私たちが仮想世界で生きている可能性は50%

この世界がシミュレーションで作られている可能性は50% / Pixabay

 我々は、何者かによって作られたコンピューター・シミュレーションの仮想世界に生きているのではないか?人類が生活しているこの世界は、コンピューターによって構築されたシミュレーションであるという説を「シミュレーション仮説」という。

 まるで冗談のような話だが、東洋でも西洋でも古くからある概念で、たとえば荘子の「胡蝶の夢」やプラトンの「洞窟の比喩」に見ることができる。また前世紀の終わりには、現実と仮想現実を舞台とした映画『マトリックス』が大ヒットした。

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この世界はシミュレーションなのか?

 より近代では、オックスフォード大学の哲学者ニック・ボストロム博士がシミュレーション仮説に関する論文を発表し、センセーションを巻き起こした。

 ボストロム博士は、どこかの高度文明が強力な演算性能を誇るコンピューターを開発し、それを用いて意識を持つ存在が暮らすシミュレーションを行う可能性について考察し、現実の状況は次の3つのうちのいずれかだろうと結論づけている。

 1. 人類を含む知的生命体は、高度なシミュレーションを行えるくらい発達する前に、ほぼ必ず絶滅する。

 2. 知的生命はその段階にまで到達すると、そのようなシミュレーションになど関心を持たなくなる。

 3. 私たちがシミュレーションの住人である可能性は100%に近い。


 これをめぐって、仮説を証明する手段を論じたものや、それが現実である確率を論じたものなど、さまざまな議論が交わされてきた。

シミュレーション仮説

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物理世界と仮想世界の確率は50%:50%と仮定した研究者


 アメリカ、コロンビア大学の天文学デビッド・キッピング博士は、シミュレーション仮説がどれだけ現実的なものか考察するために、「ベイズ推定」という確率的な推論を試みることにした。

 ベイズ推定は、ある出来事が発生する確率(事前確率)を仮定し、それがある条件の下で発生する確率(事後確率)を求める推論法だ。

 キッピング博士はまず先ほどの状況の1つ目と2つ目をまとめた。なぜなら、どちらの状況でもシミュレーションは行われないことになるからだ。

 するとあり得る世界は、シミュレーションが行われない世界(物理仮説)と、物理世界のほかにシミュレーションによる仮想世界がある世界(シミュレーション仮説)の2種類ということになる。

 現時点で、一体どちらの世界なのかを推測できるデータは一切ない。そこでキッピング博士は「無差別性の原則」にしたがって両仮説に事前確率を与えている。つまりはどちらも50%:50%の確率であると仮定した。

物理世界と仮想世界の確率は50%:50%

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生産現実と非生産現実


 さらにシミュレーション世界が生成されることがある「生産現実」と、そのようなことが行われない「非生産現実」について考察が進められる。

 もし物理仮説が正しいのであれば、話は早い。私たちの世界が非生産現実である確率は100%だ。

 だが、仮にシミュレーション仮説が正しいのだとしても、ほとんどのシミュレーション世界は非生産現実だと考えられるという。

 なぜなら、シミュレーション世界がさらなるシミュレーション世界を作り出してしまったら、意識的な存在が暮らす現実を構築するだけの演算能力が足りなくなってしまうからだ(なお、”意識的"の意味についてはキッピング博士は詳しく論じていない)。

人類にシミュレーション世界を作り出すことができたら?

 こうした考察をベイズ推定に当てはめると、次のような答えが導き出される。

 我々が物理世界で暮らしている事後確率とシミュレーション世界で暮らしている事後確率はほぼ同じ。ただし、ほんのわずかだけ物理世界である確率が高い。

 だが、もし私たち人類にシミュレーション世界を作り出すことができるとしたら、この確率はがらりと変わる。シミュレーション世界がないことを前提とした物理仮説が崩れてしまうからだ。

 すると、確率的にはほぼ間違いなく私たちは現実の住人ではないことになってしまうという。

 なお、これについてボトスロム氏は”ただし書き”付きで同意している。同氏が問題視するのは、分析の最初の時点で、物理仮説とシミュレーション仮説の確率を半々にしていることだ。

 「無差別性の原則が妥当なのかどうか、はなはだ怪しいでしょう」と、Scientific American誌で述べている。確かに、これに関する証拠はどこにもない。

物理仮説とシミュレーション仮説

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シミュレーションを見破る方法はあるのか?


はたして推論以外にこの世がシミュレーションであるかどうか見破る方法はないのだろうか?

 これについて考察しているのがカリフォルニア工科大学のコンピューター数学者フーマン・オワディ氏だ。

 彼によれば、もしシミュレーションを実施するコンピューターに無限の演算性能があるのならば、この世の真実を見抜く術はないという。しかし、それが可能なものならば、それは演算リソースの限界が突破口になる。

 そのもっとも有望な手段は量子物理学的な実験である。量子系は「重ね合わせ」という状態で存在でき、これは「波動関数」によって数学的に記述される。そして観測という行為によって波動関数がランダムに崩壊し、いくつもあるあり得る状態のうちの1つに落ち着く。

 この崩壊プロセスについて、それが現実なのか、それとも量子系についての知識の変化を反映したものなのか、物理学者の見解は二分されている。

 だがもしこの世が純粋にシミュレーションであるのならば、崩壊は実際には存在しないというのがオワディ氏の見解だ。物事は観測によって決定され、後のプロセスはテレビゲームのようにシミュレーションとして行われる。

 一体どちらが本当なのか明らかにするべく、オワディ氏はシミュレーションにバグを引き起こすよう設計された「二重スリット実験」の応用に取り組んできた。ただし現時点では、それらが上手くいくのか知ることは不可能であるとのことだ。

二重スリット実験

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時空は連続的か、非連続的か?


 メリーランド大学カレッジパーク校の物理学者ゾフレ・ダバディ教授は、演算能力の限界からシミュレーション世界を見抜こうという意見にインスピレーションを受けた人物だ。

 彼女のテーマは、素粒子の間で働く「強い相互作用」だ。この力はクォークをまとめて陽子や中性子を形成させるものなのだが、複雑すぎて分析することができない。

 そこで数理シミュレーションが利用されるが、人類のコンピューターは演算能力が有限であるゆえに、複雑なその動きを再現するためにある誤魔化しが必要になる――時空が連続的なものではなく、非連続的なものと仮定するのだ。

 もしこの世の中がシミュレーションであるならば、それを作り出している世界シミュレーターは演算能力を節約するために時空を非連続的なものと仮定している可能性が高い。

 そしてその痕跡が、高エネルギーを持つ宇宙線に見られるかもしれない。「回転対称性」を破り、好みの方向を持つ宇宙線があったとすれば、それはリソース節約のためかもしれないというのが、ダバディ教授のアイデアだ。

 今のところこうした特性は観測されておらず、仮にされたとしても、すぐさまシミュレーション仮説の正しさを証明するわけではない。物理世界であっても、そうした特性はあるかもしれないからだ。

シミュレーション仮説

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人間の脳をシミュレーションできる未来


 ちなみにこうした物理シミュレーションの最先端の成果は、陽子2つと中性子2つで構成されるヘリウム核の挙動を再現することだ。

 現時点ではたった1つの原子核をシミュレーションできるだけに過ぎない。だがダバディ教授はこのように想像している。

10年後にはもっと大きな原子核をシミュレーションできるようになるかもしれません。2、30年すれば分子のシミュレーションもできるかもしれません。さらに50年後なら数センチの物質だって行けるかも。そして、100年後には人間の脳ですら再現してしまうのです

 従来型のコンピューターではじきに壁にぶち当たるだろうと、ダバディ教授は考えている。そこで彼女が注目するのが、重ね合わせなどの量子効果を利用した量子コンピューターだ。

 「量子コンピューティングが大規模なスケールで信頼できる選択肢になれば、シミュレーションはまったく違う次元に突入するでしょう」と、ダバディ教授。

 その日、人類は意識を持つ存在が暮らすシミュレーション世界を誕生させてしまうのだろうか? それは我々もまたシミュレーションの住人である可能性が限りなく高いことを示す状況証拠になるのだが...

References:futurism/ written by hiroching / edited by parumo

全文をカラパイアで読む:
http://karapaia.com/archives/52295627.html
 

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