アルコール依存症の実体験をコミカルに描き、累計7万部の大ヒットを記録したまんきつ(元まんしゅうきつこ)さんのデビュー作『アル中ワンダランド』。断酒後のエピソードや、作家よしもとばなな氏との対談を収録した文庫版が発売となり、話題を呼んでいる。



まんきつ『アル中ワンダランド』文庫



 深刻なのに笑っちゃう。面白いのに身につまされる。奇才まんきつ氏が描く唯一無二のアル中闘病記だ。


◆お酒で奇行に走る作者の姿はつらいけど笑ってしまう
『湯遊ワンダランド』『ハルモヤさん』など独特なテンポシュールテンションの作品で知られる漫画家・まんきつ氏。2012年に開設したブログ『まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど』がネット上で話題となり、一躍人気漫画家となった。


 しかし、家事とブログ更新と漫画の仕事を抱え込んだ作者は、つらい時間を乗り切るためにお酒を利用するようになっていく。


 酔って記憶をなくす、人に絡む、物をなくす、おっぱいを出す…。奇行に走る作者の姿は、まるで酔った時の自分を見ているようでつらく、居た堪(たま)れない。それでいて、予測不可能な動きやコマ割りの絶妙な間でつい笑ってしまう。



まんきつ『アル中ワンダランド』文庫より



 やがて、水の代わりに飲酒するようになり、自殺願望を強くしていく作者。文庫版の表紙に使われた「私はお酒を飲まないと人と明るくしゃべれないの」と泣くシーンが、当時の私にグッと響いた。


◆酒癖の悪い私に刺さった「アルコール依存症は『否認』の病気」
 いきなりの自分語りで恐縮だが、私はかなり酒癖が悪く、「目が覚めたら巣鴨のラブホテルで1人(全裸)で寝ていた」「ハッと気づいたら歩道橋で知らないおじさんと●●していて、警察に取り囲まれていた」など、数々の失敗を繰り返しており、友人たちから「変死体として発見されていないのが奇跡」と言われている。


 それでも心のどこかで「このくらいならまだ大丈夫」と思ってしまっているので、間違いなくアルコール依存症なのだろう。


 家族に隠れて飲酒し、幻覚や幻聴が始まっていた作者も、病院でアルコール依存症と診断された時に「完全に誤診だな」と思ったそうだ。自分が依存症になっていることを認めなかったり、「それほど重症ではない」と言い張るのも、依存症の特徴だ。おまけ漫画内の「アルコール依存症は『否認』の病気」「あなたの10年後の姿です」という医者の言葉が、怖いぐらい刺さった。



まんきつ『アル中ワンダランド』文庫より



◆「ごめんなさい神様飲んでしまいました…」があまりに痛切
 文庫版『アル中ワンダランド』収録のおまけ漫画「その後のアル中」では、作者が断酒後にスリップ(断酒中の患者が再び飲酒すること)してしまった時のエピソードが描かれている。


 本の宣伝のために様々なメディアに出演し、『週刊SPA!』では水着のグラビアにも挑戦した作者。しかし、ネット上の誹謗中傷引き金となり、お酒に手を出してしまう。 神社で「ごめんなさい神様飲んでしまいました…約束したのに…ごめんなさい」と謝るシーンが、あまりに痛切で胸にせまる。



まんきつ『アル中ワンダランド』文庫より



 カウンセリングで生きづらさの根源と向き合うようになり、現在は「お酒ではない別の抜け道を通るようになった」という。「その後のアル中」で描かれている線はシンプルで柔らかく、初期のヒリヒリするような緊張感はもはや見られない。作者の心情の変化が、絵柄にも表れているようだ。


◆その後サウナにハマった『湯遊ワンダランド
 また、まんきつ氏の『湯遊ワンダランド』(全3巻)は『アル中…』のその後を描いた作品であり、断酒後の作者がサウナにハマっていく様子を、弟夫婦やサウナの常連たちとの交流と共に丁寧に描いている。


『湯遊ワンダランド』の作者は常に新しい驚きや喜びに満ちていて、読んでいるこちらも楽しくなる。お酒がなくなったら、この世界が急に色褪せたつまらないものになるのではないかと怖がっている私に「酔わなくても世界はこんなに豊かで面白い」と優しく諭してくれたのが、この作品だ。



まんしゅうきつこ『湯遊ワンダランド



「楽しい」「美味しい」といったささやかな喜びも、「いつスリップするかわからない」という恐怖と闘う作者だからこその説得力がある。


 文庫版『アル中…』を読むことで『湯遊…』の面白さに深みが増し、『湯遊…』を読むことで文庫版『アル中…』の主人公・きつこをますます応援したくなる。2作品セットで読むことをオススメしたい。


◆初めてアルコール外来に初診の予約を入れることができた
 アルコール依存症患者は、国内に推定80万人いると言われている。お酒以外の抜け道や癒しを見つけたというまんきつ氏は「この本が受診のきっかけになってくれたら嬉しい」と語る。


 私は、文庫版『アル中…』と『湯遊…』に背中を押してもらい、初めてアルコール外来に初診の予約を入れることができた。もし自分のお酒の飲み方に不安を感じている方がいたら、この2つのワンダランドを手に取ってみて欲しい。


◆まんきつさん「この本が知らない誰かの道しるべになったらいいな」



まんきつさんと吉本ばななさんとの特別対談が『アル中ワンダランド文庫版には収録されている



 作者のまんきつさんにメッセージを寄せてもらいました。


アルコール依存症と診断された時、『この程度で?』と信じられない気持ちになったと同時に、こんなに簡単に身を崩すものがコンビニスーパーで簡単に手に入れられるということに危機感も覚えました。


 なんとかその場をやりすごす手段としてお酒を使う人は世の中にたくさんいると思います。気がついたら飲みたくないはずなのに飲まずにはいられない状態になっている人も少なくないはずです。アルコール依存症イメージもよくないですし、世間体から受診せずにいる人も多いと思うので、もっと見識が広がり『風邪かな?』と病院を受診するくらいカジュアルに検査しやすい世の中になったらと思います。


 人は誰でも何かしらに依存して生きていると思います。でもその依存先が、例えばペットだったり友だったり美味しい食べ物だったり体も心も穏やかにするものであればとても幸せなのではないでしょうか。現在も回復にむけて治療の最中ですが、お酒ではない別の依存先を見つけた今は当時よりもずっと穏やかに暮らしています。あくまで私の場合ですが。この本が知らない誰かの道しるべになったらいいな」


◆担当編集者アルコール専門外来を訪れた
 『アル中ワンダランド』の単行本・文庫版ともに担当し、『湯遊ワンダランド』では登場人物の一人でもある編集者・高石さんもアルコール専門外来で断酒した一人。当時を振り返って語ります。


「単行本で大きな反響があったのが、この『私はお酒を飲まないと人と明るくしゃべれないの』と主人公が叫ぶひとコマです。なので今回の文庫本ではそのコマをカバーに持ってきました。



まんきつ『アル中ワンダランド』文庫より



 僕もしらふの自分をとてもつまらない人間だと思っていて、お酒の力を借りることで人並みに明るく話せるものだと信じて飲んでいました。大勢の飲み会に参加する前に飲んだり、よくないのですが取材前にもお酒を頼りました。人と会うときにしらふではいられなかったんです。


 でもあるとき、酔った自分を冷静に振り返ってみると、自分が明るくて面白い人間になっていたかというとそうではなく、むしろただただ迷惑な人間でした。飲むたびにブラックアウトを起こして、家までどうやって帰ったかわからないし、記憶がないなか会社の上司に電話して暴言を吐いていたことを翌日に知る。それらのことでまた落ち込み、沈んだ気分をまぎらわせようとお酒を飲むという悪循環に陥りました。


 結局、自分のことが怖くなり、アルコール専門外来で薬を処方してもらい断酒することにしました。もろもろを反省するとともに、しらふでつまらない自分を受け入れた今は飲まずに済んでいます。


 アルコールにしろ薬物にしろセックスにしろ、“孤独”という状態が依存症の引き金になるのだと思います。困ったときに頼る人や、依存していく過程で止めてくれる人もいない孤独な人。彼らが不安や悩みに直面して耐えられなくなったとき、その何かをまぎらわせようと、つまりコーピング(対処行動)としてどっぷりハマっていく。


 コロナ禍で不安やストレスを募らせている人も多いと思います。そんなときに、この『アル中ワンダランド』を読んで、こうはならないようにしようと思いとどまってくれたら幸いです」


<文/藍川じゅん


【藍川じゅんフリーライターハンドルネーム永田王アダルトサイトにてコラム「鬼性欲ブスのOCCC道場」を連載中。著作は『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)、電子書籍『女の性欲解消日記』(KADOKAWA



まんきつ『アル中ワンダーランド』文庫