(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

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『日本共産党 噂の真相』を読んで

 私が参議院議員時代に国会秘書をしてくれたこともある篠原常一郞氏の著書『日本共産党 噂の真相』(育鵬社)が出版された。読みやすい筆致で、私が知らないこともたくさん書かれていて、興味深く読んだ。

 この中には、「労働者階級の歴史的使命」とか「前衛」などという懐かしい言葉も多く出てくる。「労働者階級の歴史的使命」というところでは、次のように記述されている。

レーニンロシア革命の指導者)は、前衛の意味をよく整理していました。彼はおおよそこんなことを言っています。「科学となった共産主義理論を労働者階級が自然に身につけることはできない。それは、労働者階級に外から持ち込まれなければならない・・・〉

資本主義経済システムの歯車に組み込まれ、生活の糧を得るため毎日労働に従事しなくてはならない末端の労働者階級が、科学的で体系的な共産主義の理論を学び取ることはできないから、労働者階級の歴史的使命をわかっている知識層を中心にした前衛部隊によって共産主義理論を持ち込むぞ、という意味です〉

 この前衛部隊というのが共産党のことである。私が入党した当時の日本共産党規約には、冒頭に「日本共産党は、日本の労働者階級の前衛部隊であり、労働者階級のいろいろな組織のなかで最高の階級的組織である」と規定されていたものである。篠原氏の著書にも出てくるが、当時は党員でない人のことを一段見下して「大衆」と呼んでいた。実際、「前衛」だという意識は、当時は強く叩き込まれた。

 現在では、これでは共産党員でない人を「後衛」と見なすことになるというので、この規定は削除された。

 それはともかく、篠原氏の著書を読んで、あらためて共産主義理論のおかしさを考えてみた。

歴史的必然なのに、なぜ革命運動が必要か

 マルクス、エンゲルスが打ち立てた共産主義理論の最大の核心は唯物史観(史的唯物論)だと私は思っている。唯物史観とは、マルクス主義の歴史観である。これまで人類の歴史は、原始共産制、奴隷制、封建制、資本主義というように発展してきた。その根底には、生産力と生産関係の矛盾があったとする見方である。

 資本主義は、資本家が大儲けをして、労働者や勤労国民は安い賃金などによって窮乏化し、失業者も溢れかえる。そのため過剰生産に陥る。ここに資本主義の根本矛盾がある。これを解決できるのは、主な生産手段を社会的所有に移す社会主義を実現することだ──というのが唯物史観である。しかも資本主義から社会主義への発展は歴史的必然だというのである。

 でも歴史的必然なら、何も共産党も、革命運動も必要ないのではないか、という素朴な疑問が沸いてくる。奴隷制から封建制、封建制から資本主義への移行に、さまざまな人民の闘いは存在したであろうが、共産党のような前衛党が必要だったわけではない。

 平成天皇の教育の責任者や慶應義塾大学の塾長を務めた経済学者に小泉信三(19881966年)という人がいる。この人の著書に『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)というのがある。このなかで著者は次のような指摘をしている。

〈もしも歴史的因果の系列が、絶対的に変更し難いものとして、将来に向ってすでに決定しているという意味において、必然的であるならば、一切の人間の努力、したがって社会運動は全く無意義であり、よし歴史は人間の心意を通じて経過するとしても、それがかかる絶対的の意味において必然的であるならば、それはあたかも「朝日よ、昇れ」、「四季よ、循(めぐ)れ」といって努力するにも等しいこととなるであろう〉

 一方で社会主義への移行は歴史的必然論といいながら、他方では革命を推進する共産党の存在を肯定するというのは、自家撞着に陥っているのである。そもそも必然論は、小泉氏も指摘するように、多くの誇張や希望的観測が含まれているのである。

共産主義になると進化は停止?

 エンゲルスは、「あなたは何主義者か」と尋ねられれば、「進化主義者だと答える」と語ったそうである。共産主義理論は、進化論なのである。最近はどうか知らないが、日本共産党の中では、よく「社会の発展法則」などという言葉が使われたものである。

 ところが共産主義社会が実現してしまうとそこで進化・発展が止まってしまうというのがマルクス主義なのである。小泉氏は前掲書で次のように指摘する。

マルクスの場合、共産主義の実現とともに、人類はその為し得る限りの最高の発展を成就し、もはやそれ以上の進歩はあり得ぬものとされているように見える〉

資本主義の矛盾が共産主義への発展によって止揚せられた後、さらにこの共産主義そのものの内から、それに対する否定が起こってこなければならぬはずである。共産主義に対する否定は、私有財産制度以外には考えられぬ〉

 マルクスらの理論によれば、小泉氏の指摘通りなのだが、マルクスやエンゲルスは、その点についてはまったく触れていない。結局、共産主義は人類が到達する最高の歴史的段階ということなのである。

 進化が停止する社会が実現するということは、社会発展の理論である唯物史観とここでも大矛盾を起こしてしまうのである。

必然論も唯物史観も通用しなくなった現実

 これ以上、共産主義理論のおかしさを書いても仕方あるまい。現実世界では、社会主義は必然どころか、日本共産党にとってさえまったく見通しが立たないものとなっている。

 今年(2020年)1月の党大会で改定される前の綱領には、中国やベトナムについて、「今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも、『市場経済を通じて社会主義へ』という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始され、人口が13億を超える大きな地域での発展として、21世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしていることである」と最大限の評価をしていた。

 だがこの文章はすべて削除されてしまった。世界には、社会主義を目指す探究などどこでも行われてはいないことを認めたということだ。改定された党綱領には、「21世紀の世界」という章がたてられているが、この長い文章の中にも社会主義のことはなくなってしまった。

 日本共産党の今日の路線を確立した1961年綱領には、次のような一節がある。

社会主義が一国のわくをこえて、一つの世界体制となり〉

社会主義の世界体制は・・・今日の時代における世界史の発展のおもな内容、方向、特徴を決定する原動力となっている。社会主義世界体制は人類社会発展の決定的要因になりつつある。世界史の発展方向として帝国主義の滅亡と社会主義の勝利は不可避である〉

 これが共産党自慢の科学的分析によるものであった。「発展」という得意の言葉も使われている。だがどれほど見通しを誤っていたことか。ソ連などは、今日では「社会主義国ではなかった」という結論になっている。人間社会の科学的分析などということは、そもそも容易ではないのだ。それを科学的な分析などといって、これまでどれほど過ちを犯してきたことか。そろそろ目を覚ます時ではないのか。

 冒頭に紹介した篠原氏の著書に不破哲三氏の毎日新聞(2009年6月26日付夕刊)でのインタビューが紹介されている。それを引用する。

――マルクスは、資本主義の危機が19世紀に起こると言ったそうですが。

不破 21世紀における資本主義の危機は深刻です。資本主義が引き起こした究極の災害とも言える地球温暖化、そしてケインズ主義や新自由主義が破綻したことも明らかです。世界で完全な社会主義を実現した国はまだありませんが、21世紀はかなり勝負がつく時代でしょうね。

――今度はホントに?

不破 完全に、とは言い切れませんよ。私たちの党の綱領で、21世紀は発達した資本主義国で、社会主義が問題になる時代であるとの見通しを立てました。まあ、今世紀の終わりに何と言うかはわかりませんが(笑い)。

 今世紀の終わりには、不破氏は生きてはいない。最後が(笑い)である。このどこに真剣さをみることができるのか。不破氏の言葉を借りれば、「究極の無責任」ということだ。

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