「日本はデジタル後進国」は本当か?

菅新政権の目玉政策としてデジタル庁の設置が話題になっている。9月23日に開催されたデジタル庁創設の初会合で、菅首相は「国、自治体のシステムの統一、標準化。マイナンバーの普及、促進を一気呵成に進める」と発言し、各種給付の迅速化、スマートフォンによる行政手続き、民間や準公共部門のデジタル化支援や、オンライン診療、デジタル教育の規制緩和などの政策項目が具体的に挙がってきているという。

年内に基本方針を打ち出し、来年中に設置する方向で調整に入っている。平井卓也デジタル改革担当相は、デジタル庁のトップに民間人を起用することも明らかにした。

日本はいつの間にか、デジタル後進国になっていたとよく言われる。加藤官房長官9月20日のNHKの番組で「デジタル敗戦、デジタル後進国と言われる中、他国と比較すれば、国民が本来享受できる利便性を享受できておらず、しっかり進めていく」と発言している。

このようなイメージは、PCR検査の結果をファクスで送信していたとか、給付金の給付にマイナンバーの普及率が低いために時間がかかったなどのことから生まれたものだと思われる。

しかし、産業への応用ではなく、こと電子政府、電子行政という点だけに絞って見れば、日本はそんなに他国に比べて遅れをとっているのだろうか。それを知るのに適切な資料がある。国連が2001年からほぼ1年おきに公開している「E-Goverment Survey」(電子政府調査)だ。

2001年からの日本の順位をグラフにしてみると、先進グループにいるとは言えないものの、年々順位を上げてきている。確かに、オーストラリア、英国、韓国という上位常連国に比べれば劣るものの、第2グループに属していると言えるのではないだろうか。2014年の6位をピークに近年は順位が下がってきているが、それは日本の電子行政が後退したのではなく、他の国が伸びてきているということだ(2018年よりも指数は上がっているのに、順位が9位から14位へ下がっている)。

この国連の調査は、調査項目を数値化することでEGDI(E-Government Development Index、電子政府発達指数)を算出することで順位を決めている。EGDIの内容は、OSI(Online Servece Index、オンラインサービス指数)、TII(Telecommunication Infrastructure Index、通信インフラ指数)、HCI(Human Capital Index、人的資産指数)の3つの平均値。つまり、サービス、インフラ、人的資産の3つを等しく評価する。いずれの指数も最高の国を1.0000として、Zスコアにより指数化をしている。つまり、電子行政サービスが豊富に用意されているだけでは上位になることはできず、それを支えるインフラが整っていて、なおかつそれを使いこなす市民の教育程度が高くなければならないのだ。

電子政府が進んでいる国、日本はぎりぎり先進グループ

では、日本はこの3つの指数のうち、どれが強く、どれが弱いのだろうか。2020年は、特に電子政府が進んでいる国として上位14カ国が先進グループとされている。日本は、この先進グループにぎりぎり入っている。

それぞれの指数を見ると、TII(通信インフラ)は世界トップレベルであるのに、HCI(人的資産)は先進グループとは言えない低さであることがわかる。OSI(オンラインサービス)はまずまずの成績だ。

TIIとは、具体的には、モバイルネット加入率、ブロードバンド加入率など。つまり、市民のどれぐらいがインターネットを利用しているかを数値化したものだ。内容を見ると、固定ブロードバンド利用率32.62%というのがやや低めなぐらいで、その他は世界最高レベルにある。インフラに関しては、世界最高水準にあると言って間違いない。


(国連の「E-Government Survey」に記載されている主要国の順位の推移。太い線が日本。2001年から見ると、日本の電子政府は進展しているように見える。近年、下降気味だが、それは日本の電子政府が後退をしたのではなく、他国の進展が著しいため。「E-Government Survey」(国際連合)より作成)


(上位14カ国の各指数。OSI(サービス内容)、HCI(人的資産)、TII(通信インフラ)の3つの指数の平均値がEGDI(電子政府発達指数)となる。2020年版「E-Government Survey」では日本は14位に位置付けられている。「E-Government Survey」国際連合)より作成)

日本がやるべき事は、専門学校、大学など中等教育卒業後の教育の強化

一方で、先進グループとしてはかなり低くなってしまったHCIは、どれだけの教育を受けられるかを示したもの。特に、総就学率は、義務教育、中等教育だけではなく第3期教育(専門学校、大学など中等教育卒業後の教育)を含むもので、これが日本は著しく低い。この総就学率は、教育機関の生徒、学生数を、就学年齢の人口で割ったものになる。中等教育+5歳までと定義されているので、6歳から23歳までの人口で割ったものになる。そのため、24歳以上の社会人教育が盛んな国では100を超えることもあり得る。

この総就学率が日本は89.84%と低い。これがEGDIの値を大きく下げている。ユネスコのデータ可視化サイトで、第3期教育の総就学率を見ても、日本は米、豪、露、韓国、北欧などの先頭グループの下のグループである薄い青になっていることがわかる。アジア圏の中での順位を見ても、韓国、シンガポールマカオ、香港、イランモンゴルに次ぐ第7位になっている。


(ユネスコの第3期教育(中等教育終了後の教育、専門学校や大学など)の総就学率のデモグラフィック。日本はもはや高等教育先進国ではない。濃い青色になっている韓国、オーストラリアロシア、米国、北欧などが先進国こちらから引用)

なぜ、日本の高等教育がここまで悪化しているのかは専門家でないと説明することは難しい。しかし、日本の電子政府の発達度合いを示すEGDIがもうひとつ上位に食いこめないのは、高等教育を受ける人が先進国に比べて少ないという教育の問題が足を引っ張っている。つまり、日本のEGDIをあげることをKPIとして設定するのであれば、やるべきことはサービスやインフラの拡充ではなく、最も弱い第3期教育の就学率をあげることなのだ。

オンライン行政サービスはすでに高水準

デジタル庁を創設して、より利便性の高いオンライン行政サービスを拡充していくことは素晴らしいことだが、すでに日本のOSIは0.9059であり、スウェーデンオランダと並び、アイスランドノルウェーを上回っている。世界の中でも最高水準であるのに、それをさらに押し上げるというのは、投資効果がものすごく悪い戦略であることは常識中の常識で、民間企業だったらそこに投資はしない。それとも、強みをさらに磨き、電子政府の最先端国であるエストニアや韓国をも追い抜き、電子政府立国を目指すということなのだろうか。

実際、この数年で、電子行政が進展していることを実感されている人は多いのではないだろうか。税金の申告もオンラインで行う人が、個人の確定申告ですら60%近くになり、法人では90%に迫ろうとしている。

以前のe-Taxサイトは、複数の収入を入力していき合計金額を出そうとすると、自動計算してくれるのではなく、小さな電卓アプリが表示され、それをマウスで操作して、自分で合計金額を計算しなければならないという不思議なユーザー体験を提供してくれていたが、今では、スマートフォンでマイナンバーカードを非接触読み込みし、申告書の提出までスマホでできるようになっている。さらに、マイナポータルアプリでは、居住地を設定しておけば、該当する給付が検索でき、そのまま申請までできるという親切ぶりだ。国勢調査もスマホで提出した人が多かったのではないだろうか。日本に足りないのは、マイナンバーカードの普及率ぐらいで、それは「個人情報の漏洩」や「何に役立つのかがよくわからない」という不安や不信が壁になっているのだから、わざわざデジタル庁を創設しなくても、打つ手はいろいろあるように思える。

もちろん、このようなことは、国連の調査結果を見て言っているだけの話なので、菅政権には、デジタル庁の創設で、縦割り行政の解消や公務員の人員削減、IT業界の振興など、さまざまな副次的な目的もあり、総合的に判断をしてデジタル庁という政策に結びついているのだろう。少なくとも、SIer界隈は、これから忙しくなることは間違いない。


(ユネスコの第3期教育の総就学率のアジア地域での順位。日本は7位の第2グループ。イランモンゴルよりも下位であるということが、国連の電子政府発達指数を下げることにもなっている。こちらから引用)

もちろん、このようなことは、国連の調査結果を見て言っているだけの話なので、菅政権には、デジタル庁の創設で、縦割り行政の解消や公務員の人員削減、IT業界の振興など、さまざまな副次的な目的もあり、総合的に判断をしてデジタル庁という政策に結びついているのだろう。少なくとも、SIer界隈は、これから忙しくなることは間違いない。

それにしても、気になるのは日本の高等教育の水準の低さだ。ユネスコのひとつの統計だけで断言をすることは危険だが、日本の「江戸時代以来の寺小屋」神話に基づく「教育水準の高い国」というイメージは改めた方がいいのかもしれない。少なくとも高等教育のユネスコ統計においては、イランモンゴルよりも劣っているという事実をしっかりと認識した方がいいと思う。こちらの方が、はるかに大きな問題のように思える。

デジタル庁がやるべき事は何か?--行政サービスより高等教育の水準の低さが大問題