(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 文在寅大統領の支持率が下落している。危険水域にはまだ少し余裕があるが、下落傾向が支持基盤にまで及んでいることが政権内に懸念を呼んでいる。

 昨年曺国(チョ・グク)法務部長官(当時)の不正が広がった時には、大規模な抗議活動がソウル市内で繰り広げられた。今回もまた、閣僚が絡むような大規模不正が発覚しており、政権をレームダックにしかねない状況になっているのだが、この窮地を文政権は強硬手段で乗り切ろうとしている。

 しかし、文政権への支持を取り戻すきっかけは見当たらない。これまでは新型コロナの封じ込めで支持が上昇してきたが、それも限界にきている。

打開策は「日本叩き」か「北朝鮮関係改善」

 支持率引き上げが期待できる事案は2つある。1つは、日韓関係で日本から譲歩を引き出すことだ。日本に打ち勝つことは国民の評価を得やすい。

 その意味では、世界貿易機関WTO)の事務局長選で、韓国政府が全力で推す兪明希(ユ・ミョンヒ)・産業通商資源部通商交渉本部長が勝利できるかどうかは、大きな分岐点になる。日本が韓国への半導体材料の輸出管理の厳格化を決めた件について、韓国はWTOに提訴している。事務局長が韓国出身の兪氏になれば、韓国側に有利に展開する可能性もある。ただ、それが文政権への支持につながるかどうかは不透明だ。事務局長選で兪氏が勝利すれば、一時的には支持率上昇につながろうが、それとてそう長続きはしないだろう。

 もう1つ、文政権の支持率上昇に最も効果がありそうなのは北朝鮮との関係促進だ。北朝鮮との関係が前進すれば、平和の幻想が広がることであろう。

 しかし、北朝鮮は本気で非核化をする意思はなく、平和はあくまでも幻想である。無謀な対北朝鮮政策は文政権批判にも繋がりかねず、北との関係促進は文政権にとって諸刃の剣でもある。

秋美愛法務部長官の子息の兵役不正事件は大ダメージ

 文在寅政権の支持率は40%台半ばに落ち、不支持率がこれを上回る状態が続いている。文在寅政権を支持する人は、「政権発足後3年たった今も40%半ばの支持があることは尊重しなければならない」と言う。それも一つの真理であるが、同時に韓国の世論調査は、文政権不支持が多い年代の人が電話に出ると回答を求めないなど、信頼性に欠けるとの評価があるのも事実である。

 最近の支持率低下の顕著な原因となっているのは、法務部長官・秋美愛(チュ・ミエ)氏の息子による軍休暇からの未復帰を「休暇」としてゴリ押しした行為に、当時与党代表だった秋美愛氏が介入した事件や、韓国人公務員が北方限界線の北側水域で射殺され焼却された事件だ。後者の事件では、文政権が国民の人命保護を放棄し、北朝鮮の行為を不問に付す態度をとっていることへの反発が強い。これらの事件をきっかけに、従来の支持基盤であった30~40代の女性や20~30代の男性の支持が離れているのだ。

 どちらの事件も、韓国国民の感情を刺激するものだが、現在のところ文政権に対する抗議運動がヒートアップしているといった情報は聞こえてこない。朴槿恵パク・クネ)前大統領に対しては弾劾の動きなどが起きたのに、なぜ文大統領に対しては韓国の世論はおとなしいのだろうか。

 結論からいえば、文政権に対する抗議運動の芽は実は広がっている。しかし、弾劾運動が起きることはないだろう。仮にそれを言い出す人がいたとしても、文政権はすでに立法府も司法府も抑え込んでおり、弾劾される可能性は極めて少ない。

 さらに文政権は、自分たちに対する抗議運動そのものも強硬手段で封鎖しており、大規模な運動に発展する可能性は低い状況にある。

 しかし、だからといって韓国の世論が文政権に満足しているわけではない。

抗議活動を強引に封じ込める文政権

 ハングルの日である10月9日、光化門広場、鍾閣、徳寿宮などソウル都心で37の集会開催の届け出がなされていた。その大部分は「文在寅政権の不正腐敗糾弾集会」「政治防疫中断要求集会」といった反文在寅集会だった。

 集会の開催自体は裁判所が許可していたが、文政権はその開催を露骨に阻止しようとした。

 ハングルを制定した世宗大王像が置かれている光化門広場の外郭道路周辺には機動隊バスが壁を作り、広場の周辺には鉄製のフェンスが設置された。光化門広場は青瓦台に近く、官庁の建物が集中する韓国政治・行政の中心地。朴槿恵弾劾デモもここで行われた象徴的な場所だ。

 そのため当局の警戒は厳重だった。当日は、広場に入るすべての道路は鉄製のフェンスやビニールテープによる禁止線で車の通行は阻止され、通行する市民は複数回にわたって身分証の提示を要求されるような始末だった。ソウル郊外から都心に向かう車に対しては、57カ所の検問所を設けた。

 これに動員された警察力は実に警察官1万2000人、鉄製のフェンス1万3000個、機動隊バス500台という。

 表向き、警察は「コロナ防疫を妨害し、感染を広げる恐れがある」との理由で集会を禁止したが、狙いはもちろん抗議活動を封じることだ。市民がたくさん集まっていた遊園地などでは何の規制もなかったのが何よりの証拠だろう。

 集会を計画した複数の市民団体は、「これは防疫のためではなく文在寅政権を守るため、批判を封鎖するという意味だ」と反発した。政権批判を封じるためには、そこまでしなければならない状況とも言える。

政権幹部らの不正捜査に圧力?

 強権力を使った文政権守護の動きは、集会禁止にとどまらない。それは検察権力への介入による政権への捜査妨害という形で露骨に行われている。

 韓国では現在、巨大な投資詐欺事件が大きな関心を呼んでいる。被害額が1兆6000億ウォン(約1480億円)と推定されるライム資産運用事件と、同5000億ウォン(約460憶円)とされるオプティマス資産運用事件だ。ところがこの事件を捜査してきた文在寅政権下の検察がずさんな捜査をしていたのではないかとの疑念が持たれているのだ。

 実は両事件とも、青瓦台や与党の中心人物たちの関与を巡る疑惑を裏付ける陳述、資料が早々に確保されていた。

 ライム資産事件では、問題を起こしたファンドの会長が裁判所に出廷し、「姜ギ正(カン・ギジョン)元青瓦台首席秘書官に渡すようにと会社役員に5000万ウォン入りのショッピングバッグを手渡した」と証言している。

 オプティマス資産運用事件でも「政府および与党関係者がプロジェクトの収益者として一部参加」したという。ところが、こうした数々の疑惑が、検察の指揮系統に配置された文政権に近い幹部たちによって、それぞれ数カ月の間に握りつぶされていた状況が次々に明らかになっているのだ。

 秋法務部長官は今年初めに長官に就任して以降、合計4回の人事異動を実施し、ソウル中央地検と東部地検・南部地検・北部地検・西部地検の主な事件指揮ラインに「親文」の検察幹部を配置してきた。これが結果的に捜査の広がりを抑えたと言われている。

 秋人事は、秋長官の息子による軍休暇未復帰に関する不正事件も不起訴にする決定をもたらしている。韓国の司法は、今や政権幹部の意のままになる存在でしかないのだ。

総選挙の公正さまで疑われる始末

 そんな文政権も、一時は支持率低下に悩んでいた。そこに降って湧いたのが新型コロナの蔓延だった。韓国でも急速に感染が広がった時期があったが、その後は大規模なPCR検査の実施などにより抑え込みに成功。そこが世論から評価され、今年4月の総選挙で圧勝し、支持基盤を強化した。

 しかし最近になり、この選挙は果たして公正に行われたのかと疑問を呈される事態となっている。

 4月の総選挙で初当選した元KBSアナウンサーで青瓦台の報道官だった高ミンジョン議員(共に民主党)議員は、違法な選挙運動をしていたとして、未来党統合(現国民の力)から告発されていた。裁判所の判断によっては議員職をはく奪されかねない重大容疑だったが、今月に入り、ソウル東部地検は「嫌疑なし」とし、その理由も明かさなかった。

 選挙期間中に高氏は、自身の選挙公報物に、住民自治委員が高候補を支持するとの虚偽の支持発言を載せ、8万1834世帯に配布したとして告発されていた。現行法では住民自治委員は特定候補を支持できないことになっており、当該委員も「そのような発言を行ったことはない」と証言している。

 物証や証言から判断すれば、「完全にアウト」とされておかしくない状況なのに、秋長官の下の検察が政権与党に有利な決定を行い、その理由も明かさないのだから、納得がいかない韓国国民も多い。

 また、現政権は選挙管理委員会の人事にこだわり続けているという。これまで文政権は親文派を主要ポストにつけることで、支配力を強化してきた。政権側が選管を支配されていて公正な選挙が実施できるのだろうか。

 しかし、韓国においてこのような事実を報じるのは筆者が知る限り、「朝鮮日報」くらいである。「朝鮮日報」を購読しているのは文在寅政権に批判的な保守層の人々である。それ以外の言論機関はひたすら政権寄りの報道に終始している現実を見れば、文政権の「支持率40%台半ば」という数字は、恣意的に作られた数字と言えよう。

「対北政策で突破口」は無謀

 文政権の支持率をこれまで支えてきたのは新型コロナに対する取り組みであった。しかし、それ以外の部分では文政権の政策は失敗の連続だった。そうした中、文政権が支持率浮揚の頼みの綱とするのは、対北朝鮮で関係改善の突破口を開いていくことしかないだろう。

 周知のことと思うが、もともと文在寅氏は北朝鮮との関係を改善するため、北朝鮮に対しては極度に融和的な姿勢に終始してきた。

 最近では、米国との調整もなしに、国連総会の一般討論演説で突如「終戦宣言」を口にした。しかも、この時の文在寅氏の提案では、北朝鮮の非核化が前提とはなっていない。北朝鮮との幻の平和を実現することで国民に淡い期待を与えようとしているだけなのだ。

 もちろん、これに対する米国の反応は厳しい。かつてホワイトハウス安全保障会議で補佐官を務めた、戦略問題研究所上席副所長のマイケル・グリーン氏は、「韓国大統領が国連で米国議会や政府の立場とこれほど一致しない演説をするのをほぼ見たことがない」「平和を宣布することで、そのように(朝鮮半島の平和実現)できるわけではない」と強い口調で批判している。

北朝鮮の軍事パレードより、金正恩委員長の甘言に着目

 文大統領が恋焦がれる北朝鮮は、10月10日朝鮮労働党創建75周年の閲兵式(軍事パレード)で、米国本土を射程に収める新型の大陸間弾道弾(ICBM)を公開した。これは片側11輪の輸送起立発射機(TEL)に載せられたもので、従来の「火星15」の片側9輪より、全長が長い。弾頭部分の直径も大きくなって、複数の弾頭を搭載できる多弾頭型かと注目されている。さらに、「北極星4」と書かれた新型の潜水艦発射弾道ミサイルSLBM)も公開した。

 北朝鮮は前回2年前の軍事パレード時から着々とミサイル開発を継続してきたものであり、今回は米国を標的にしたものである。

 北朝鮮核ミサイル開発はこれまでも公然の秘密であった。そうした中で文大統領は、非核化を前提としない「終戦宣言」を提案したのである。はっきり言うが、北朝鮮は決して平和を望んでいない。つまり、韓国の言う「朝鮮半島の平和」は幻の平和に過ぎないのだ。

 文在寅政権の北への片思いは変わらない。こうしたミサイル技術の進化を見せつけられても、文政権の終戦宣言に対する姿勢は変化しないだろう。

 9月22日に、韓国人公務員が、海上で北朝鮮により射殺され、遺体を焼却された時も、北朝鮮の蛮行よりも、その後に金正恩委員長が述べた「南北の間の関係に面白くない作用がある事件が我々の水域で発生したことに対し貴側に申し訳なく思う」と述べたことに注目していたほどだ。さらに10月8日には、文大統領は再び「終戦宣言こそが朝鮮半島平和の開始」と繰り返したのである。

 ここまでいくと、文在寅政権に北朝鮮を批判的に見ることなど、到底期待できないのが分かる。

金委員長に取り込まれる文政権

 金正恩委員長は、軍事パレードの演説で「われわれに対して軍事力を行使しようとする勢力には、『最も強い攻撃的力で懲らしめる』」と強調した。その一方で韓国に対しては「愛する南の同胞が(新型コロナウイルスの)保健危機を克服し、固く手を握り合うことを願う」と融和的なメッセージを送った。

 同じ演説の中で、金委員長北朝鮮が制裁、新型コロナ、洪水で困難な状況にあることを認め、国民の忍耐と努力への感謝を述べている。本音では韓国に救いを求めているのだ。文在寅政権のことだから、この言葉から、北朝鮮に手を差し伸べる可能性を改めて模索しはじめているかもしれない。

 筆者は、北朝鮮の市民が本当に困っている時に人道援助をすることを否定するものではない。しかし、金正恩氏が保有する資金を核ミサイル開発に回す状況を放置したまま、北朝鮮を救援することには断固反対である。それは朝鮮半島に平和をもたらすことには決してならない。

 現在の文政権が求めているのは、「朝鮮半島が平和になった」と国民に思わせることであり、それは瞬間的には文政権支持の向上につながるだろう。

 しかし、文政権の北朝鮮融和政策に対する疑念は国民の間にすでに浸透しており、政権批判の要因にもなっている。というのも北への融和政策の将来的な帰結は、北朝鮮から要求の一層の高まりになることが容易に予想できるからだ。さらに北の核ミサイル開発が完成すれば、韓国はこれまでの経済成長の成果を北朝鮮に搾り取られることになるのが目に見えている。だから韓国国民は、文政権のむやみな北朝鮮融和策に懐疑的な目を向けているのだ。

 支持率が低下し、強権的な政治も行き詰まりを見せるようになれば、文政権は一縷の望みをかけて、思い切った北朝鮮融和策に乗り出す可能性がある。そうなれば、韓国の将来に重大な禍根を残すものになるのではないだろうか。同時にそれは、東アジアの安全保障環境も危機に晒すことにもなる。日本としても静観してはいられなくなる。

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