本コンテンツは、2020年9月30日に開催されたJBpress主催「リテール・イノベーション 2020~ポストコロナ時代に求められる小売業の『攻め』と『守り』のデジタルシフト~」での基調講演の内容を採録したものです。

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(右)
一般社団法人日本オムニチャネル協会
会長
株式会社デジタルシフトウェーブ
代表取締役社長
鈴木 康弘 氏

(左)
神奈川大学
経営学部 国際経営学科 准教授
中見 真也 氏

人生100年時代のDX推進に必要な人材とは?

 世を挙げてデジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれているにもかかわらず、わが国の企業における取り組みはいまだ進んでいるとは言い難い。その理由には、経営者の意識の問題や、組織が縦割りで部署横断的な連携が進まないこと。さらに従業員一人一人のデジタルに対する意識の持ち方などがあるといわれる。

 今回のセミナーの基調講演には、一般社団法人日本オムニチャネル協会の会長であり、企業のデジタルシフトを支援するベンチャー企業、株式会社デジタルシフトウェーブの代表取締役社長でもある鈴木 康弘氏。そしてマーケティング戦略論に詳しい神奈川大学准教授の中見 真也氏のお2人に、小売業をはじめとする日本企業のDXの課題と目指すべき方向について語っていただいた。

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中見:最初に、鈴木さんご自身の経歴をご紹介いただけますか。

鈴木:私は20代で最初に富士通に入社して、SEとしてシステム開発に携わりました。次の30代では、まだベンチャーだったソフトバンクに転職して営業担当、その後、新規事業企画の執行役員を務めました。40代では会社を起業して、その会社がセブン&アイ子会社になりました。そして50代を迎えたとき、さまざまな経験を活かして、日本のデジタルシフトを前進させるために、現在の会社を立ち上げ、コンサルティングや人材教育を行っています。

中見:さらに現在は一般社団法人日本オムニチャネル協会の代表として、オムニチャネル人材育成という側面から、わが国のDX推進を手掛けているわけですね。

 そこでお聞きしたいのですが、鈴木さんがよく言われる言葉に、「企業で求められる人材には『T型人材」』と『Π(パイ)型人材』の2種類があって、今の時代には後者が必要だ」というのがあります。その理由を説明していただけますか。

鈴木:大きく2つあります。1つは「デジタル化の波が押し寄せている」こと。もう1つは「人生100年時代といわれて、働く期間が非常に長くなってきていること」です。特に近年は後者が大きな課題になっています。これまでは20歳前後で社会に出て、60代の定年まで40年も働けばよかった。こういう時代には、営業一筋とか生涯、技術者といったT型人材が求められたのです。

 しかしこれからは、マルチなスキルを持つΠ型人材が必要となります。そして、そのようなΠ型人材がイノベーションを起こせると考えています。

中見:ではそのΠ型人材を、DXという側面から見ると、どんな人材像になるのでしょう。確かにデジタルは、スマホ1つとっても私たちの社会の在り方を大きく変容させています。しかし、あくまで世の中を変革し、動かしていくのは人だと考えると、人のスキルとデジタルをどう結び付けて考えればよいのでしょうか。

鈴木:デジタルというのは、この先、絶対に必要になってくるものです。ただし、大事なのは「デジタルで何をするのか」ということ。今はみんなデジタル活用というと、効率化にばかり目が向きがちです。

 しかし小売業などは、効率だけではお客さまを引き付けられません。デジタル=効率や合理性と、その対極にある楽しさや喜びなどの感情や感性が両立してこそ、魅力のある店舗や商品作りが可能になるのです。

 この「楽しさや喜び」というのは、データだけでは生み出せません。やはり人の想像力やデザイン思考などが必要になってきます。また、この先のビジョンやビジネスを描くには、上でも触れたマルチなスキルも不可欠です。そうしたデジタルも想像力もマルチスキルも兼ね備えた人材という意味で、Π型人材なのです。

オムニチャネルにマルチスキルが必要な理由

中見:現在、日本のDXはどのような位置にあって、この先、どのような課題があるか教えていただけますか。

鈴木:今、やっとスタートラインに立った気がしています。私はDXを革命に近いものだと思っています。紀元前の「農業革命」、18世紀の「産業革命」、そして現在のDX=「情報革命」です。そして革命というのは、1日でできるものではない。何百年もかけて変わっていきました。私たちも今、そうした長い道程の起点にいるのだと思っています。

中見:そう考えると、DXと一口に言っても技術的な話だけではなく、もっと大局的に見ていく必要がありますね。特に小売業にあっては、オムニチャネルを実現するために不可欠の、前提条件として捉えていく必要があるのではないでしょうか。

鈴木:そのためにも、まずデジタルは目的ではなく、ビジネスや世の中を変革していく手段だという点を理解しないといけません。またデジタルの本質を小売業の視点で見ると、お客さまの選択肢が増えるということなんですね。例えば、買物一つとっても、今までは小売業界とか外食業界とか、またA社とかB社とか縦割りでした。それがなくなり横割りなって融合していくからこそ、新しいものが生み出せるのではないかと思っています。

中見:今まで物理的にも、組織や企業的にも縦割りの壁で隔てられていたのを、横串を通して顧客志向な形に作り変えてしまうのが、デジタルのすごいところですね。

鈴木:そうなると、今度は異なった業界や商品を横につなげていける、マルチなスキルが非常に強く求められてきます。ひいては、そのスキルを持っている人材が、非常に大切になっていきます。現在、既にハードウェアとしてのネットワークは地球規模でつながっています。これからはそこにのってくるヒューマンな部分をいかにつなげていくかというのが、最大のキーポイントになるのではないでしょうか。

変化の時代だからこそ変化を喜ぶマインドを

中見:ヒューマンな部分をつなぐことの重要性と、それを可能にするマルチスキルな人材を育成すべきだというのはよく分かりました。しかし、企業の現場では、具体的にどうやって取り組めばいいのか見当がつかないというのが現状です。経営者やマネージャーにとって、何か実践のヒントをいただけますか。

鈴木:日本オムニチャネル協会に来られる企業の方と話していると、あらかじめバリアを張る方にしばしば出会います。販売の人だと「私はITが苦手だから」とか、逆にシステム会社の人は「小売業はちょっと分からない」とか、みんな自分の枠からはみ出そうとしないんです。自分はこのプロだと限定することで、無意識に自分を守ろうとしてしまう。その気持ちが、ますます他との隔たりを生んでいるのではないでしょうか。

 もちろん、皆さん、何となくDX=デジタルを活用しなくてはいけないとは思っているんですよ。でも、そのときに身構えてしまうのが、ブレーキをかけている気がしてならないのです。これから時代は縦割りを打ち破っていく方向に進むのだから、よその業界や競合他社や、それこそ自社内の他の部署が何を考え、どんなことを感じているのか興味を持つことはとても大事です。DXを推進するには、テクノロジーよりもむしろ、そういう意識の変革の方が重要なのではないかと思います。

中見:マインドセットや価値観こそが、DXを進める上で重要なポイントになるというわけですね。そのマインドを変えるには、具体的にどのような部分に着眼すればよいでしょう。

鈴木:繰り返しになりますが、最も大事なのは「DXは手段である」という点です。そこが理解できたら、次はデジタルを使って何をやるのかということを定義しなくてはならない。ところが、書店に行くと、棚に並んでいるDXの書籍はテクニカルな解説ばかりです。それも当然で、「何をやるのか=DXのゴール」は企業や組織によって違うからです。ゴールの決め方を書いてある便利な本が無いのは、実はそういう理由もあるのです。

中見:私の専門のマーケティング戦略でも、まさにそこを重視しています。自分たちの会社や部署だけを見ていても駄目で、やはり、よそがどうしているのかとか、競合他社は何を考えているのか、市場環境を踏まえて自社を冷静に分析して、なおかつお客さまの視点も加味した上で導き出された課題を、どう攻略していくのか。研究でいうところの「リサーチ・クエスチョン」、すなわち研究課題が的確に立っていないと絶対に成果が出せません。

 今のお話は、まさにそこを指摘されていますね。最初に何のためにDXをするのか。目的を明確に設定して、それを戦略に落とし込んでいく。でもDX初心者の企業にしてみると、今度はその落とし込み方や、出てきた選択肢の選び方が分からない・・・と悩みは尽きません。

鈴木:いろいろな意見がありますが、みんなが良いというものは、大概、失敗するんですよね。逆にみんなが反対するとか、違和感があるものにこそ着目すべきです。自分とは違う背景や経歴の人と会うと感じる違和感を、「これは違う」と拒んだりスルーしたりせずに、これは一体何だろうと理解しようとすると、それだけで自分の発想が変わってくるんです。

 でも、残念ながら、日本の企業の多くは、大学を出て新卒で入社して同じような教育を受けている人で同質化しています。よく企業のトップに言われるのが、「うちは社内からアイデアが出てこない。人材がいない」という台詞です。

 そういうときは、「一流大学を出た優秀な人材がそろっているのにそうだとしたら、それは会社が同質な人間ばかりを育ててしまった結果じゃないですか。それで『人材がいない』と嘆くより、むしろ、異質な人間を育てる文化に変えていったらどうでしょう」とアドバイスします。

 DXの時代になって、世界中の誰もゴールなんて見えていません。だからこそ変化に強くなり、むしろ変化を喜ぶ経営者やビジネスパーソンが増えていくといいと思っています。

企業の枠を超えた「共創」がDX推進のカギに

中見:DXのリーダーシップを誰が取るのかというのも、大きな関心事です。最近はいろいろなところでCDO(チーフ デジタル オフィサー)という役職がクローズアップされていますが、そもそもCDOとは企業の中でどういう位置付けの存在なのでしょうか。

鈴木:もともとはアメリカで生まれた役職だと思いますが、日本でDXを進める場合、CDOはかなり重要な役職ではないかと思います。企業にはCEO(経営)、CMO(事業創造)、CIO(システム)という3本柱がありますが、CDOはこのトライアングルの真ん中に必要な存在です。

 つまり、経営、マーケティング、システムのどれもが分かる人が、全社戦略へのデジタル活用を考え、それを3本柱の橋渡し役となって進めてゆく。縦割り文化の強い日本企業では、不可欠の役回りです。ただし、コンサル会社やIT 会社にいた人を、そのまま連れてきてもうまくいきません。この点は注意すべきポイントです。

中見:やはり、その会社の文化や経営のスタイルをある程度理解していないと、理屈は通っていても、その通りに周りの人間が動いてくれないからですね。

鈴木:あと、他の役職からCDOに就任した人に在りがちなのが、自分の世界から出ないで新しい仕事をしようとするケースです。例えば、CEOやCMOから異動して、本気で CDOになろうと思うなら、マーケティングとかシステムとか、今までは自分の担当外だった分野をちゃんと勉強すべきです。先ほど触れたように、そうやって自分の枠からはみ出していくことが、トライアングルの真ん中で自在に動けるスキルとなるからです。

 ただ、役職者だけでなく、社員も含めて、そうした守備範囲外の勉強を自社の教育システムだけでやろうとしても、なかなか難しい。特に環境変化の速い今の時代、全てを自前でそろえるのは無理があります。ビジネスも同じです。全てのリソースを昔ながらの日本企業の自前主義で賄うのは、ほぼ不可能でしょう。

 これからは大企業もベンチャーもお互いの垣根を越えて、必要なものを提供し合いながら一緒にビジネスを作っていく、「共創」の視点が必要です。会社の看板=ブランドではなく、人の力を合わせてDX を進めていくことが私たち全員に必要です。

中見:そうした意味では、各民間企業だけでなく、日本オムニチャネル協会のような共創の場は、これから先、非常に大きな役割を果たしていきますね。もちろん、私たち学術の側も、微力ながらお手伝いをしていきたいと思っています。今日は貴重なお話をありがとうございました。

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