時事通信の司法担当記者にコロナ発覚。メディアに動揺が走った10月7日

 ついに、新型コロナウイルスが東京地方裁判所で猛威を振るった。裁判の傍聴をしていた記者が感染したのである。

 事態が発覚したのは7日の夕方だった。東京地方裁判所の2階、裁判などを担当する記者が集まる司法記者クラブの廊下を、革靴で駆け抜ける音が響いた。汗だく姿で現れたのは、時事通信の元司法担当キャップだ。

「各社の皆様、ご報告があります。至急クラブ総会を開きたいので会見場にお集まりください」

 各社の記者たちは疑問に感じていた、なぜ今のキャップではなく、前のキャップが現れたのか。集められた記者たちの前で、時事通信の前キャップが口を開く。

「実は弊社の男性記者が、新型コロナに感染していたことがわかりました」

 感染発覚の経緯はこうだ。

 男性記者は9月30日に鼻かぜのような症状が出る。頭痛の症状も出たため、10月1日に医療機関を受診し、「アレルギーか軽い風邪」と診断される。翌日に社会部の別の記者がコロナ陽性と診断されたため、5日にPCR検査を受けたところ、7日に陽性と判明した。ここまでは、このコロナ渦であれば、どこの会社でも組織でも起こりうる話だが、今回は今までにない事態に陥る可能性をはらんでいたために、前のキャップが急いで駆けつけるほどの、大きな騒ぎとなった。

 この男性記者は9月29日から10月1日までの3日間、東京地裁で開かれた日産自動車元代表取締役グレッグ・ケリー被告の裁判を、記者席で傍聴取材していた。

 以下は某全国紙の裁判担当記者のコメント

「この話を聞かされた時、私はまずいと思いました。でも、前から裁判担当記者の間では話題になっていたんです。もし、裁判担当の記者が誰か感染したら、あの密の記者席で取材をしている私たちも濃厚接触になるのではないかと」

 この記者によると、東京地裁で開かれる裁判は一般傍聴人が座る席は、人と人が離れて座るよう「ソーシャルディスタンス」が保たれているのだが、記者席は前後左右で20人近くが隣り合わせで座って取材するすし詰め状態だという。裁判所クラスターとなれば、前例なき大問題となってしまう。

 さらに、このケリー裁判自体の性質も、今回のコロナ騒動を大きくする形になってしまった。

「ケリー被告の裁判は午前10時から午後5時まで1日中行われます。もちろん途中で交代はいますが、潤沢に記者がいない会社は同じ人が何時間も連続で聞いているところもありました。隣の他社の記者とは、膝と膝がたまに当たってしまうくらいの近い距離間なので……」(前出の裁判担当記者)

 時事通信の司法記者クラブに所属する担当記者は全員が出勤停止かつPCR検査を受けることになった。そのため前のキャップが現れて説明に追われることになり、当日の夜、2回目のクラブ総会が開かれた。

「裁判の記者席について、濃厚接触にあたるかどうか保健所から連絡がきました。ご報告します。経験則だが、濃厚接触には当たらないだろうとのことです」

 多くの記者はこの回答に一瞬胸をなでおろしたが、百戦錬磨の裁判所を納得させる回答には至らなかった。裁判所は次のような意見書を出したのである。

10月は注目裁判が多数。報道機関も速報で報じなくてはならない

濃厚接触に当たらないだろうと述べた保健所の見解について、裁判所は”現時点では安全性の確認が取れたとは言えない”と判断した。その理由について、高裁は万が一、何か問題が起きた時に責任が持てないからである。濃厚接触の疑いがある記者については、庁内の取材を自粛するよう、あす以降で要請するかもしれない」

裁判所がここまで意思を見せてコメントを発表するのは異例のことです。そこまで、本気で取り掛からないといけない案件と判断したんでしょうね。長く裁判担当をしていますが、初めての経験です」(前出の裁判担当記者)

 さらに各社の裁判担当の記者を悩ませたのは、翌日8日の裁判スケジュールだった。去年、池袋で母子を車ではねて死亡させた、旧通産省・工業技術院の元院長飯塚幸三被告の初公判がおこなわれるからである。このほかにも翌週には河井案里元参議院議員の裁判や、座間で9人を殺害した白石隆浩被告の裁判もあり、裁判担当記者にとっては1日も休める状況ではなかったのだ。そのため、社によっては、「感染した記者とは離れた席に座っていた」「マスクをしていて、当該記者と話もしていないのでうちは関係ない」と、自宅待機をしないという判断をするところも相次いだ。

「裁判所としても、濃厚接触者の結果がはっきりしていなかったので、完全に庁内の出入りをお断りとも言えない状況だった。各社の判断には委ねるけど、わかってよねという感じ。でも、マスコミ各社も取材はしなければいけなかったから。でも、それで出社する社としない社が出るのも不公平な気がするが……」(裁判所関係者)

◆問題は窓がない裁判所の換気機能

 結果、各社のもやもやがすっきりしたのは、翌日の飯塚幸三被告の初公判が終わった、夕方だった。

 目の下にクマを作った時事通信社の前キャップが各社のブースに声をかけて、3度目のクラブ総会を開催することになった。

「保健所から、裁判の廷内の関係者、および記者クラブのブース内に濃厚接触者はいないと連絡がありました。ただ……弊社のクラブ員で、他の記者が体調不良を訴えております」

 裁判所の記者クラブの消毒を担当した保健所の職員も、このままで感染拡大は終わるのだろうかと、不安の色を隠せない様子だったという。

「私の管轄と違うところが消毒の担当になって裁判所内に行ったそうですが、窓があまりないことに驚いたようです。換気ができているとは言いにくい環境だったと話していました」(保健所関係者)

 一難去ってまた一難。新型コロナウイルスは、たった1人の感染から、周りの環境を一変させることになるのを改めて思い知った形となった。裁判所の記者クラブという外界から閉ざされた空間で、どこまで感染が広がっているのか。それがわかるのは数週間後になるのだろうか。

〈文・取材/日刊SPA!取材班〉