東大法学部の学生時代に朝日新聞の「ひと」欄に紹介され、その後、朝日記者になった人物が二人いるという。そのうちの一人が本書『朝日新聞慰安婦報道と裁判』 (朝日選書)の著者、北野隆一さんだと聞いたことがある。どうして、「ひと」欄に登場することになったのか――。

「プレイバック東大紛争」

 調べてみると、たしかに北野さんは1989年1月23日の「ひと」欄に出ていた。見出しは「北野隆一さん、『安田とりで』の紛争史を東大新聞に連載・・・」。

 当時は法学部の3年生。東大新聞に所属していた。東大紛争の関係者を訪ね歩き、「プレイバック東大紛争」というシリーズを掲載していたことで「ひと」欄に紹介されたというわけだ。ちょうど「安田講堂事件から20年」というタイミングだった。

 記事を読むと、もともと歴史の受験勉強は第二次世界大戦までしかしておらず、戦後史には疎かったので、入学したときは、「ゼンガクレンとゼンキョートー」の違いも知らなかったという。当時はまだ安田講堂が使えない状態だったが、なぜそうなっているのかも知らなかったそうだ。

 紛争当時の加藤一郎東大学長代行、今井澄全共闘行動隊長ら約70人を訪ね、数人には会うことも拒否されながら連載は続き、のちに『プレイバック「東大紛争」』として単行本になっている。

 「ひと」欄の経歴には、岐阜県高山市生まれ。斐太高卒。「まじめに話せる場」を求め、1年生の冬から東大新聞に所属。音楽サークルベース奏者、とある。ちなみに高校の大先輩には、朝日「天声人語」筆者だった荒垣秀雄氏がいるようだ。

500ページを超える大著

 本書はその北野さんが、朝日に入り、あちこちの職場を経て、2014年に「従軍慰安婦問題」を担当するようになってからのことを書いている。全体で500ページを超える大著だ。以下の構成だ。

 第1章 慰安婦問題とは  第2章 問題のこれまで  第3章 保守・右派の台頭  第4章 二〇一四年検証記事  第5章 「慰安婦問題を考える」  第6章 保守・右派の提訴  第7章 「朝日新聞を糺す国民会議」の訴訟  第8章 「朝日新聞を正す会」の訴訟  第9章 「朝日・グレンデール訴訟」  第10章 米国での慰安婦像撤去訴訟  第11章 植村隆・元朝日新聞記者の訴訟  第12章 訴訟後も続く運動

 よく知られているように、従軍慰安婦問題は、対立・論争が続いている。しかもそこに朝日新聞自体が当事者として深く関係している。特に問題とされたのが、1982年に報じた通称「吉田証言」と、1991年の植村記者の記事だ。本書によれは大筋の経過は以下。

 「吉田証言」とは「済州島で慰安婦を無理やり狩り出した」という証言。82年9月2日の同紙大阪版朝刊社会面に「朝鮮の女性 私も連行 元動員指揮者が証言 暴行加え無理やり 三七年ぶり 危機感で沈黙破る」という見出しで掲載された。前日に大阪市内で開かれた集会で吉田清治氏が語った内容を報じたものだ。同内容の記事はその後も何度か掲載された。「植村記事」は91年8月11日朝日新聞大阪版社会面に植村隆記者が書いたもの。「元従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く 思い出すと今も涙 韓国の団体聞き取り」の見出しで掲載された。

 その内容について保守派から「信憑性が疑わしい」「ある意図を持って、事実の一部を隠蔽しようと疑われても仕方がない」などの強い批判があった。97年に朝日は検証記事で、吉田証言については「真偽が確認できない」とし、以後、同証言は紙面で取り上げなくなった。しかし、批判は止まず、2014年になって同紙は改めて検証記事を掲載。吉田証言については「虚偽」と認め、記事の取り消しを表明したが、謝罪がないことなどが問題とされ、社長ら首脳部退陣、という騒動に発展した。

 北野さんはこの14年の検証記事取材班の一人だった。つまり自社の過去の記事の真偽を再調査するメンバーだった。

 検証チームが取材して記事にまとめた内容を新聞紙面に掲載するにあたり、経営幹部がどのように判断したかについては、「ブラックボックスのような、うかがい知れない部分」があったという。その詳細は後日発足した「第三者委員会」の報告書で初めて知ったそうだ。

93年に「河野談話」

 本書によれば、慰安婦問題は、90年に尹貞玉・韓国梨花女子大教授が韓国ハンギョレ新聞に慰安婦問題の記事を連載して以降、日本に謝罪と補償を求める動きが韓国側で強まった。92年1月11日、朝日が朝刊一面で「慰安所 軍関与示す資料」の見出しで、慰安所の設置管理に旧日本軍が関与していたことを示す公文書の存在を特報。加藤紘一官房長官が軍関与を認め、直後に訪韓した宮沢喜一首相は日韓首脳会談で謝罪、日本側も本腰を入れて調査し、93年8月には河野洋平官房長官が「河野談話」を発表した。「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」として、元慰安婦への「心からのおわびと反省」を表明したものだ。いったん一つの区切りになったが、韓国内ではその後もいろいろな動きがあり、現在も混乱が続いている。

 本書では、朝日の2014年の検証記事に対する「第三者委員会」の報告についても再掲されている。

 朝日の過去の記事が、慰安婦問題で日本に対する国際的な批判をあおったのか――。第三者委員会の報告では、この件について、委員たちの正反対の「意見」が掲載されている。

 外交評論家の岡本行夫氏と国際大学学長(当時)の北岡伸一氏は「韓国における慰安婦問題に対する過激な言説を、朝日新聞その他の日本のメディアはいわばエンドース(裏書き)してきた。その中で指導的な位置にあったのが朝日新聞である」と手厳しく指摘した。一方、筑波大学名誉教授の波多野澄雄氏は、2007年に米下院が慰安婦問題で日本に謝罪を求める決議を可決した時の事情をもとに、日本の一部国会議員と有識者がワシントンポストに掲載した意見広告(慰安婦セックス・スレーブではなかったとするもの)が、逆効果となったと指摘した。つまり、朝日の記事ではなく、それに反発する人たちの行動こそが、国際的な批判を広げたというものだ。東大大学院情報学環教授の林香里氏は、米、英、独、仏、韓国の新聞記事の定量的分析をもとに、朝日新聞の報道は「国際社会に対してあまり影響がなかった」と総括した。これらは、第三者委員会の報告が新聞に掲載された時に公開されたようだが、時を経て本書で改めて読み、委員たちの間の見解の差に驚いた。

 ちなみに北岡氏は政府関係の役職が多いことで知られるが、波多野氏も外務省『日本外交文書』編纂委員長などを務めている人だ。

 本書では、毎日新聞2014年9月11日に報じた、「(朝日の慰安婦報道が)国際社会に誤解を広める」という記事の後日談も紹介している。当事者から強い反発があったというのだ。この記事に関し、米国で毎日新聞の記者に取材されたという米下院国際関係委員会のスタッフら4氏が同25日、「私たちはみな驚愕した。私たちは記者に対して、吉田証言やこれに関する朝日の報道が今回の決議案の検討や下書きの際に考慮した要素ではないことを明快に述べていたからだ」という抗議声明を発表。毎日新聞10月11日、改めて彼らの言い分をインタビューで掲載したという。縮刷版で確認すると、11日の紙面には、「歴史修正主義者は、河野談話を攻撃し、慰安婦の強制的な募集がなかったと主張するために、吉田証言のウソを利用している」「国際世論には、吉田証言をはるかにしのぐ複合的な証拠が影響している」など、下院決議に関わった東アジア専門家、ラリー・ニクシュ氏の話が掲載されている。毎日新聞の記事に、こうした後日談があったことは初めて知った。

ウィキペディアの拡大版のような体裁

 本書は全体としてウィキペディアの拡大・詳細版のような体裁。データをもとにした慎重な記述が続き、細かく典拠も記されている。ただし、対立・論争が続いている問題でもあり、著者は一方の関係者なので、読み手によって印象は異なるだろう。

 内容は大別して二つに分かれている。5章までは主として、慰安婦問題が戦後、どのように取り上げられてきたか、さまざまな記録をもとにたどっている。その後、6章からは、関連する多数の訴訟の経過を紹介している。ところどころに著者の体験や感慨も記されている。

 それぞれの裁判については関係双方の言い分をかなり丁寧に伝えているという感じだ。朝日の報道が、国際的に日本や日本人を貶めたという主張は、裁判でも登場しており、その詳しい主張や反論、すでに判決が出ているものについては内容も確認できる。「報道機関が誤った報道をした場合に、国民に対し訂正する法的義務があるのか」「事実に反する報道をすること自体により直ちに不法行為責任を問われるのか」など、本件から離れ、別のケースでも議論になるようなことも出てくるので、勉強になる。

「ここに朝日の記者もいる」と名指し

 北野さんは、これらの裁判はもちろん、朝日を批判する人たちの集会にも足を運んでいる。顔バレしているので、集会では「ここに朝日の記者もいる」と名指しされ、意見を求められて、その様子がユーチューブに流れたこともある。裁判所前で街宣活動をしている人から、「これを首から提げませんか」と「朝日反日捏造新聞」「朝日を糺す2万5千人訴訟」などと書かれたプラカードを渡されたりもしている。

 北野さんの朝日入社後の経歴を見ると、新潟、延岡、北九州、熊本を経て東京社会部となっている。これらの県名・都市名から公害など戦後史の裏面が浮かんでくる。

 北野さんには、「だれかがやらなければならないが、朝日の社内では手を挙げる人はあまりいない」テーマのおはちが回ってくることがあり、その一つが拉致問題、もう一つが慰安婦問題だという。このほか、部落問題、ハンセン病、水俣病などについても長期取材をしているそうだ。

 こうした北野さんの記者人生を振り返ると、原点として大学時代の「プレイバック東大紛争」に行き着くような気がした。担当してきたテーマを並べると、いわば「プレイバック現代史」になっているからだ。忘れられたり、光が当たらなかったり、改善されるまでに時間がかかったり、今も滞っていたり、傷跡が疼いていたりする問題と愚直に関わり続けていることがわかる。

 飛騨高山から、周囲の期待を背負って東大法学部に入ったに違いないが、立身出世とは別の道を選択する半生になっているようだ。本書執筆の動機について、「この本だけは・・・どうしても自分がまとめなければならないと考えた」と書いている。

外岡氏は「コロナ 21世紀の問い」

 ちなみに、東大法学部在学中に、朝日の「ひと」欄に出て朝日記者になったもう一人の人物は、外岡秀俊氏だ。学生時代に書いた小説『北帰行』が文藝賞を受賞したことによる。外岡氏はのちに編集局長を務めたが、定年前に退社、現在はフリーランスJ-CASTで、コロナ禍テーマにした「コロナ 21世紀の問い」を連載中だ。

 BOOKウォッチでは慰安婦関連で、何冊か紹介している。『従軍慰安婦と公娼制度――従軍慰安婦問題再論』(共栄書房)は明治期から戦前までの海外における「日本人売春婦」の問題を軸にしている。著者の倉橋正直・愛知県立大学名誉教授によると、戦争末期に中国には約200の「日本人町」があり、そこに約1万5000人の「日本人売春婦」がいたという。女衒(人買い業者)の手口も紹介されている。日本で若い娘たちに「満州へ行って酌婦をやれば、よい金になる」と声をかける。娘たちは大連に着いて初めて、満州の酌婦は女郎のことだと知り震えあがる――そうした事件が大正時代からあったという。日本の「公娼制度」が国際的に極めて異常だったことが、「慰安婦」問題の背景にあることがわかる本だ。

 『文書・証言による日本軍慰安婦」強制連行』(論創社)は慰安婦問題についての57の「文書」と20の「証言」をもとに再構成している。『芸者と遊廓』(青史出版)や『妓生(キーセン)――「もの言う花」の文化誌』(作品社)は「芸者」や「妓生」の歴史に詳しい。余り知られていない話がいろいろ出てくる。『戦後日本の〈帝国〉経験』(青弓社)にも慰安婦問題が登場する。『日本近現代史講義――成功と失敗の歴史に学ぶ』 (中公新書)には、戦後処理問題で近年、韓国側が強気になった意外な理由が解説されている。最近の韓国事情や日韓関係では、『韓国社会の現在』(中公新書)、『反日種族主義』(文藝春秋)、『韓国を蝕む儒教の怨念』(小学館新書)、『韓国大統領はなぜ悲惨な末路をたどるのか?』(宝島社)、『だれが日韓「対立」をつくったのか』(大月書店)など多数紹介済みだ。

 このほか両国の交流史では、『戦争の日本古代史――好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで』(講談社現代新書)、『渡来系移住民』(岩波書店)、『渡来人帰化人』(角川選書)、『「異形」の古墳――朝鮮半島前方後円墳』(角川選書)、『倭館――鎖国時代の日本人町』(文春新書)なども取り上げている。『文化財返還問題を考える――負の遺産を清算するために』(岩波ブックレット)は、中国や朝鮮半島から日本に持ち運ばれた「流出文化財」を扱っている。


BOOKウォッチ編集部
「プレイバック現代史」にこだわる朝日記者