(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)
テレビではこのところ連日、米大統領選挙が取り上げられ、民主党のバイデン氏が有利とかトランプ大統領が猛追とか、かしましく報道されている。“米大統領選挙通”なる人も専門家として登場している。
確かに世界の超大国であるアメリカの大統領が誰になるかは、世界の関心事であることに間違いない。特に同盟国である日本が大きな関心を寄せるのも当然だ。だが今回の大統領選は、あまりの程度の低さに正直言ってうんざりしてしまう。
「彼はプロの嘘つき」とマイケル・ムーア氏
トランプ氏ほど平気で嘘をつく大統領を私は知らない。新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃、同氏は「アメリカでは完全にコントロールされている」と語った。もちろん何の根拠も示さなかった。民主党のバイデン氏は、「『心配するな、(新型コロナは)夏が来て暑くなれば、奇跡のように消え去る』と、トランプ大統領はまだそんなことを言っている」と批判した。「夏が来れば消え去る」というのも何の根拠ないものだった。その結果、アメリカを世界最大の感染国にしてしまった。あげくに自分自身や妻、子供も感染してしまった。ホワイトハウスでクラスターまで発生したのだから、世話はない。
しかもトランプ氏は、入院後、3日目には強引に退院してしまった。陰性が発表されたのは、退院後、相当の日数が経ってからだったので、退院の時点ではまだ陽性だったはずだ。他人を感染させるリスクを平気で無視するのがトランプ氏ということだ。退院後、「気分は上々だ。新型コロナを恐れるな」と語ったが、その無責任さには呆れるほかない。
普通の国なら、これだけでも大統領失格、政治家失格の烙印を押されることは間違いない。だがアメリカには熱烈なトランプ支持者が多数存在し、大統領選挙に勝つ可能性があるというのだから驚かされる。
ドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーア氏が、フェイスブックで、トランプ氏の新型コロナウイルス感染はフェイクである可能性があるとする“陰謀論”を展開している。そう推測する理由について、「トランプについては1つの絶対的真実がある。彼がプロの嘘つきだということだ」と批判している。
陰謀論はともかくとして、これまでの言動をみれば「プロの嘘つき」と言われても仕方がないと言わざるを得ない。ワシントン・ポスト紙によれば、この4年間に2万5000個の嘘をついてきたというのだから。
危うく誘拐されそうだったミシガン州知事
カリフォルニア州で共和党が、大統領選挙の事前投票箱を独自に設置したという報道にも驚いた。正規の投票箱に投票した男性は、「怒っているよ。非公式の投票箱を見たら蹴飛ばすよ」と語り、また女性は、「あきれるし、こんなことが起きていることが信じられない」と語っていた。
民主党が議会の多数派を占めるカリフォルニア州政府は、共和党の支部がロサンゼルスなどに設置した事前投票箱について、選挙法に違反するとして10月15日までに撤去するよう命じた。しかし共和党側は、第三者が代理で期日前の投票用紙を回収し、提出することは州の法律で認められているとして、命令に従わない方針だという。特定の政党が独自に事前投票箱を設置するなどということが許されないのは、どの国でも一緒だ。
さらに信じられないことが起こっている。アメリカ中西部のミシガン州で、民主党女性知事であるグレッチェン・ホイットマー氏を拉致して議事堂を襲撃する計画があったというのだ。
朝日新聞(10月10日付)によると、ミシガン州は、大統領選挙の激戦州の一つで、トランプ氏は、新型コロナウイルスの対応をめぐって、ホイットマー氏をたびたび批判するなど、目の敵にしてきたという。今年4月には、経済活動の制限に反発して、「ミシガンを解放しろ!」とツイートしていた。まさにこのトランプ氏のツイートに応じるように、白人至上主義者らが州政府転覆計画を立てていたということだ。
9月29日の大統領選挙討論会で、トランプ氏は司会者から「白人至上主義者を非難するのか」と問われた際、白人至上主義団体に「下がって待機せよ(Stand back and stand by)」と述べて批判されていた。ホイットマー氏もトランプ氏のこの発言について、「過激派は大統領の言葉を、退却(の指示)ではなくかけ声として聞いている」と批判している。
幸い、ホイットマー氏誘拐計画の動きは事前に捜査当局が把握し、武装組織の13人の男が逮捕・起訴された。
だがこんなことにも動じないのがトランプ氏と共和党支持者たちのようだ。10月17日にミシガン州で行われた選挙集会で、ホイットマー知事が進める新型コロナウイルス対策をトランプ氏が批判し、「知事は州経済や学校を再開させなければならない」と訴えると、共和党支持の聴衆から「彼女を収監せよ」とコールが上がり、トランプ氏が「全員収監だ」と応じる始末である。
共和党の女性が、「アメリカは偉大な自由の国だ。誰でも銃が持てる」と叫んでいるのをみたが、やはりわれわれ日本人にはついて行けないものを感じてしまう。
副大統領候補のほうが魅力的
民主党の大統領候補バイデン氏も魅力がない。77歳という年齢も、いかにも高齢過ぎる。トランプ氏が74歳だから、まさしく高齢者対決だ。大統領選挙の集会でたびたび「私が今回“上院議員選挙”に立候補したのは・・・」と間違ってしまうという。
大統領候補の討論会が互いのののしり合いで終わってしまったのに対し、副大統領候補の共和党ペンス副大統領と民主党ハリス上院議員の討論会のほうが評価は高かったようだ。産経新聞(10月9日付)は、「ナンバー2 主役以上の論戦」という見出しで、「皮肉なことに、共和党のペンス副大統領と民主党副大統領候補のハリス上院議員の論戦は『候補討論会とはかくあるべし』という手本を示した」と報じ、いずれの候補も非常時のリーダーとしての資質を示したとしている。
大統領候補が高齢だけに、副大統領候補の資質に注目が集まっているということだ。こんなことも珍しい。
もはや憧れるような国ではない
私のような団塊の世代は、少年期にアメリカのテレビドラマを見て育ってきた。「スーパーマン」「名犬リンチンチン」「ララミー牧場」「ローハイド」「アンタッチャブル」などなど、もっといっぱいあったが覚えていない。アメリカドラマの影響を大きく受けて育ってきた。間違いなく多くの同世代にとってアメリカは憧れの国であった。
私の息子もアメリカが大好きで、アメリカに留学した。今でも多くの魅力を持っている。プロ野球選手もプロゴルファーもアメリカでプレーすることを目標にしているプレーヤーが多い。
だがいまだに人種差別は色濃く残っている。白人至上主義者も少なくない。われわれアジア人も差別の対象である。こんな国を一流国と呼ぶことはできない。
昔のテレビドラマや映画は、それほど過激なシーンは多くなかった。だが最近のハリウッドの映画は、あまりにも破壊的なシーンが多すぎる。自動車は壊す、建物は爆破する。容赦なく人間を撃ち殺す。野蛮さが売り物になっているものが、あまりにも多い(もちろんそうでないものもあるが)。
しかも言葉づかいがあまりにも汚いものが多い。アカデミー賞をとったような映画でも、言葉の汚さに観るのをやめてしまうことがある。だがこのような映画が受け入れられている。とすれば、やはりアメリカ社会自体がおかしくなっているのではと思ってしまう。それだけにせめて大統領選挙ぐらい、国民の模範になるような道徳観、清廉さを期待したいのだが、ここでも汚い言葉のやりとりである。もはや憧れるような国ではないというのが、最近の私の思いである。
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