米陸軍主力戦車M1にそっくり

 10月10日朝鮮労働党創立75周年閲兵式で注目されたのは、新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)を含む大量のミサイル兵器だ。

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 しかし、私が最も驚いたのは9両の戦車だった。それらは、米陸軍主力戦車の「M1エイブラムスAbrams)」にそっくりだったのだ。

 M1戦車は、第2次世界大戦でのバルジの戦いの英雄であったエイブラムス大将の名にちなんでつけられた。

 1985年頃に開発され、現在でも米陸軍の主力戦車である。2003年のイラク戦争や2009年のアフガニスタン紛争にも投入された。

 北朝鮮軍はこれまで、中国や旧ソ連から供与された「T-55」、「T-62」戦車およびこれらを小規模改造しただけの戦車を保有していた。

 北朝鮮には工業基盤がないことから、戦車それも重戦車を、独自に開発し製造できるとは全く考えられない。

 それが、今回、米国陸軍主力戦車にそっくりの戦車が登場したのだ。戦車本体から付属品などが取り外して、本体だけを見れば極めて似ている。

 世界の戦車を改めて調べてみたが、M1戦車に類似の戦車は、他の国では製造されていないことが分かった。

 だが、米国以外に保有している国々がある。

 このタイプの戦車を保有しているのは、米国、オーストラリアエジプトクウェートサウジアラビアモロッコイラクおよび台湾だ。

 ということは、米国から直接導入したとは考えられないので、この戦車を導入している国々から密輸された可能性がある。

75周年閲兵式に現れた戦車と米陸軍エイブラムス戦車の比較

 米軍や韓国軍は、この映像を見てかなり驚いたに違いない。

 金正恩委員長は、閲兵式の訓示で、人民に「すまない、心が痛む」と発言して涙を流した。

 実のところは、新型ICBMとこの戦車を見せつけて、心の奥底で「トランプよ、驚いただろう」と密かに笑っていたと見るべきだ。

有事の際、韓国軍の混乱は必至

 米陸軍の戦車と類似のものが敵国にあると、半島有事の戦場で、韓国陸軍内に混乱が起こる可能性がある。

 その理由は、米軍のものと類似している戦車が目の前に現れた場合、直ちに「撃て」という号令を発せられないからだ。

 躊躇している間に、逆に、韓国軍が撃たれる可能性がある。

 現代の戦車戦では、敵国戦車を数秒で発見して、敵よりも先に射撃を行うことが求められる。先にやらなければ、こちらがやられてしまうのだ。

 敵戦車から撃破されないために、兵士は敵軍の戦車の形状を記憶していて、直ちに報告できなければならない。

 ところが、友軍が保有する戦車と類似の戦車が現れると、敵軍なのか友軍なのか見分けがつかない。

 陸軍では、敵戦車を発見するための教育が行われている。

 私が第1空挺団で小隊長をしていた頃、旧ソ連軍の兵器の名称を当てる競技会(兵器識別競技会)が行われていた。

 競技では、隊員は、旧ソ連軍戦車の写真を見せられ、数秒以内に、例えば「T-62戦車」などと、試験用紙に書き込む。当たれば点数がもらえて、間違えば点数がもらえない。

 参加した部隊隊員が獲得した合計点で、部隊の順位が決定される。このように、陸軍兵士には、敵国の兵器を覚えることが求められている。

 韓国の兵士にも当然、北朝鮮の兵器を覚えさせているだろう。

 兵器識別を技術的な面から見ると、最新の戦車には、敵戦車を識別できるカメラと画像処理装置が取りつけられている。

 戦車がどのような向きで現れても、友軍に危険を及ぼす戦車を瞬時に識別する。

 戦車長が発射ボタンを押せば、指定した敵戦車に向けて弾丸が発射される。

 だが、友軍と同じ形状の戦車が現れた場合、画像処理装置が十分に機能せずに、弾丸発射の判断が遅れるかもしれない。

どの国から、どう持ち込まれたのか

 米軍は、なぜこのような戦車が北朝鮮にあるのか、今回の閲兵式に登場したのかと、驚きと疑問を持ったであろう。

 前述の国から密輸されたか、もしくは戦場で鹵獲(ろかく)されたものを分解して、北朝鮮に運ばれたものだろう。死の武器商人と呼ばれる者たちの仕業だと考えられる。

 これらの戦車がM1戦車だとしたら、重量が55~65トン以上だ。

 これだけ重い戦車だと、分解しなければ運搬できない。恐らく、2~3つの部品に分解されて持ち込まれたと思われる。

 とはいえ、9両もの戦車が、どのようにして持ち込まれたのか大きな疑問が残る。

 これらの重戦車が、発見されずに北朝鮮に持ち込まれたのであれば、国境での貿易監視は「ざる」と同じ状態で、輸出入品は監視の目を逃れて搬出入されていると言わざるを得ない。

 つまり、北朝鮮は、経済制裁を受けてはいるものの、中朝国境や北朝鮮の港から、物資は制限なく通過していると考えざるを得ない。

 金正恩委員長が自ら運転するトヨタ自動車レクサスも、気づかれずに北朝鮮に搬入されたという事例もある。

 今回の閲兵式でも、米陸軍が保有する「ATACMS」短距離弾道ミサイルに類似しているミサイルが登場した。

 米軍が保有する兵器を北朝鮮が保有するのは、ATACMSに次いで2つ目だ。

ATACMS版短距離弾道ミサイル

M1戦車登場の狙い

 この戦車の登場には、メディアは注目しなかったが、私を含めた日米韓の軍事専門家は、驚いて不気味に感じたことだろう。新兵器が一つ出現しただけの問題ではない。

 半島有事の点で考察すると、北朝鮮軍核ミサイルを除いて海空戦力では依然大きな劣性であるものの、地上戦では勝利できる能力を少しずつ保有しつつあるというのが現実だ。

 米国のドナルド・トランプ大統領は現在、新型コロナウイルス感染からの復帰と大統領選に向けて全力を集中していることから、北朝鮮核ミサイル問題に構う余裕はないであろう。

 だが、今回の観閲式の情報を受けて、北朝鮮をそう長くは放置しておけない状況にあることは認識したに違いない。

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北朝鮮労働党設立75周年の軍事パレードに登場した新型ICBMとみられるミサイル(10月10日、提供:KCNA/UPI/アフロ)