選挙日まで2週間を切るなど最終盤にかかっている米大統領選。だが、罵詈雑言を繰り出すだけの討論会や大統領自身のコロナ感染など、2016年にも増してカオス感が漂っている。民主主義フロントランナーとして世界の羨望を集めた米国の姿とは思えない状況だ。その背景には、米国の民主主義が抱える構造的、制度的欠陥があると元外交官で、神戸情報大学院大学教授の山中俊之氏は語る。

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 討論会での罵倒、選挙結果について係争化した場合に有利に運ぶための連邦最高裁判事の指名、感染症を軽視した大統領の感染と政権幹部の感染拡大・・・。

 多くの人が、米国の大統領選挙の体たらくを驚きと嘆きをもって見ているのではないか。あるいは、スリリングな映画でも見ている気持ちで好奇の目で眺めているのではないか。かつては民主主義(デモクラシー)のモデルとも考えられていた米国の民主主義が揺れている。

 本稿では、歴史上の経緯にも光を当てつつ、米国の民主主義脆弱性について3つの点を改め指摘して、21世紀型の民主主義に進化させていくための方策について考えたい。

デモクラシーを体現した米国

 デモクラシーという言葉は、古代ギリシャ語で人民・大衆を示す「デーモス」と権力・支配を意味する「クラトス」が合わさってできた言葉であると言われる。人民や大衆が政治権力の主体であることを示しているのだ。

 原始時代を除くと、近代以前は、古代ギリシャローマの一時期や預言者ムハンマド死亡後の正統カリフ制など一部例外はあるが、多くの政治権力は世襲であった。

 政治権力は、親から子へ、子から孫へと伝わるものであった。直系後継者がいない場合に、甥やいとこ、遠縁の親族・姻族への継承もあった。いずれにしても、血統や婚姻が大きな影響をもっていたと言える。

 政治権力は世襲されるという大原則を破ったのは、英国から独立した米国である。本格的に人民や大衆が政治権力の主体であるデモクラシーを体現したのが米国だ。
 

国のトップを選挙で選ぶのは驚天動地だった

 米大統領選挙は、1796年に2代大統領に就任するジョン・アダムズが、トマスジェファーソンを破った時に遡る(初代ジョージ・ワシントンは無投票当選)。

 その当時、一般国民の選挙で一国の政治指導者を選ぶという仕組みは世界になく、米国が民主主義トップランナーであった(議会選挙や大臣などの制度はすでに英国などもあった。また、諸侯の互選から選ばれることはあった)。

 ほぼ同時期にフランス革命が起きて、フランス王政が崩壊した。その後、共和政、王政や帝政を繰り返したフランスに対して、米国は一貫して選挙に基づく大統領制を続けてきた。ちなみに、フランスにおける初めての大統領選挙は1848年を待たなければならない。米国よりも半世紀も後である。

 現在の我々から見ると、一国のトップを選挙で選ぶことは当然のことに思われる。しかし、当時の人々からは想像もできない驚天動地の出来事であったろう。

 幕末に米国を訪問した福沢諭吉は、「独立時のワシントン大統領の子孫が今何をしているか」を一般の米国人が知らないことに驚いたと言われる。英明な福沢諭吉をもってしても、当時は「世襲でないこと」は理解不能だったのだ。

 このトップランナーであった民主主義トランプ氏の存在で大きく揺らいでいる。

 たしかに、討論会での罵倒や感染症対策の軽視はトランプ氏の性格や価値観が反映されている側面がある。属人的な要素も強い。

 民主主義も最後は人である以上、俗物とも言える人物(トランプ氏が俗物であるかどうかは後世の歴史家に委ねるとして)が国家のトップに就任して、民主主義が大きく傷つくことはあるだろう。

 しかし、本稿で問題としたいのは、制度的な欠陥である。

 そもそも外国人の筆者が米国の民主主義の欠陥を指摘することは、ある意味僭越である。しかし、中国の台頭もあり相対的に影響力が低下しているとはいえ、世界最大の経済大国であり、軍事大国である米国政治は、国際政治経済に大きな影響を及ぼす。

 感染症は言うまでもなく、地球温暖化問題、貿易戦争、難民問題などは国境を越えて世界各地で影響を及ぼす。米国政治の動向は一人の地球市民としても座視できないことだ。

 私が考える米国の民主主義、特に大統領選挙の構造的・制度的な重大欠陥は以下の通りだ。

米国民主主義における4つの重大欠陥

 第一に、大統領選出が州ごとに異なる制度で選挙人団を選出する間接選挙になっているために複雑であり係争化しやすい点だ。

 よく知られる通り、米国では有権者の投票総数で多い方が大統領に選ばれるのではない。各州の選挙人団の票の合計で選ばれる。各州の選挙人団の票は、2つの州(メーン州とネブラスカ州)を除き、一票でも多い候補者の選挙人が勝者総取り方式になっている。そのため投票総数と当選者の間にねじれが生じるのだ。

 この制度は、大統領選挙が実施される際に、国民が直接的に選出することに不安を感じた独立当時の政治家たちが決めたと言われる。当時としては一定の合理性があったのであろう。しかし、そのことが、総投票数で負けても大統領に選出されるという奇異な結果を歴史的に生むことになる。

 2000年以降も、2000年ブッシュ大統領2016年トランプ大統領は総得票数で対立候補に劣るにもかかわらず選出されていることは多くの人の記憶に残っている通りだ。このような複雑な選挙制度は、係争化しやすいことは容易に想像できる。

 現行の州ごとの選挙人団方式には反対も増えていると言われる。しかし、その変更には憲法改正が必要と言われており、ハードルが意外と高い。

 今回は、従来の複雑性に加えて、コロナ禍のため従来以上に多くの郵便投票も加わった。集計が遅れ、新たな係争の種になることは間違いない。バイデン氏にリードを許しているトランプ氏は、郵便投票の問題を度々指摘している。郵便投票が不正であると指摘して係争化する危険性は高い。

 民主主義国の大統領を選ぶ選挙で、ここまで係争化する可能性を秘めている国はあまり例を見ない。

 第二に、投票する際に必要な有権者登録が妨害されることがあることだ。

 米国の選挙は、地元の市役所から自動的に投票の案内が来るわけでない。自ら選挙権があることを示して登録をすることが必要だ。州によっては、有色人種や貧困層が投票しにくくなるように登録の仕組みを変更することがある。有色人種や貧困層は民主党支持が多いため、共和党が議会で多数の場合制度変更されてしまうのだ。

 選挙権の行使という根幹の権利が議会多数派によって妨害されるという、にわかには信じられない事象が生まれている。一体どこの国の出来事かと思う。およそ民主主義国とは思えない状況である。

 第三に、選挙から就任までの2か月半以上に及ぶ長い移行期間である。

現職が敗北した場合に考えられる嫌がらせ

 11月上旬に選出された次期大統領は、翌年の1月20日までは就任できない。逆に言えば、落選した大統領も2か月あまりにわたり大統領としての権限を行使できる。選挙から就任までの期間が長い例は、米国だけでない。メキシコでも2か月以上の期間がある。

 移行期間が長いこと自体は問題とは言えない。十分な移行期間において新しい政権が準備をすることはあるからだ。しかし、状況次第では大きな危険をはらむ。

 私見では、トランプ氏は落選した場合(落選を認めるかどうか疑わしい面もあるが)、次期大統領就任までに自分の政策を推し進める可能性があると推測している。

 温暖化対策やオバマケアなどで次期大統領の政策と相反する施策を推し進める可能性があると見ている。バイデン氏が就任しても、すぐに同氏の政策が実行できないように嫌がらせをしておくのだ。言い換えれば、ホワイトハウスにおける「焦土作戦」である。

 今回のトランプ氏の新型コロナウイルスへの感染が、移行期間の問題をより深刻化している。

 同氏に投与された治療薬(ステロイド剤)が全能感(自分は何でもできるというハイな感覚)を促すとの指摘も出ている。私は医学者でないので安易な判断は避けるべきだが、もし上記指摘があたっているのであれば、大統領としての判断に悪影響を与えかねない。

 一方で、大統領選挙に敗北しても、新大統領就任までの間の大統領職としての権限行使を否定すること自体は難しい。その間に安全保障上の問題が発生しない保障はない。大統領不在は国家としてありえない。俗物の大統領が誕生した場合移行期の問題は、解決が実に難しいテーマであろう。

 第四に、連邦最高裁判事の指名時期に関するあいまいさである。

 9月にリベラル派のギンズバーグ判事の死去を受けて、トランプ氏は保守派のバレット氏を指名した。民主党は反発しているが、憲法上はトランプ氏の判事指名は問題ない。大統領が指名して、上院が承認すれば合憲的合法的に連邦最高裁判事に就任する。最高裁判事の任命プロセスとしては、他の民主主義国と比べ特段問題があると思われない。

 私見では、より本質的な問題は、判事が終身制であることだと思う。

 判事はいつ死亡するのか、いつ病気により辞任するのかが常にわからない。そのため、たまたま共和党大統領の時に多くの判事が死亡(または辞任)すると保守派の判事が多数指名されることになる(上院の承認までは保障できないが)。死亡時期という不安定要因を常に抱えるのだ。

トランプ氏の出現が露わにした憲法上の問題

 そのための対策として、Economist(2020年9月26日号)が指摘するように任期を18年にして、4年間の任期中2人を新たに指名するような仕組みで死亡時期の不安定要因を取り除くことが重要だ。

 特に、大統領選挙結果が裁判の場で争訟化した場合に備え、自分に有利な連邦最高裁判事を指名することがあれば、民主主義の根幹を揺るがせることになる。

 バレット氏の判事指名の式典の場で多くの集団感染が発生したと言われる。バレット氏指名という荒療治に対して何らかの罰が下ったように感じるのは私だけであろうか。

 大統領選挙結果の係争化、次期大統領就任までの移行期間の不安定要因、連邦最高裁判事が終身であるための不安定性──。これらは、米国の憲法に元来内在していた問題である。しかし、トランプ氏という大統領の出現により、問題が白日の下にさらされたと言える。

 私見では、21世紀においては、不正が起きない仕組みを確保したうえで、登録の簡素化や電子投票などを活用して、誰でも簡単に投票ができるようにすべきだろう。係争化の原因となっている各州の違いも、上記のような全国的な電子投票導入でなくしていくべきではないか。

 大統領選挙まで残り2週間程度である。今後どのようなドタバタ劇を見ることになるのか。不安は尽きない。

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