指す、観る、読む、書く、描く……将棋の楽しみ方は自由である。

 棋士の姿だけを観てもいいし、「将棋めし」だけに注目してもいい。好きな戦型のときだけ観てもいいし、最新の指し手を追求してもいい。

 大切なのは、どの見方が「偉い」ということはないことだ。

 古参の方々が「楽しみ方はこうあるべきだ!」と、強制してくる分野というのは、遅かれ早かれ衰退する。誰もが気ままに楽しめなければ、そこに新しい人はなかなかこない。

自分なりの将棋の見方を聞く

 観る将が増えている。

 これはひとえに、将棋を観てきた方々の「誰でも楽しんで」という優しい雰囲気と「寝癖の形だけでも面白い」「バナナを何本食べるか注目」という誰でも楽しめる着眼点をたくさん面白がってきた風土ゆえだろう。

 このように気ままに楽しめる「観る将ライフ」であるがゆえ、他の人が「どのように将棋を観ているのか」は意外と知らないものだな――と思う機会が先日あった。

 私も著者の一人である『将棋「初段になれるかな」大会議』(扶桑社)のイベント用にサイン本を作る会があり、その打ち上げの席に私たち(高野秀行六段と漫画家さくらはな。さんと私)のほか、版元や書店の将棋好きが集まった。そこで、棋力が異なる人たちが「自分なりの将棋の見方」を話していたのが面白かったので、ここで紹介してみたい。

プロ棋士・高野秀行六段の見方

 まずは席上、ただ一人のプロ棋士であった高野秀行六段の話からご紹介しよう。

――他の棋士の将棋は見ますか?

高野 プロはデータベースが見られるので、全部チェックします。年間、2千局以上ありますから、全部は並べきれないですけど。

――それはやはりお仕事という感じですね。「観る将」的に楽しむとか応援するといった感覚はありませんか?

高野 応援する気持ちはないですねぇ。

――飯島先生(栄治七段)が木村先生(一基九段)を応援するといったような感じはない?

高野 木村九段が、王位を取ろうかってときは、同世代ですから応援しました。ただ、飯島七段のような愛はないですね。あれは愛でしょう(笑)。まあ、飯島七段にとっては師匠みたいな存在なんでしょうね。

 やはりプロ棋士ゆえ、一般の「観る将」とは視点は違うようだ。ちなみに高野六段は、すべての対局に目を通すなか「どういう意図でこれを指しているのかわからない」ということが、たびたびあるという。そういったとき、一般の人と同じように戦術書を買って目を通し「なるほど。こうなってるのか」と理解するという。
 

 私が高野六段と一緒に本作りをしていて、すごいなと思うところは「わからない」ときっぱり言うことだったりする。プロだからと見栄をはってわかったようなふりをすることが一切ない。だから「プロにもわからないんだから、アマチュアはわからなくても大丈夫ですよ」というメッセージを込めやすい。学ぶべきことが多すぎる将棋では、「わからなくてもいいこと」を伝えることもけっこう大事なことなのだろうと感じている。
 

観る将」にとって気になる「解説」のことも聞いてみた。

昔にくらべて、解説はすごくわかりやすくなった

――普段の解説は、どれくらいの棋力の方を想定してされるのですか?

高野 基本的には5級くらいを対象にしていますね。昔にくらべて、解説はすごくわかりやすくなったと思います。ただ終盤は、ある程度、難しいことを言わないと仕方ないので、ここは観る方の棋力ももう少し必要になるでしょうか。

――投了図以下がわからないことも多いです。

高野 アマチュアの人にとって投了図以下がわからないのは普通のことですよ。実は僕もたまにわからない(笑)。「えっ? 投げちゃうの?」って思うことはあります(笑)

――ちなみに投了図以下、全部わかる人はどれくらいの棋力ですか?

高野 プロですね。あれが全部わかったらプロですよ(笑)

――あと、解説の先生が「6二角、1四歩、3四銀……」などと符号だけでその先の指し手を示すことがありますよね。あの符号だけで指し手がわかれば、どれくらいの棋力ですか?

高野 符号だけで、5手でも脳内で進められたらすごいと思いますよ。二段、三段でも難しいかもしれませんね。四段以上必要かもしれません。それくらい難しいことです。

――「評価値」についてはどういうご意見ですか?

高野 誰でも形勢がわかるようになって、観る将の人が増える要因になっていると思います。ただ、そこまでの差があるとは思えないなということがよくありますね。数字がすごく離れているから、ひっくり返ると「大逆転」と思われるかもしれませんが、そんなことはないというケースも少なくありません。

――あれは「詰み」が生じたら絶対に間違えないAI同士の対局ならば意味はあるけど、人間同士では、なかなか数値通りにはいかないと。

高野 そういうことですね。詰みが生じると「99対1」となりますが、詰まさないと
逆に「1対99」になってしまう。人間の戦いではよくあることです。

――では評価値にも改善の余地はあると。

高野 理屈としては正しいかもしれませんが、それがすべてではないです。「人間の感覚では+300点ぐらいですね」という解説も多くなるのではないでしょうか。

観る将」といえば、毎日のようにトップ棋士同士の将棋を楽しんでいる人種だ。将棋を観ることで将棋は強くなるのだろうか。そんな素朴なことも聞いてみた。

――将棋というのは、観るだけで強くなるものですか?

高野 もちろん観ることで強くなりますよ。ただ、今のトップの将棋を観るだけで強くなるかといえば少し疑問ですね。手が難しすぎて、僕にもわからないところがありますから。

――なるほど

高野 私、ゴルフ好きなんですが、男性プロのスイングを見てもあまり参考になりません。あんな風にできないですから。それよりも女子プロとか、YouTubeなどでスイングを上げている上手なアマチュア女性のスイングのほうが参考になります。

――やはりアマチュアが観て参考になる棋士という方がいると。

高野 渡辺明名人、豊島将之竜王、藤井聡太二冠、永瀬拓矢王座……。こういった方々は「観賞用」ですね(笑)

――以前、アマチュアの方が見て参考になる棋士として鈴木大介九段や村山慈明七段の名前を挙げておられましたが、今、オススメの棋士の方はいますか?

高野 うーん……。あ、いましたよ! 加藤結李愛女流初段です。居飛車党なんですが、対振り飛車などはお手本となるような急戦を指されていて、とても参考になると思います。初段を目指す方は、ぜひ見てください。

棋力が上がって、プロのすごさがよりわかるように

 漫画家さくらはな。さんは、7年前に将棋を始めたときは「歩」の動かし方も知らなかったという。そこから教室に通ったりしながら腕を磨き2年前に初段になった。今でも、家にいて中継があれば一日中見ているという筋金入りの「観る将」でもある。

――見ていて楽しいのはどういったところですか?

さくら 楽しいのは、メールコーナー。棋士の一日の紹介とか、将棋の内容よりも、解説と聞き手の先生の会話が面白いですね。

――でも、ちょっと将棋がわかると見方も変わりませんか?

さくら 手筋の解説が勉強になるなと思ったり、終盤、どうやったら詰むのか考えたりするようになりました。お昼の休憩のとき出題される詰将棋もするようになりましたね。棋力が上がると、少しずつ指し手がわかるので、プロの先生のすごさがよりわかるようになった感じがします。

――今、注目している先生はいますか。

さくら 聞き手の先生だと、今、一緒にお仕事もしているので山口恵梨子先生(女流二段)。あと、お話が面白いので貞升南さん(女流初段)。棋士の先生だと、お世話になっている戸辺誠先生(七段)、藤森哲也先生(五段)、そしてもちろん高野先生。ただ、もう観ていてドキドキするようになって。

――中継されていた対局が、怖くて途中で観られなくなったって言ってましたね(笑)

さくら 負けちゃったらどうしようって(笑)

――そうやって熱心に観ていると、いろんなことがわかるようになりますよね。

さくら 私は、一日中観ているので、画面を観なくても声だけで、だいたい誰かわかるようになりました。観るほうは、たぶん三段くらいありますよ(笑)

アプリ「棋譜中継」なら進行がわかる

 私の観る将歴は、AbemaTVが企画した「藤井聡太四段 炎の七番勝負」から始まった。息子が教室に通いだして将棋がちょっと気になりだした頃、藤井聡太四段とトップ棋士との対局を見て、すっかりその面白さにハマった。

 それから中継される対局があれば見るようになったのだが、一度見始めると夢中になって仕事が進まない。とはいえ目を離すと、どのように進行したのかわからない。そんなとき「棋譜中継」なるアプリがあることを知って登録した。これでちょっと目を離しても進行がわかるので、今では要所、要所で中継を見ている。

 好きな棋士は、どんどん増えている。高野秀行六段はもちろんだが、取材などでお会いした棋士はみんな大ファンになる。野球やサッカーと違って、好きな棋士の対戦相手を嫌いになるということはまったくない。みんな好きになるのが、将棋の稀有な魅力ではないだろうか。

 そんななかでも深浦康市九段、豊川孝弘七段の解説と、武富礼衣女流初段の聞き手はとりわけ楽しみにしている。対局者よりも解説者を楽しみにしている傾向があるので、やはり私も完全な「観る将」だと思う。

同じ“アマ二段”でも見方は違う

 この場に参加してくれた他の方々の意見も面白かった。

「棋譜中継されている対局は、すべて目を通しています。最近は中継局も多くなったので時間的に大変ですが、強くなれると思うのですべて見ます」(Kさん/アマ二段)

振り飛車党なので、棋譜中継されている対局でも振り飛車のものから優先して見ます。角換わりとか横歩取りは、タイトル戦以外はほとんど見ません。好きな棋士? 藤井猛九段です」(Iさん/アマ二段)

 同じような棋力の人でも、このように見方が違うのが面白い。性格が将棋の見方に出るのだなぁ。最後にまだ将棋を始めたばかりという、推定棋力10級のOさんの話を紹介しよう。

「指し手のことは、全然わからないのですが、人が一生懸命考えている姿を見るのが好きです。棋士の考える姿を見ていると自分も集中できるような気がします」

 思ってもみなかった答えだが、人が集中している姿を見ていると、自分も集中できるというのは、なんかわかるような気がする。「作業用DVDといった感じですか?」と聞くと、「考えたことなかったですが、そうですね(笑)」とのこと。思わぬ楽しみ方があるものだ。

 やはり、将棋は棋力に関係なく観て楽しめるものだ。ただ、棋力が上がれば、楽しみ方も増えていくだろう。棋力を上げたいけれど、棋書は難しくて――という方がおられたら、「将棋の通訳になりたい」という高野秀行六段の解説がわかりやすい『将棋「初段になれるかな」大会議』がお勧めだ。

(岡部 敬史)

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