前回は、私たちの体の中で共生している腸内細菌が、いかに多様な働きをしているかを解説しました。簡単におさらいすると、その働きには、

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(1)食物繊維の発酵とエネルギー産生

(2)免疫の発達

(3)ビタミンの産生

(4)メンタルへの影響

 などがあります。そして、多様な働きをしているからこそ、ひとたび腸内細菌のバランスが乱れると、様々な病気のトリガーになると考えられています。

 第16回第17回で解説した過敏性腸症候群IBS)を始め、潰瘍性大腸炎、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)、肥満、糖尿病、動脈硬化、関節リウマチ、喘息、多発性硬化症、ギランバレー症候群パーキンソン病アルツハイマー病自閉症スペクトラム、うつ病・・・などの発症に関与していると報告されています。

 同居人である腸内細菌のバランスを整え、日頃から健康な状態に保っておくことは、私たち自身にとっても、非常に重要なことなのです。

 では腸内細菌を良いバランスに保っておくためにはどうすればいいのでしょうか。腸内細菌の善玉菌と悪玉菌は、陣取り合戦をしているようなものです。善玉菌が良いコンディションにあれば、数的に優勢になり、悪玉菌を抑え込めます。つまり、善玉菌の勢力をしっかり保っておくことが大切になります。

 そのためにできることが何点かあります。

腸内細菌のバランスを良好に保つ秘訣

 まず、抗生剤の乱用を避けることが重要です。

 抗生剤は細菌を殺すための薬剤です。もちろん、現代の医療を支える大切な薬剤ですが、一部の抗生剤は下痢を起こしやすいなどのマイナス面もあります。善玉菌もあくまで細菌なので、抗生剤によって殺菌されてしまうことがあります。その結果、腸内細菌の勢力図が乱れ、下痢を起こすことがあるのです。

 また、抗生剤が、安倍元首相も罹患していた潰瘍性大腸炎を起こす可能性も指摘されています。

 人間は、母親の胎内にいるときは完全に無菌状態なので、腸内細菌は一切いませんが、出生直後から離乳期に至る時期に、腸内細菌のバランスの基礎が固まると考えられています。

 その大切な時期に抗生剤を乱用すると、腸内細菌のバランスが乱れてしまい、将来的に潰瘍性大腸炎などを発症しやすくなると報告されています(1)。

 もちろん、抗生剤も必要な時はしっかり使わなくてはいけません。また、非アルコール性脂肪性肝疾患という病気の場合、抗生剤でドーンと腸管を悪玉菌ごと滅菌することにより、その後の疾患の進行を抑えられるという報告もあります(2)。

 以上のように、抗生剤と一口で言っても、ケースバイケースで考え方は違ってきます。ただし、一般の人の日常生活という意味においては、抗生剤は必要最低限にするという方針で良いでしょう。

 次に、腸内細菌のバランスを整えるための方法として、「プロバイオティクス」と「プレバイオティクス」があります。

兵隊を増やすか、兵站を増やすか、両方か

 前者のプロバイオティクスは、善玉菌である乳酸菌、ビフィズス菌を含む薬や食品を摂取することです。悪玉菌との陣取り合戦にたとえれば、「兵隊」を直接補充することに相当します。

 後者のプレバイオティクスは、善玉菌の栄養源である食物繊維やオリゴ糖を摂取することです。これは、兵隊に食料を与え、体力が落ちないように管理すること、つまり「兵站」に相当します。

 食物繊維は、野菜(らっきょうパセリゴボウ、大根、オクラ)、果物(アボカド、グァバ、ラズベリー)、イモ、海藻、キノコなどに多く含まれます。また、オリゴ糖は野菜(玉ねぎごぼう、ねぎ、にんにくアスパラガス)、果物(バナナ)、大豆などに多く含まれます。上記の食材をしっかり摂らないと、善玉菌が枯渇、餓死しかねません。

 プロバイオティクスとプレバイオティクス、どちらがより有用なのかははっきりしませんが、可能であれば両方取り入れるのがベストでしょう。ただし、一時期だけやればいいというものでもないので、自分自身の生活習慣に合わせて、無理のない範囲で地道に続けていくことが大切です。

 ここで一つ、注意点があります。いくら腸内細菌が様々な病気に関与しているとはいえ、たとえば喘息やうつ病で困っているときに、プロバイオティクスとプレバイオティクスだけで何とか完治させようと思っても、やはりそれは難しいでしょう。まずは医学的に確立されたスタンダードな治療を優先してください。

 そして余裕があれば、日常生活の中でプロバイオティクスとプレバイオティクスを並行して実践し、ベースの状態を少しでも良くしておくという意識で良いと思います。

 以上のように、「腸内細菌は様々な疾患のトリガーとして無視はできないけれども、疾患の治療として最優先課題ではない」というのが、今までの大原則でした。ところが、です。近年、スタンダードな治療で改善しない難治性の疾患に対して、腸内細菌だけをターゲットにした治療法が脚光を浴びています。それが、「糞便微生物移植(fecal microbiota transplantation 以下、便移植)」です。

 一般の人にとっては、まだまだ聞きなれない名前だと思いますが、文字通りの治療法です。つまり、あたかも輸血をするかのように、他人の便をうすめて溶液にし、自分の腸に移植するのです。

ウンコ移植、その歴史と効果

 腸内細菌の乱れが重度と考えられる場合には、プロバイオティクスやプレバイオティクスもいいけれども、地道にコツコツやる必要があります。時間がかかるし管理も難しいので、もういっそのこと健康な人の便を患者の腸に移植すれば、健康な腸内細菌が定着するだろう、という発想です。

「他人の便を移植するなんてどこのマッドサイエンティストが考えたんだ?」と思う人もいるかもしれません。しかし、他者の便を摂取するというのは、実は自然界では時々見られる現象です。

 たとえばコアラの母親は、自分の便を子どもに食べさせる習性があります。母親の便を食べることを通じて、子どものコアラはユーカリの味を覚え、ユーカリの消化に必要な腸内細菌を自分の腸に定着させるのです(3)。

 人間でも同様です。紀元4世紀ごろ、中国では食中毒患者に対して、健康な人の便を投与する治療が行われていました。

 つまり便移植は、独創的な研究者が近年になって思いついた奇抜な治療法ということではなく、実は発想のタネには長い歴史があり、脈々と受け継がれてきたものなのです。

 実際に、便移植は成果をあげつつあります。

便移植を提示される日は来るか?

 変異したクロストリジウム・ディフィシルという細菌による重度の下痢の患者に対し、健康な人の便を移植したところ、抗生剤による従来の治療よりも、症状を明らかに改善させたと報告されています(4)。それ以外にも、過敏性腸症候群潰瘍性大腸炎などでも、便移植が有効だったという報告は多数あります。

 前述した通り、腸内細菌の乱れが関与する病気はたくさんあります。それらに対する有効な治療法として、便移植が拡がっていく可能性は十分あるのです。自分が何かの病気で受診した時に、治療法の選択肢として便移植を提示される日がくるかもしれません。心の準備だけはしておくようにしましょう。

参考文献

(1) Souradet Y Shaw et al. Association between the use of antibiotics in the first year of life and pediatric inflammatory bowel disease. Am J Gastroenterol. 2010;105:2687-92.

(2)Seki E et al. TLR4 enhances TGF-beta signaling and hepatic fibrosis. Nat Med. 2007;13:1324-32.

(3) 水野、他「糞便微生物移植の現状と未来」日本内科学会雑誌107;2176-82:2018

(4) van Nood E, et al : Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile. N Engl J Med 368 :407-15;2013.

※著者の近藤慎太郎氏が新刊『ほんとは怖い健康診断のC・D判定』を出版しました。「ちょっと忙しかったし」「まあ、まだ元気だし」──。こんな言い訳を自分にしつつ、健康診断のC判定やD判定をほったらかしていませんか。でも、ほんとに怖いんですよ、そのままにしていると。「糖尿病」「高血圧」「脂質異常症」「痛風」「尿路結石」……。さらに、こうした病気になった人が、「脳卒中」や「認知症」、「心筋梗塞」を起こし、“要介護状態"になることも少なくありません。本書はこうした病気が起こるメカニズムと症状、そして発症を予防する食生活や運動について、エビデンス(科学的な根拠)を用いながら、現代の医学で分かっていることをマンガも交えて丁寧に解説しています。

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イラスト:近藤慎太郎