TVアニメ『デート・ア・ライブ  DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス  怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。

(C)2019 9375-5809 QUÉBEC INC a subsidiary of SONS OF MANUAL 

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高校生の時、友だちの好きな人を好きになった。特別気にしたこともない人だったのに、体育の授業でランニングをしているその人とふと目が合って、周回する度に何度も目が合った。だから、人は何でもないようなきっかけで恋に落ちるものなのだと、今はわかる。そして、恋することをためらわれる相手を好きになる怖さも。そんな思い出を、『マティアス&マキシム』を観て思い返してしまった。胸が焼けつくような感覚と一緒に。

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幼なじみのマティアスとマキシムは、ある日、友人の妹が撮る映画でキスシーンを演じることになる。その偶然のキスをきっかけに、二人は秘められていた互いへの想いに気づき始めてしまう。しかし、婚約者のいるマティアスは、自分の気持ちに戸惑いを隠せない。一方のマキシムも、想いを告げぬまま移住をするつもりでいた。別れの日の直前、二人は互いの気持ちを確認しようとするのだが……。

 

“大人”としての成熟を求められる年頃

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グザヴィエ・ドラン監督は、思春期の少年と年上の青年の恋を描いた『君の名前で僕を呼んで』(17)に感銘を受けて本作を撮ったという。しかし、本作は多感な少年期の恋愛ではなく、30歳の大人たちの生活を描いている。もちろん、マティアスとマキシムが惹かれ合う物語ではあるが、恋の行方だけに焦点が当てられているわけではない。彼らの生活基盤や日常のシーンに尺が割かれ、恋愛も生活の一環として描かれている。

彼らは休日こそ仲間を集めて騒いだり、ティーンエイジャーのような遊び方をしているものの、日々の生活にはなかなか苦心している。マティアスは仕事で奔放なクライアントの接待を任され、マキシムは移住と、母親の世話とに追われる。いつまでも気の合う仲間とワイワイ騒いでいるだけでは生きていけない、世間的にも内面的にも成熟していることを求められるシビアな年齢に差し掛かっているのだ。

成人年齢を迎えたところでまだ心構えはティーンの頃と変わりなく、それからあっという間に十数年が経ち、いつの間にか大きな責任を伴う年齢になっていた……。彼らを見ていると、なんとなくそんな重苦しさを感じる。遅まきながら、私自身もふんわりとそんな思いを感じ始めたタイミングだったので、彼らのリアルな日常は他人事に思えなかった。

 

認められない恋の切なさ

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日々の生活だけでも大変だというのに、そこに“予期せぬ想い”が加わったら、戸惑うのは当たり前だろう。自分の気持ちに整理がつかず、マティアスが無心で湖を泳ぎきってしまうシーンは、湧き上がる感情と戸惑いが綯交ぜになった、切なくも美しいシーンだった。おそらくは早めに自分の気持ちを受け入れていたマキシムとは真逆で、マティアスは自分の気持ちを押し込めようとする。しかし、その気持ちをうまく隠せず漏れ出てしまうのが、恋のもどかしさを体現していてリアルに感じる。

作中、彼がイライラしてマキシムに食ってかかってしまう場面がある。観ているこちらからしたら、それが嫉妬による焦燥感なのは火を見るより明らかだ。それなのに、恋と認められない。認めたくない。認めたら全てが崩れてしまうからだ。結婚と仕事、そのどちらも前に進もうというタイミングで、それを投げ出してでも叶えたい恋なんてあるのだろうか。マティアスを見ていると、そんな風に自問してしまう。私だったら、どうするだろうか。

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夏の眩しさが遠のき、ふと足を止めて感傷に浸りたくなるような季節、秋。そんな時期にピッタリな、センチメンタルな作品だ。

『マティアス&マキシム』は、公開中。