(PanAsiaNews:大塚 智彦)

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 東南アジア諸国連合ASEAN)加盟国でインターネット上の言論、報道の自由に対する制限、監視、弾圧、検閲が、フィリピンインドネシアベトナムミャンマー、タイなどで深刻化している状況が明らかになった。

 一部の国では感染拡大が続く新型コロナウイルスの感染拡大防止策に「便乗」する形で、政府や治安当局などがネット上での情報発信、流布などを制限。場合によっては一般のネットユーザーまでが逮捕されたり処罰されたりするケースも起きている実態が明らかになった。

 これは、米ワシントンDCに本拠を置くナチスドイツに対抗して自由と民主主義を守るためとして1941年に設立されたシンクタンク「フリーダム・ハウス」がこのほど2019年6月から2020年5月までの65カ国と地域の状況をまとめた報告書「フリーダム・オン・ザ・ネット(インターネット上の自由度調査)」の中で明らかにしているものだ。

 報告書では、世界各地で政府指導者や治安当局がネット上の情報へのアクセスを制限するなどの自由阻害が横行するケースが増えているとしているのだが、加えて折からのコロナ禍を奇貨に、「コロナ関連の不正確な情報、社会や人々の不安を煽る情報」との理由付けによるネット遮断、言論削除などが横行しているとし、それはASEAN域内でも例外ではないと指摘している。

「フリーダム・ハウス」はこのほかに世界193カ国と地域を対象にした「フリーダム・イン・ザ・ワールド(自由や人権など世界の自由度調査)」と「フリーダム・オブ・ザ・プレス(報道の自由度調査)」を定期的に調査して報告書を発表している。

総選挙を前に制限が強化、ミャンマー

 11月8日総選挙を前に選挙運動が全国的に展開中のミャンマーでは、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相が率いる与党「国民民主連盟(NLD)」の有利と、少数民族系候補らへの選挙妨害などが伝えられている。その同国は、前回調査報告より評価が下がり「不自由な国」と位置づけられた。

 報告書では2019年6月以来、携帯電話によるインターネットへの接続がしばしば遮断される事態が続いているという。特に少数民族による政府軍との紛争が続いている西部のラカイン州、チン州や東部のシャン州ではネット上の情報発信対する検閲が強化されていると批判。特に(1)ネットへのアクセス妨害、(2)ネット発信・掲載の内容制限、(3)ネットユーザーの権利侵害が著しいと指摘している。

 ネットメディアを含めたユーザーによる政府批判情報に関しては当局が「通信情報法」違反容疑で逮捕、訴追で対抗しているとして、ミャンマーでのネット上の自由侵害の深刻な実態を明らかにしている。

Facebookを狙い撃ちするベトナム当局

 ベトナムはネット以外の報道、言論の自由が一党支配を続けるベトナム共産党と治安当局によって厳しく制限されており、実質的に「報道の自由が存在しない」国になっている。それだけに人権活動家などによる政府批判はネット上を通じて内外に発信されることが多かったのだが、近年の当局による監視、検閲はネットを主なターゲットにするようになってきた。

 実際、ネット上に反政府的コメントをアップしただけで逮捕、起訴されて有罪判決が下される例が増加しており、活動家らは身元、発信元をいかに隠匿するかが問題となっているという。

 そしてベトナム当局が神経を使っているのがFacebookなどのSNSで、接続妨害、検閲強化とあらゆる手段でその自由を抑えこもうとしていると報告書は明らかにしている。

コロナ関連情報も監視するフィリピン

 フィリピンに関して報告書は、ドゥテルテ政権が超法規的措置まで用いて強力に進める「麻薬関連犯罪」に批判的な人々や団体のネット上での活動に対して、当局による厳しい制限が続いていると指摘する。

 加えて「コロナウイルスに関する不正確な情報や偽情報などの流布・拡散を理由に、アカウントの閉鎖、発信者の逮捕などが起きている」として、コロナ対策に便乗したネット上の自由規制が始まっていると批判している。

 フィリピン当局の取り締まりは実際、強権的だ。6月には、ドゥテルテ大統領に批判的なネットニュース「ラップラー」のCEOマリア・レッサさんを「サイバー上の名誉棄損」で逮捕したり、7月に成立した反テロ法に基づきネット上の反政府発言やテロに関する発言も取り締まりの対象としたりするなど、「言論統制」の締め付けが強まっていると報告書は記している。

パプアで通信規制や遮断 インドネシア

 インドネシアはどうか。報告書は、1998年のスハルト長期独裁政権の崩壊で迎えた民主化の流れの中で自由な報道・言論が一気に社会に広がったものの、「デジタルの世界での自由はまだ制約付きである」と指摘。特に2019年8月以降にインドネシア全土へと拡大したパプア人の差別問題で、治安当局はパプア地方(西パプア州、パプア州)で広範なインターネット接続遮断、携帯電話網妨害などの「通信規制によるネットの上の自由が著しく制限されている」と批判している。

 さらに2020年1月のロイター通信の報道によれば、こうしたネット上の規制、監視、検閲に加えて「政府批判を批判することや政府のプロパガンダを主目的とするオンライン・ニュースサイト」が、治安当局の資金援助によって10サイトも立ち上がったという。

コロナの非常事態に乗じて言論制限するタイ

 タイでは、2014年にクーデターで軍部が政権を奪取し、軍人出身のプラユット氏が首相に就いた。その後、2019年3月に総選挙が行われたため、形式上は民生転換を果たしたが、首相に選ばれたのはやはりプラユット氏ということもあり、同国は現在も軍政の名残があちこちに存在する。報道・言論の自由への制限もその一つとされ、特に王政に対する批判には最高で禁固15年となる「不敬罪」の適用などで厳しく対処してきた。政府の監視対象は既存のマスコミだけでなく、ネットメディアやSNSにも及んでおり、民主化に逆行する状況が続いている。

 とりわけ、コロナ禍に対する非常事態宣言は、表向きは「コロナ対策」とされつつも、学生や市民を中心とした反政府、反憲法、反議会そして反王政への動きを封じ込める手段として、政府や治安当局に利用されており、集会やデモの禁止のほか、ネット上での「偽情報、社会の不安を煽る情報流布」が「コロナに関するフェイクニュース」とともに摘発の対象となっている。この現状に報告書は大きな懸念を示している。

改善したものの今後の逆行警戒のマレーシア

 今回の報告書の対象となった65カ国の中で、前年同期に比べて「インターネット上の自由度」が改善された国が22カ国あると記されており、ASEAN地域ではマレーシアが改善国となっている。

 ベテラン政治家であり、ナジブ元首相の金権体質などを批判して2018年に政権に返り咲いたマハティール首相の言論・報道の自由に対する理解がその背景にあったとされる。しかし2020年2月にマハティール首相は辞意を表明、その後政権を担うことになったムヒディン・ヤシン首相への権力移譲の過程で不透明さが浮き彫りとなっていることから、報告書は「このマレーシアの自由度改善への危機となりかねない」として政治の不安定要因を挙げている。

 具体例として報告書では、マレーシアの司法制度を批判した読者とその声を掲載したオンラインのニュース・ポータルサイト「マレーシア・キニ」が法的調査を受けることになった事態に言及し、「報道、言論の自由」への危機であるとしている。

ASEAN全体に問われる報道・言論の自由

 東南アジアではこのほかにラオスカンボジアなどでもインターネットはおろか、新聞やテレビといった既存のメディアへの規制が以前から厳然として存在している。

 そのためインターネット上に意見や活動の発表、報告という発信媒体を移して、当局の監視、身柄拘束を逃れる動きが出ているのも近年の傾向となっている。

 もっともASEANには、石油資源により経済的に潤っているため反政府を唱える人も組織もほぼ皆無、政府を批判するメディアも存在しないブルネイ、同じくASEAN優等生として独自の経済成長を遂げる一方、政府に不満を持つ層がごく限られて野党が成長せず、批判精神にあふれたメディアも育たないシンガポールなどもある。このように多彩で多様なのがASEANの特徴と言える。

 いずれにしても、報道の自由、言論の自由が健全に育ち、社会で一定の役割を担うまでにはまだ時間がかかりそうなのがASEAN全体の状況だ。そうした中で、果敢に「自由な言論」を追求する活動家やメディア、個人は、既存メディアへの規制、検閲から逃れ、活路をインターネットに見出しているが、「フリーダム・ハウス」の報告書にあるように、今やその活動の場、居場所が脅かされようとしている。

「フリーダム・ハウス」のマイケル・J・アブラモビッツ代表は、「コロナ禍は社会のインターネット技術への依存を高め、強めている。しかしその一方でネット上の自由は狭まる一方である」と警鐘を鳴らしている。

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