MOVIE WALKER PRESSスタッフが、週末に観てほしい映像作品3本を(独断と偏見で)紹介する連載企画。今回は、10月16日から今週末の公開作品をピックアップ。ヴェネチア国際映画祭で監督賞に輝いた話題作、中国の医薬業界に影響を与えたニセ薬事件を描く衝撃作、本国公開より11年を経て上陸したイギリスの青春映画からなる多彩な3本!

【写真を見る】蒼井優が、夫を愛し抜く“スパイの妻”を演じる(『スパイの妻 劇場版』)

■細部まで目を凝らしてほしい、黒沢清監督初の歴史もの…『スパイの妻 劇場版』(公開中)

先頃、世界三大映画祭のひとつであるヴェネチア国際映画祭にて黒沢清監督が監督賞を受賞した本作は、1940年の神戸を舞台にしたサスペンス映画だ。貿易会社を営む夫が満州で日本軍の恐ろしい機密を知ってしまったために、はからずも“スパイの妻”となった女性の激しい葛藤を描き出す。数々の恐怖映画で名を馳せてきた黒沢監督が、入念な考証に基づく美術と衣装によって戦争前夜の時代の不穏な空気を映像化。強大な国家権力の圧力とそれに抗おうとする個人の対立という現代に通じるテーマを核にすえつつ、主人公が夫への愛と疑念の狭間で揺らめくメロドラマ、スリリングな逃亡劇など、多様な見どころが混じり合った一作となった。さらに、高橋一生扮する夫が趣味でモノクロの自主映画を作っている設定が、ひねりの利いたストーリーの巧みな伏線になっている点も見逃せない。黒沢監督が初めて挑んだ歴史もの、細部まで目を凝らして堪能すべし!(映画ライター・高橋諭治)

■正義を振りかざすことなく、人情でホロリとさせる…『薬の神じゃない!』(公開中)

密輸をはじめたしがない中年男が社会に波紋を投げかける、実話に基づく社会派コメディ。家賃滞納や父の入院、さらに息子の親権争いで困窮していたチョンは、高価な薬が買えない白血病患者の依頼でインドから安価なジェネリック薬を密輸する。貧しい患者が多くいると知ったチョンは密輸量を増やしていくが、大手製薬会社の告発で警察が動き出す。チョンは庶民の救世主か、ただの守銭奴なのか?ユーモラスなチョンの危ういサクセスストーリーの端々に、格差や制度、企業や行政のあり方などこの国が抱える矛盾や問題点がじんわりと顔を出してくる。チョンが追い込まれる中盤以降はシリアスにシフトしていくが、主演のシュー・ジェンのいい感じに力の抜けた演技によって軽妙さを保つバランス感覚もマル。重いテーマを扱いながら、正義を振りかざすことなく、人情でホロリとさせる心地よい一本。(映画ライター・神武団四郎)

1979年、スタジアムで大暴れする「武闘派」たちの青春…『アウェイデイズ』(公開中)

イギリスの青春ムービーといえば、1979年の『さらば青春の光』をバイブルにしている人も多い。その1979年を舞台にした今作は、サッカーの熱狂的サポーターである若者たちの集団を見つめる。サポーターと言っても彼らの素顔は、スタジアムで大暴れし、遠征先(アウェイ)ではライバル集団との激しいケンカを目的とする「武闘派」。おもに労働者階級で構成される彼らに、なかば無理やり加わった中産階級の主人公カーティの劇的な運命が展開していく。時代は、ポストパンク。音楽ではニューウェイヴのジョン・ディヴィジョンなどがフィーチャーされ、ファッションはフレッドペリーアディダスのスニーカーが目につく。その時代のイギリスの小都市にトリップした感覚を味わえるのは確実。物語のメインは、カーティから仲間のエルヴィスへの憧れが深い想いへとシフトする、今でいえばBLものだが、その部分の描き方は繊細を極め、ラストの余韻へと導かれる。2009年製作の映画が、11年を経て待望の日本公開。(映画ライター・斉藤博昭)

激動の昭和初期を再現した映像世界にも注目だ(『スパイの妻 劇場版』)/[c]2020 NHK, NEP, Incline, C&I