「嘲弄が度を越えて狂気に至ったようだ。禰衡の道を歩みたいなら、勝手にすればいい」

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 韓国の政権与党「共に民主党」は、文在寅ムン・ジェイン)政権を批判し続ける有識者に対し、公式な論評で「禰衡の道」を警告した。禰衡とは、中国の「三国志」に登場する人物で、才能や学識は優れながらも、毒舌で曹操に嫌われ、曹操の計略にはまり、悲惨な死を迎えた奇人である。

 与党から大っぴらに狙い撃ちされたのは、陳重権(チン・ジュングォン)元東洋大学教授だ。陳元教授は、曺国事件をきっかけに、進歩から保守へと転向した人物だ。最近、共同執筆した「曺国黒書」とも呼ばれる文政権批判の書『一度も経験してみたことのない国』は販売部数7万部以上を記録するほどの“ベストセラー論客”だ。

 与党から批判された陳氏は、直ちにフェイスブックを通じて再び民主党を嘲弄した。

「“殺してしまいたいくらい憎い”という意味なのか、“これからもずっとそうすれば、首を絶ってやる”という脅迫なのか。重意的表現かも知れない。ともかく、公党が一介のインタネットユーザーのフェイスブックの内容に対してまで論評を出すこと自体奇怪だが、その内容もどれほど下品なのだろうか」

巨大与党が一介の学者のSNSを大々的に批判する異常

 議席180席(総300席)を占めている巨大与党が、一人の学者に対して、「言葉に気をつけろ」との論評で出したことに、韓国メディアやインタネットユーザーからは当然厳しい意見が噴出した。そんな反発が起こるのは目に見えていたはずなのに、共に民主党がこのような論評を出したのには以下のような経緯があったからだ。

 10月12日、登壇50周年を迎えた韓国文壇の巨星、趙廷来(チョ・ジョンレ)氏が記者会見を開いた。趙氏は、韓国の近代史を集約した『太白山脈』『アリラン』『漢江』といった大河小説が累計1300万部を記録する韓国を代表するベストセラー作家だ。ただし、その小説には多分に政治的偏向性が含まれており、絶えず保守派からの批判を受けてきた。過去には、国家保安法の容疑で数回提訴された前歴もある。

 韓国や日本でベストセラーになった『反日種族主義』の著者の李栄薫(イ・ヨンフン)氏は、07年、趙氏の小説『アリラン』は歴史的な事実を歪曲して旧日本軍の蛮行を強調した一種の狂気に満ちた小説だと批判した。これに対し、趙氏も機会あるごとに李氏を強く非難。2019年、あるラジオ番組に出演した時は、『反日種族主義』への嫌悪感を露わにし、「イスラエルならヒトラーの肩を持つ学者は死刑に値する」と断言してみせたほどだ。

「150万~160万に上る親日派を断罪しなければ」と叫ぶ大作家

 この日の記者会見でも、李氏からの批判に関する質問が出ると、趙氏は李氏を「民族反逆者である親日派」と主張し、以下のように述べた。

「反民特委(韓国独立直後に日帝に協力した親日派を断罪するために設立された「反民族行為特別調査委員会」)は、民族の精気のために、歪曲された歴史を正すためにも必ず復活させなければならない。そうして150万~160万にも上る親日派を断罪しなければならない。その秩序が保たれない限り、この国に未来はない。土着倭寇という、日本への留学を経験すると、みんな親日派になってしまう。民族反逆者になる。日本の罪悪に肩入れして歪曲する彼らを懲罰する新しい法を作る運動が今展開されている」

 文壇を代表する元老の口から出てきたこの刺激的な発言は、ほぼすべての報道機関が記事タイトルに引用した。すると、インターネットでは趙氏を非難するコメントが相次いだ。いまや「進歩系の代表的論客」から「保守系の論客」となった陳重権氏も、自身のフェイスブックでこの発言を「これほどになったら狂気」「時代錯誤的民族主義の中に潜在する極右的傾向が無定見に発現」と批判、さらに文大統領の娘にも言及した。

大統領のお嬢さんも日本の国士舘大学に留学していたと聞いている。日本に留学すれば親日派だなんて。(彼女も)もうすぐ、趙廷来氏が設置しろという反民特委に回され、民族反逆者として処断されるだろう」

 陳氏のこの発言もネット上ですぐ話題となった。そこで冒頭に書いたような事態となった。つまり、与党が「趙廷来先生の言葉がやや行き過ぎたとしても、国民とともに苦難の時代を生き抜いてきた元老に言う言葉か」と陳氏に警告を発した、というわけだ。

「親日=違法」の法律が成立する可能性大

 趙氏のほうも黙ってはいなかった。ラジオに出演しては、「自分の発言から『土着倭寇』という主語に当たる言葉を『朝中東』(朝鮮日報、中央日報、東亜日報)が、わざと抜いて歪曲扇動した」と主張した。そして「新聞の意図的な歪曲で傷ついた留学生に対し、代わって謝罪する」と述べ、「(自分を誹謗した)陳氏が謝罪しなければ告訴する」と強気に出たのだ。

 すると趙氏のこの発言に歩調を合わせるかのように、YTN、KBSなどの政府寄りメディアも「ファクトチェック」というワードを用いて、「趙氏の発言が保守系メディアによって歪曲された」と主張しだした。

 しかし、事実に照らし合わせれば、連合ニュースおよび連合ニュースの報道チャンネルであるYTNこそが、真っ先に「趙廷来、“日本留学行ってきたら、親日派なる”」をタイトルに入れた記事を作成していたのである。特に通信社である聯合ニュースの記事は、配信先の数多くのメディアによって使用され、広く韓国社会に浸透していった。

 韓国国会では今年の6月、共に民主党が「歴史歪曲禁止法案」を発議した。成立すれば、歴史的事実を歪曲したり卑下したり、被害者や遺族を侮辱したりする場合は、最大7年以下の懲役または5000万ウォン以下の罰金が科せられるようになる。また、2回以上の再犯時には、直ちに懲役刑を言い渡すことができ、被害者や遺族の告訴がなくても公訴を提起できるようになる。

 同法案の「歴史的事実」には、日本の植民地支配、5・18民主化運動、4・16セウォル号惨事が含まれている。特に、日本の植民地支配に対しては、日本の統治を正当化する団体を称賛、鼓舞、同調した者までも処罰対象だ。

 この法案については、学問の自由や表現の自由に関する議論がある。最大の問題点は、政府権力によって歴史の解釈が「事実」か「歪曲」かと判断されてしまうことだ。歴史に対する判断は、あくまでも学問の領域であり、法的処罰をもって強制するものではないだろう。

 ただ、趙廷来氏の発言をかばう与党の態度やメディアの姿勢を見ると、議論がどうであれ、今年内に国会通過の可能性がかなり濃厚だ。

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