ソフトバンクが2000円の検査を始める」

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 9月24日ソフトバンクグループの新会社がPCR検査を始めると発表して注目を集めた。送料は別だが、自由診療の検査が2~4万円だと考えれば、2000円という価格設定は、一般社会のみならず、医療界でもインパクトがあった。検査価格が10分の1以下になれば、検査の裾野は一気に広がるだろう。

 筆者はこの動きを見たときに、日本の検査体制について考えるというより、米国での検査体制に関する過去からの改革を思い起こした。米国の状況から見ると、日本の状況が好対照に映ったからだ。日米比較を踏まえて、日本の検査体制について考察する。

低価格化を実現した3つの理由

 ソフトバンクグループが低価格を実現した理由は、「利益度外視」と同社が言っているように利益を価格に載せていないのは大きい。ただ、その前提として、そもそものコストが安価だということがある。検査コストを低く抑えられている理由として、大きく3つが挙げられる。

 まず大きいのは、会見でソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏が繰り返していたが、「医療行為を伴わない」という点だ。医療行為として検査すると、診断する医師やケアする看護師などの人件費が加わるほか、医療行為のための医療機関の設備費用などを勘案する必要がある。ソフトバンクの検査を見ると、医療行為ではなく情報提供の目的に絞ると説明しており、医療行為でかかるコストを無視することができた。

 もう一つの理由は大量発注だ。タカラバイオが発売しているPCRキットを100万回分確保しており、ボリュームディスカウントにより検査当たりの原価を下げている。

 さらに、単品検査をしていることもある。ソフトバンクグループ7月17日に設立した「新型コロナウイルス検査センター株式会社」は、その名前の通り、新型コロナウイルス感染症の検査しか行わない。通常の医療機関は、1種類の感染症だけを検査しているわけではない。それと比べると、単品検査の場合は検査プロセスを単純化できるので、対応するスタッフに高度な知識や経験は必要ない。結果として、プロセスの高速化など検査の効率化が可能だ。

 新型コロナウイルス感染症の発生がなければ、情報提供とはいえ、企業が病気の検査ビジネスに大々的に新規参入するのは難しかっただろう。

 実は、4月に楽天もグループ会社で新型コロナウイルス感染症の健常者向けのPCR検査を手がけることを発表した。ただ、このときは遺伝子検査キットを手がけるジェネシスヘルスケア代表の経歴詐称問題が浮上、経営体制が変わったために10日程度で販売を取りやめた。ソフトバンクはこのときの経緯を参考にしつつ、準備を進めたとみられる。

楽天に比べて用意周到だったソフトバンク

 ソフトバンク(以下、ソフトバンクグループのこと)の検査体制づくりのポイントは、保険適用の水準に達する検査体制を整えて、「安全で安心」と主張できる仕組みを構築したところにある。

 まず、PCR検査は国立感染症研究所が作成した「2019-nCoV(新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル~2020/06/02更新版~」に記載されたものとして、タカラバイオの「SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit」のキット使用をすると公表した。

 厚生労働省は、保険適用で新型コロナウイルス検査を行う際に、国立感染症研究所の方針に沿うよう求めている。ソフトバンクはこれに合わせる形にしていると明言した。楽天も、キットの開発に当たっては国立感染症研究所の方法を厳守したと発表していたものの、ソフトバンクが具体的な製品名まで明記していたのに比べれば、検査法の説明が曖昧だった。

 さらに、ソフトバンクは衛生検査所の認可を受けた。もともとソフトバンクは国立国際医療研究センターにアプローチして良好な関係を築いており、そこから同センター国府台病院(千葉県市川市)の空きスペースを活用し、衛生検査所に求められる要件を満たす設備を整えて、千葉県知事の認可を受けている。

 新型コロナウイルス感染症の検査は医療機関や衛生検査所などの施設基準に準じた設備で行うのが望ましいと考えられており、ソフトバンクはこの方針にも合わせたことになる。楽天は健常者向け検査の発表の際に医療機関の協力を得ると説明していたが、この辺りの説明は曖昧に示されたのみだった。

 ソフトバンクは唾液を用いるタカラバイオの検査キットを採用し、安全と安心の水準を高めた。楽天のときには、鼻咽頭から検体を自分で採取する方法で、安全性に欠けると外部から指摘された。

 輸送においても、ソフトバンクはウイルスを不活化した上で、5重の梱包にする方法を採用した。ウイルス感染の漏洩を防ぐためにこうした対応は重要だが、楽天は5重ではなく3重の梱包としていた。単純に3重より5重の方がいいとは言えないが、分かりやすい差別化になったのは確かだろう。

 検査結果判明までの時間も、楽天が3日以内だったのに対して、ソフトバンクは即日の結果判明を強調した。検査の実効性を考えれば、早期の結果判明は間違いなく重要である。

 そして最後は価格の点だ。ソフトバンクは冒頭の通り2000円で採算度外視なのに対して、楽天の価格はでは1万4900円だった。検査で利益を得てはならない理由はないが、2000円であれば、想定外の批判も上がりにくい。

迅速な検査のボトルネックになる国の承認

 ソフトバンクは抜け目なく対応したが、そうはいっても、新型コロナウイルス感染症パンデミックという大問題が起きなければ、検査ビジネスの参入が容易に受け入れられたかは分からない。

 コロナ以前にこうした検査で注目されていたのは、遺伝的な検査の分野だった。

 日本では、そもそも衛生検査所で実施する検査であっても、体外診断用医薬品(IVD)として承認を受ける必要がある。一方、DNAなどを読み取って情報を分析する遺伝的検査は研究施設がある場所であれば対応できる。つまり、医療目的ではなく情報提供であれば、IVDの承認を受けなくても検査が可能だ。

 もっとも、これまでは、医療行為として医療従事者が関与することなく、企業が情報提供として病気に直結するような遺伝的な情報を提供するのは控えられてきた。実質的な医療行為に当たるという見方があるからだ。にもかかわらず、今回のソフトバンクの例では情報提供として遺伝情報の提供が社会的にも認められたように見えるのは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大という危急時だったからだ。

 検査の承認という側面で言えば、新型コロナウイルス感染症PCR検査も他の検査と同様で、本来であればIVDとしての承認を受ける必要がある。今回は、緊急的に国立感染症研究所のマニュアルやガイダンスに従うことで、保険診療の中で提供できることになった。今後は、事後的にIVDの承認を受ける必要があるというのが日本の考え方になっている。

 ソフトバンクが緊急時とはいえ、従来のルールに沿いながらも平常時の承認とは異なるルートを辿り、国民の納得感を得ながら、検査体制を整えたのは画期的だと感じる。繰り返しになるが、日本では原則として新規の検査でIVDを得る必要があるからだ。だが、この常識が変わる可能性があり得ることを、新型コロナウイルス感染症における検査体制づくりの経緯は示している。

 ただ、こういった日本の動きも、米国の事例を見ると、単純に大歓迎とは言えないと思わされる。日本の検査体制のこれからを考えるため、米国の検査体制で進められていた議論を見ていこう。その上で、日本のこれからについての展望を述べる。

臨床検査室が自由に検査方法を開発する米国

 日米を比較すると、米国はこうした日本の課題とは好対照にある。米国では、日本とは別方向から検査体制を見直す動きが進んでいる。

 端的に背景を説明すると、米国では臨床検査室(clinical laboratory)が歴史的に力を持っている。日本の状況からすると信じられないが、中央統制が効く日本とは正反対に、米国では臨床検査室の権限が圧倒的に強く、臨床検査室が国の承認から独立して、自由に検査方法を開発したり、評価したりすることが可能となっていた。その状況を変えようとしてきたのが米国の歴史である。

 検査体制を巡る米国の制度設計を振り返ると、1967年から臨床検査改善法(CLIA法)と呼ばれる法律で臨床検査室の規制が始まり、1988年の改正法で臨床検査室に関係した規制が固まった。一見すると、臨床検査室が規制で動きづらいようにも見えるが、実際には、承認を受けた臨床検査室では、自前で開発した検査であれば、国の認証機関である米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けなくても新たな検査をできるようになった。

 それらは臨床検査室開発検査(LDT)と呼ばれ、IVDとは区別された。全国的に実施される検査は、日本と同じようにIVDとしての承認を受ける必要があるが、高い自由裁量のあるLDTが普及していったのは、臨床検査室の権限がほとんど問題にならない日本とは対照的と言っていいかもしれない。

 しかし、徐々に臨床検査室のよく言えば自由裁量、悪く言えばやりたい放題が目につき始め、FDAから問題視されるようになる。臨床検査室を認定するといっても、検査室によって開発される検査にはどうしても精度のばらつきが出る。それがFDAにとっては目に余る状態になったのだ。

 さらに、がんの遺伝的な検査など、医療行為と検査が密接に関係する「プレシジョンメディシン」といった考え方が重視されるようになり、臨床検査室が高度な対応を求められるようになったことも関係した。

 そして2014年、FDAは臨床検査室の自由裁量をやめるとの方針を発表。臨床検査室の検査も、医療機器と同じような規制が必要だという立場を示した。小さな臨床検査室が独自で検査を開発する動きを止めるに等しい考え方だったため、臨床検査業界の猛反発を招き、その後、膠着状態に陥った。

 同じ時期に、グーグルが出資する遺伝子検査スタートアップの23&Meがインターネットで遺伝的な検査を病気の判定に活用するサービスを一般向けに提供していたが、2013年にFDAの命令で販売中止に追い込まれた一件があった。検査の精度や解釈が問題とされたが、背景には検査をめぐる米国の論争も関係していたに違いない。

 その後、FDAと臨床検査室の対立状態は続いており、コロナ前まで、自由裁量を謳歌している臨床検査室の規制強化を進める動きが進んだ。

米国に近づく日本、日本に近づく米国

 こうした状況にも変化が見られている。きっかけは、新型コロナウイルス感染症だ。コロナでは、米国の自由裁量がポジティブに機能したとみられている。新型コロナウイルス感染症パンデミックでは、日本とは異なり、PCR検査が積極的に実施される米国の状況が注目を集めた。その背景には、臨床検査室が迅速にLDTを開始できたことが関係している。

 新型コロナウイルスのような新しい感染症においては、IVDのように、決まったプロセスに基づいた検証を経て承認を与えるのは容易ではない。それを補ったのがLDTだったのだ。国も緊急事態ということで、臨床検査室の自由裁量を認めつつ、承認権限を州に広げて検査拡大を後押しした。

 米国ではVALID法案という、IVDとLDTの規制を一本化する議論が進んでいた。IVCT(体外臨床診断検査)という中間の折衷的な概念を持ちだして、大企業などが手がける大規模臨床検査室での臨床検査については新しい枠組みで規制を強化し、LDTについては温存するような方向になっている。臨床検査技師の団体も、LDTは医療機器ではないなどと強調する声明を出している。

 日米比較をすると、ソフトバンクが臨床検査室を医療機関と一緒につくり、従来のIVDの承認とは違った形で、情報提供としての検査体制を固めているのは、米国寄りの検査体制に近づいているようにも筆者には見えた。一方、米国では自由裁量の臨床検査は問題視されるようになり、国家統制を強める方向で動いている。それはどちらかといえば、日本的な発想に近づいているようにも見える。

 こうした状況を踏まえて、日本の泣き所を指摘するとすれば、汎用性の高い遺伝的な検査が実現可能になる中、臨床検査室が柔軟に運用しづらい状況はボトルネックになり得るということだ。ウイルス情報を含めた遺伝的な情報の検査はPCRシークエンサーなどDNA配列を読み取る方法が主流で、ウイルスやがんの種類が変わったといっても検査技術が大きく変わらない場合も多い。

 現状では別の病気になると別のIVDの承認を受ける必要がある。特定の病気で共通化したり、複数の病気を併せて承認したりする新しい制度があってもいいだろう。逆に、米国では自由裁量が問題視されているが、日米両国に違いがある中で、どこかいいバランスがあるのではないだろうか。

 今後を考えると、両者のいいところ取りが理想だ。日本のようにIVD頼みは検査精度を管理する上では好ましいが、遺伝的な検査や今回の感染症など、検査技術が病気によって大きく変わらないような場合には、前述のような機動力を高めるやり方が望ましい。新型コロナウイルス感染症の際には、いちいち承認を出す従来のプロセスとは別の体制を整えざるを得なかった。前もって制度化するという発想はあってもいい。

 医療現場では検査の重要度が年々増している。病気の正体も分からずに闇雲に治療するのではなく、病気の正体を遺伝的な検査で明確にした上で、標的を狙う治療が当たり前になっている。こうした状況下、より検査の発展を進めるのは医療の大命題だ。その最適化を無視することは許されない状況にあると言っていい。

 ソフトバンク2000円検査から、検査体制を構築する上での日本の弱点を筆者は見たような気がした。今後、検査体制をどう整えるか、米国ではVALID法案を軸に進む。日本でもこの分野での熱心な議論が求められるのではないか。

参考文献

新設した唾液PCR検査専用施設を本格稼働、自治体や法人などへ2,000円で検査提供開始ソフトバンク

楽天とジェネシスヘルスケア、法人向けに「新型コロナウィルスPCR検査キット」を提供(楽天)

2019-nCoV(新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル(2020年7月17日更新版)(国立感染症研究所)

検査料の点数の取扱いについて 保医発0304第5号厚生労働省

検査料の点数の取扱いについて 保医発0602第2号厚生労働省

唾液による新型コロナウイルスのPCR検査が可能になりましたタカラバイオ

新型コロナウイルス核酸検査に係わる施設基準 ならびに、検体搬送・精度管理の方針【提言】(日本臨床検査医学会、日本臨床微生物学会、日本感染症学会)

Draft Guidance for Industry, Food and 3 Drug Administration Staff, and Clinical 4 Laboratories(Food and Drug Administration)

The Verifying Accurate Leading-edge IVCT Development (VALID) Act of 2020

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