(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長)

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 米商務省による中国ファーウェイへ(華為:Huawei)の攻撃が、日増しにエスカレートしている。米商務省は2019年5月16日に、ファーウェイをエンティティーリスト(EL)に掲載し、その後、2020年5月14日および8月17日の2段階で、輸出規制を厳格化した。

 第1段階目の厳格化により、台湾のファンドリー(半導体受託製造工場)TSMC9月15日以降、ファーウェイ向けの半導体出荷を停止した。そして、第2段回目の厳格化により、米国製の設計ソフトと製造装置を使って作られた、ほぼすべての半導体の出荷が、やはり、9月15日に停止された。

 具体的に列挙すると、サムスン電子やSKハイニックス(SK hynix)のDRAMとNAND、ソニーのCMOSセンサー、キオクシア(旧東芝メモリ)のNAND、ルネサスの通信基地局用半導体、台湾のファブレスMediaTekが汎用品(ASSP)として設計したプロセッサなどが出荷停止となった。

 上記の半導体メーカーの中で、もっとも甚大な被害を受けたのがキオクシアであろう。なぜなら、キオクシアのNANDの大半は、中国のスマートフォンメーカー向けに輸出されており、特にファーウェイは大口顧客だった。それゆえ、キオクシアは今年度の収益を下方修正することになり、その結果として、10月6日に予定していた東京証券取引所への上場を見送る羽目に陥ったからだ。

最大の被害者は中国SMIC

 そして、キオクシア以上に大きなダメージを被ることになったのが、中国のファンドリーSMICである。というのは、TSMCに見捨てられたファーウェイがSMICに生産委託をすることが明らかだったため、米商務省は、米国製の製造装置などをSMICに輸出する際には、事前に同省の許可を得ることと決めたからである(日経新聞9月28日)。

 これは、SMICが実質的に米総務省のELに載ったにも等しい措置と言える。現在、SMICは、アプライドマテリアルズ(AMAT)、Lam Research、KLAなどの米国製の製造装置が無ければ、先端の半導体を製造することはできない。そして、これら米国の製造装置メーカーが、SMICへの装置の輸出を申請しても、米商務省は、恐らく許可しないと思われるからだ。

 また、SMICは、半導体の自給率を向上させるための国家政策「中国製造2025」における中核的なロジック半導体のファンドリーとして位置付けられている。ところが、今回の米商務省によるSMICへの輸出規制により、「中国製造2025」の実現が極めて困難になったと言わざるを得ない。

 このような状況で、SMICは、どうやって先端の半導体を製造するのだろうか? また、「中国製造2025」の行方はどうなるのだろう? さらに、日本の製造装置メーカーや材料メーカーへは、どのような影響があるだろうか? 本稿では、これらの問題を論じる。

 その前に、SMICの微細加工技術や生産キャパシテイの現状について確認しておこう。

SMICの微細加工技術の現状

 図1に、ロジック半導体とファンドリーの微細加工技術のロードマップを示す。

 図中の〇、△、×は筆者がつけたマークである。その意味は、以下の通りである。

〇:その微細加工技術のR&Dが完了していること、そして、量産が開始されていること、または、量産がスムースに立ち上がると予測されることを示す。

△:その微細加工技術のR&Dはある程度できているかもしれないが、充分に量産が立ち上がっているとは言えない状況を示す。

×:その微細加工技術のR&Dが完了していないか、または、ある程度R&Dの目途がついていたとしても、量産が立ち上がっていない状況を示す。

 世界の微細加工技術の先頭を快走するTSMCでは、2019年に最先端露光装置EUVを孔に適用した7nm+の量産が立ち上り、今年2020年は、配線層にもEUVを適用した5nmの量産が開始されている。また、3nmのR&Dもほぼ完了しており、来年2021年にはリスク生産が開始される。

 これに対して、SMICは、2019年に14nm、2020年に12nmへと微細化を進めることになっているが、どちらも、量産が立ち上がっているとは言い難い。というのは、図2に示したように、SMICのビジネスに占める微細加工技術の割合では、2020年第1四半期時点で、14nmがたったの1.3%しかないからだ。12nmに至っては、その割合はゼロである。

SMICの半導体生産能力

 次に、SMICの生産能力を詳しく見てみよう。

 図3に、SMICの8インチと12インチの月産キャパシテイの推移を示す。2015年以降、8インチも12インチも、そのキャパシテイが急激に増大している。これは、国家政策「中国製造2025」が制定され、SMICが中国政府から支援を受けて、生産能力を拡大したからと推察できる。

 そして、2020年第2四半期時点の月産キャパシテイでは、8インチが23.4万枚、12インチが24.6万枚となっている。つまり、SMICでは、8インチと12インチの月産キャパシテイが、ほぼ同じ割合であると言える。

 ウエハ口径は、微細加工技術とも密接な関係がある。8インチでは、0.1μm(100nm)が限界であり、その以降の微細化は、12インチでなければ実現できない。というのは、製造装置メーカーが、最先端の微細加工技術を実現する装置については、12インチ用でしか開発しないからである。

 以上を考慮して再度、図2を見てみよう。8インチの限界となる0.11/0.13μmまでと、12インチでしか実現できない90nm以降の割合が、ほぼ半々であることが分かる。これは、図3において、2015年以降では、8インチと12インチの月産キャパシテイが、ほぼ同じ規模であることに符合する。

8インチ工場と12インチ工場の状況

 さらに、SMICの8インチと12インチの工場の詳細を分析してみよう。まず、8インチについては、図4に示す通り、主力が上海(Shanghai)メガファブで月産約11.5万枚、加えて、天津(Tianjin)ファブが約7.3万枚、深圳(Shenzhen)ファブが4.6万枚となっている(月産キャパシテイは2020年第2四半期時点)。一方、約4万枚のキャパシテイがあったイタリアのAvezzanoファブは、2019年第3四半期以降、決算報告書から姿を消している。

 この結果、8インチは、上海、天津、深圳の3つのファブ合計で23.4万枚の月産キャパシテイがあり、これらのファブで、0.35μm~0.11μmの半導体を製造している。

 一方、12インチでは、図5に示す通り、北京(Beijing)メガファブが11.7万枚、北京の子会社Beijing Majority-Owned)のファブが11.3万枚の2拠点が主力である(月産キャパシテイは2020年第2半期時点)。他には、上海ファブが最盛期に4.5万枚あったが、2020年第2四半期に3000枚まで月産キャパシテイが低下している。また、2017年第4四半期以降、7000枚の月産キャパシテイがあった深圳ファブは、2019年第4四半期以降、姿を消した。

 これに対して、上海の子会社のファブが2019年第4四半期以降、立ち上がってきており、2020年第2四半期には1.4万枚の月産キャパシテイに増加している。このファブは、SMIC傘下のSMSCと推察される。SMSCでは、5nm開発プロジェクトが推進されており、このファブに2019年末、オランダのASMLから最先端露光装置EUVが導入される予定だったが、米国政府がオランダ政府に圧力をかけたため、EUVの導入が見送られた。そのため、SMSCでは、ベルギーにあるコンソーシアムのimecにあるEUVで露光工程を行い、そのウエハを使って5nmの開発を続行していると聞いている。

 この上海にあるSMSCを除けば、12インチの主要な拠点は、北京に集中していると言っていいだろう。以上をまとめると、SMICでは、8インチの主力が上海(+天津と深圳)、12インチの主力が北京になっていると言える。

 次節では、米国製の製造装置が導入できなくなった場合、8インチと12インチのファブがどうなるかを考察する。

米国製の製造装置が導入できなくなった場合

 2019年における各種半導体製造装置の企業別シェアを図6に示す。ほとんどの製造装置が、日米欧の1~3社によって寡占化されていることが分かる。このような状況のもと、SMICが米国製の製造装置を導入できなくなった場合を考えてみよう。

 まず、8インチのファブを拡張する場合は、もしかしたら、中国製の製造装置でも何とかなるかもしれない。というのは、露光装置では、中国のShanghai Micro Electronics Equipment Co. Ltd.SMEE)が、既にi線、KrF、 ArFドライの露光装置を販売している。また、NAURAが、ドライエッチング装置、成膜のCVD装置やスパッタ装置、熱処理装置、洗浄装置を販売している。加えて、AMATに在籍していた中国人が創業したAMECが、ドライエッチング装置とCVD装置をリリースしている。

 SMEEは、恐らく、ASMLの露光装置をデッドコピーしており、NAURAやAMECは、AMAT、Lam Research、TELなどの装置をデッドコピーしていると考えられる。半導体プロセスは、ハードウエアをコピーしただけでは実現できないが、100nmレベルの半導体は何とか製造が可能かもしれない。

 それでは、12インチの先端の半導体の製造はどうだろうか? SMICは、米国製の製造装置を使わずに、2020年中に40nmを量産できるようにし、2023年までに28nmの量産を計画しているという。これらの計画は、実現可能だろうか?

SMICが40nm以降を立ち上げられるか?

 もし、米国がSMICに装置を売らなくても、その代わりに、日本と欧州が装置を売れば、40nmも28nmも可能になるかもしれない。図6の各種製造装置について、それぞれ、確認してみよう。

 マスク検査装置は、KLAの代わりに日本のレーザーテックが装置を売れば問題ない。ドライエッチング装置では、絶縁膜エッチャーを東京エレクトロン(TEL)が、導電膜エッチャーを日立ハイテクから導入すれば、何とかなるだろう。

 CVD装置では、AMATとLam Researchの存在が極めて大きいが、欧州のASMIとTELで凌ぐことができるかもしれない。AMATが1社独占状態のスパッタ装置は、さらに苦しくなるが、日本のUlvacやNAURAを使うしかない。CMP装置は、AMATの代わりに荏原製作所の装置を導入すれば問題ない。異物検査装置や欠陥検査装置でKLAが使えないのは相当苦しいが、日立ハイテクと欧州のHermesで何とかするしかない。

 このように見てみると、米国製の製造装置が無くても、40nmは何とかなると思われるが、28nmは相当苦しいのではないか。しかし、まだ、日本と欧州から装置を導入できれば、辛うじて何とかなるレベルかもしれない。SMICが28nmの実現まで3年と読んだのは、案外良い線と言えなくもない。

米国政府が日欧に圧力をかけたら?

 米国製の製造装置なしで40~28nmを立ち上げようとしているSMICは、さらなる困難に直面する可能性が高い。今日までの米商務省のファーウェイへの徹底的な攻撃を見てくると、米国政府が日本およびオランダ政府に、SMICに装置を売らないように圧力をかけると思われるからだ。

 実際、TELやSCREENが、SMICへの装置の供給をやめるかもしれないという話が聞こえてくる。また、中国で露光装置ビジネスを拡大したいはずのニコンが、「ノーコメント」と言い始めた。さらに、EUVの出荷を取りやめたASMLが、もしかしたらEUVだけでなく、ArF液浸の出荷も見合わせる観測も浮上している。

 もし、日米欧の装置を導入できずに、中国製の装置だけで40~28nmの量産ができるかと言えば、不可能とまではいわないが、相当な時間を要するだろう。特に、28nmが2023年までにできるとは到底思えない。はっきり言って、それは不可能だ。10年かかるかどうかは不明だが、5年以上かかることは確実だろう。

米国政府はもう1枚カードを持っている

 そして、奇跡的にもSMICが、中国製の製造装置だけで28nm以降ができるようになったとしても、米国政府はもう1枚カードを切ることができる。米国の同盟国の日本に最大限の圧力をかけ、半導体材料をSMICに売らせないようにすればいいのである。

 2019年7月1日、日本政府が突如、フッ化ポリイミド、EUVレジスト、フッ化水素について、韓国への輸出規制を強化することを発表した。この中で、特にフッ化水素の影響は甚大で、もし、韓国のサムスン電子やSKハイニックスが日本製のフッ化水素の供給を止められ、在庫が無くなったら、先端であるか否かに関係なく、メモリかどうかも無関係に、半導体が1個もつくれなくなる窮地に追い込まれるところだった。

 これと同じことを行うように、米国政府が日本政府に圧力をかけ、ウエハ、レジスト、フッ化水素をはじめとする薬液、各種ガスの供給を止めたら、もはやSMICは、半導体を1個もつくることができなくなるだろう。この最後の切り札を、米国政府が切る可能性は、大いにある。

「中国製造2025」の壊滅と米中全面戦争の勃発

 現在はまだ、米商務省がSMICに対して、米国製の製造装置の輸出の申請を義務付けた段階だ。次の段階は、米商務省がSMICをELに掲載することになる。その次は、日本とオランダ政府に圧力をかけ、それぞれの国の装置の輸出を禁じる措置に出るだろう。そして、最後は、米国の同盟国である日本に対して、ウエハをはじめとする各種半導体材料の輸出を止める可能性がある。そうなれば、「中国製造2025」は完全に壊滅する。

 ここまでくると、日米欧の製造装置メーカー、その装置の部品、材料、設備メーカーに甚大な影響が出る。加えて、日本の半導体材料メーカーにも被害が及ぶ。

 そして、米商務省のファーウェイやSMICへの攻撃について、これまで沈黙していた中国政府が、米国をはじめ、その同盟国に対して、全面的なハイテク戦争および貿易戦争を仕掛けてきてもおかしくない。そうなると、得をする者は誰もおらず、全ての国の半導体関連企業が無傷ではいられない。

 もはや、米中戦争は、後戻りできないところまで来ている。どうしたら、和解に持ち込むことができるのか、筆者にその答えは見出せない。ずっと考え続けているが、もっとも短期間で解決する方法は、米国が総攻撃を仕掛けているファーウェイに倒産してもらうことかもしれない(ファーウェイには気の毒であるが)。そして、それは、現実になる可能性が高い。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  独自OSもむなしく、ファーウェイがスマホ撤退か

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