劣で低レベルな大統領候補者討論会は、初めて見た。

 そこで示されたのは、アメリカの分断と凋落だった――。

アメリカでは罵り合いの討論会、中国ではにこやかに建国記念パーティー

 両候補者に代表される共和党民主党、そしてアメリカ社会は、もはや「対話」すらできないほど分断していることを再認識させられた。また、戦後70年以上にわたって世界に君臨してきたアメリカが、ヒビ割れてきていることも再認識させられた。分断と凋落のダブルショックである。

 この同じ日、中国では建国71周年の記念パーティーが、北京の人民大会堂で開かれた。習近平主席以下、幹部たちが一堂に集合。司会役の李克強首相が「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想によって、中華民族の偉大なる復興という中国の夢の実現のために奮闘しよう!」と呼びかけると、赤ワインで乾杯した。

 CCTV(中国中央広播電視総台)の映像を観ていると、参加者たちは「一糸乱れぬ拍手」を送ったりしている。本来なら建国記念日を喜び合う日なのに、社会主義の緊張感がひしひしと伝わってきた。

 同じ日に、立て続けに世界最大の民主(資本)主義国と社会主義国の様子を見ていて、21世紀の人類の社会システムとしてふさわしいのは、一体どちらなのだろうと考えこんでしまった。日本には、建国記念日のパーティーで笑顔を見せることもできない国になってほしくはないが、「狂人か凡人のどちらかをトップに選べ」と迫られる国にも住みたいとは思わない。

 かつてイギリスウィンストン・チャーチル首相は言った。「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」。だが、今回の「狂人と凡人の化かし合い」を観ていると、チャーチル首相の言葉の前半部分が重みを帯びてくる。

日本の国会討論に度肝を抜かれた中国人

 以前、ある中国からのデリゲーションを、東京・永田町の国会議事堂に案内したことがあった。議員会館のテレビでは、国会の模様を生中継していたが、野党が首相を激しく追及する場面だった。

 その様子を見ていた中国人たちの顔面が蒼白になっていき、いつまで経ってもその場を離れようとしない。私には見慣れた風景だったので、「どうしたんですか?」と聞くと、中国人たちが答えた。

「噂には聞いていたが、いま初めて民主国家の国会というものを観た。まるで日本は内戦をやっているようだ。あんなことをやっていて、どうして本物の内戦にならないんだ?」

「日本は何と生産性の悪いシステムを取っていることか。政府のやることにあんなにあからさまに反対していたら、政策が進んでいかないではないか」

 このように、中国人たちは次から次へと、こちらが予期しないことを口にし出したのだった。

 それで今回、思った。中国人は今回のアメリカ大統領候補者討論会をどう見たのだろうか?

アメリカの民主主義を馬鹿にする中国

 中国共産党系の最大の国際紙『環球時報』は、長文の記事を出した。タイトルは、「バツが悪い! トランプとバイデンの最初の対決終了 『カナダへ引っ越そう』などのキーワードグーグルで急上昇」。そのさわりの部分を訳してみよう。

<「候補者討論会はおそらく国民を北方に向かわせるだろう。もはや投票箱の問題ではない」。30日、『ニューヨークタイムズ』はこう報じた。共和党大統領候補トランプと民主党大統領候補バイデンの初となる対決が開始されると、グーグル上で「カナダへ引っ越そう」などのキーワードの検索が急増した。このことが海外で話題を呼んでいる。カナダのネット上では、「アメリカが新型コロナウイルスの問題を解決できるまで、国境は閉鎖したままだ」と書かれたり、「われわれが国境の壁を築く必要がありそうだが、カネはアメリカに支払わせよう」と書かれたりしている。

 討論会開始から一時間ほどで、「どうやってカナダ公民の申請をするか」というグーグル検索が急上昇。夜22時半頃に、最高潮を迎えた。このグーグル検索が最も多かったのはマサチューセッツ州で、その次はオハイオ州とミシガン州だった。その他、討論会の最中には、「どうやってカナダへ引っ越すか」「カナダへの引っ越し」といったものも、検索数が激増した・・・>

 新華社通信も、「初討論会後、両者とも自分が勝ったと言う ネットでは『とにかくアメリカが負けた』」と題した長文の記事を出した。

<アメリカ東部時間9月29日夜、再選を狙うトランプ米大統領民主党バイデン大統領候補者が初めてのテレビ討論を行い、事前に決まっていた6つの議題について、一時間半の激論を交わした。

「全米注目」の中、双方は頻繁に横槍を入れたり、レッテルを張ったり、人身攻撃をしたり。アメリカのメディアとネット上では、現場は混乱し、失望したと表現した。ある評論では、「いずれにせよ初討論でどちらが勝ったにせよ、負けたのはアメリカだった」と述べた・・・>

 このように、アメリカをバカにしているのである。中国はこれまでも、アメリカでの警官による黒人射殺や黒人のデモなどを大々的に報じており、「民主国家の惨状」を国民にこれでもかと見せつけている。

 だがその一方で、「ここまで自由に大統領やその候補者を罵(ののし)れるアメリカが羨ましい」と思っている中国人が多いのも事実だ。そうした声が、中国メディアで伝えられることは決してないが。

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現地時間9月29日夜、オハイオ州クリーブランドで開かれた第1回目のテレビ討論会における共和党のトランプ大統領(左)と民主党のバイデン前副大統領。お互いの非難合戦は、「泥試合」「最低の討論会」などと酷評されている(写真:ロイター/アフロ)