9月28日、私が代表を務めるインデックスコンサルティングと私が関係する3社団法人(注)が主催・協賛し、フランスの思想家・経済学者ジャックアタリ氏を招いたオンラインシンポジウムを開催しました。

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 新型コロナウイルスの感染拡大によってわれわれの日常は一変しました。ロックダウンによって経済は止まり、「三密」、言い換えれば賑わいを前提としたビジネスは修正を余儀なくされています。ウィズコロナ、あるいはアフターコロナの時代に働き方やコミュニティ、ビジネス、国際情勢はどのように変わるのか。それに対するアタリ氏の視座を幅広く共有すべく、アタリ氏の講演録を公開したいと思います。

 その前に「お前は誰だ?」という声もあると思いますので、アタリ氏の講演録の最後に、インデックスコンサルティングと今回のシンポジウムに至った経緯について簡単に説明しています。よろしければご覧ください。

 願わくば、アタリ氏とその後のシンポジウムの話を聞いて、感染症と共存する時代に地球規模の課題にどう立ち向かうか、それぞれが考えていただければと思います。(インデックスコンサルティング代表取締役、植村公一)

第2回第3回はこちらをご覧ください。

 ※講演録の内容は9月28日時点のものです。

不確実性を忘れ去ったわれわれの社会

 新型コロナウイルス感染症による今回の危機は、公衆衛生はもちろんのこと、政治、経済、文化、人々の考えなど、さまざまな方面に多大な影響をおよぼしていることはご存じの通りだと思います。

 この感染症には決定的な治療薬やワクチンが存在しないため、しばらくの間、われわれはこの感染症とともに暮らさなければなりません。よって、私は「コロナ危機後の世界」について自問することは、極めて重要だと考えています。

 世界経済とわれわれの社会は、先行きがまったく見えない状況に置かれました。この不確実性こそが、今回の危機が深刻である理由の一つです。今回の危機でわれわれが思い起こすべき教訓の一つとして挙げられるのは、人間は死すべき存在であり、人生は短く何が起こるのかわからず、遠い将来はもちろん、一寸先は闇だという当たり前の事実です。

 ところが、社会はこうした不確実性を忘れ去っていました。というのは、かなり以前からわれわれは、死と向き合って物事を考えるよりも、気分を紛らわせて日々を過ごすようになったからです。こうしてわれわれは、死に蓋をして、死に意味を見出さなくなったのです。

 近代社会では、巨大な娯楽産業の繁栄によって「自分は一体何者なのだ」という本質的な問いが覆い隠されてしまいました。現実は、われわれは実にはかない存在なのです。

自国民と世界に嘘をついた中国の独裁者

 そしてこの危機では、何よりもまず時間の重要性が再認識されました。つまり、はかない存在である人間にとって、この世で過ごす時間は貴重だということです。

 次に、今回の危機がなぜ世界中のほとんどの人々にとって不測の事態だったのかを把握しておく必要があります。この点については、10月初頭に日本で翻訳出版される私の新刊『命の経済』(プレジデント社)において詳述しました。

 要点を述べると、われわれは中国で起こった事態を見誤ったということです。中国の独裁者は自国民に真実を語りませんでした。中国では2019年11月から2020年1月にかけて、この感染症を話題にすることが禁じられました。中国当局でさえ、この感染症に関する正確な情報を把握していなかったのです。

 中国は、自国民だけでなく世界に対しても嘘をついたため、マスク、人工呼吸器、医療設備など、あらゆるものが不足しました。中国はこの感染症に見事に対処したという声もありますが、これは事実に反します。実際は、大国である中国はパニックに陥ったのです。

 一方、過去のパンデミックから得た教訓を活かした国もありました。例えば、韓国は、2019年12月14日からの韓国疾病管理本部(KCDC)の活躍によって、今回のパンデミックにうまく対処しました。マスクを備蓄し、韓国で最初の感染者が確認される2週間前、すなわち、2020年1月12日には新型コロナウイルス検出用キットが利用できる体制を整えました。

 こうして日本や韓国は、パンデミックの被害を最小限に押しとどめ、ヨーロッパ諸国とは異なり、大規模なロックダウンを実施せずに済みました。人口5100万人の韓国では、パンデミックによる死者の数はわずか360人ほど。韓国は国際貿易低迷のあおりは受けましたが、韓国経済への影響は比較的軽微だったと言えるでしょう。

 韓国の成功例とは反対に、われわれの第一の過ちは、過去の危機から教訓を見出すことを怠り、適切な危機対策を打ち出さなかったことです。われわれは、現在進行中のパンデミックから教訓を導き出し、将来の危機に備えなければなりません。

現在のパンデミックは始まったばかり

 今回の危機では、多くの国はロックダウンという中国型の対策を選択したため、世界経済は一時停止の状態に陥りました。

 世界的な景気低迷は極めて深刻な状態にあり、2020年の世界経済の成長率はマイナス5%からマイナス6%、一部の国ではマイナス15%になると予想されています。ちなみに、中国当局によると、中国経済の成長率はプラス3%以上になるという話ですが、この数値はかなり疑わしい。いずれにせよ、多くの国ではマイナス15%からマイナス3%になる見込みであり、世界経済は5年前、そして貧しい国の経済は10年前に逆戻りするでしょう。

 マスクをつける習慣のある国民もいれば、ヨーロッパ諸国のようにそうでない国民もいます。そして、米国民のように極端な個人主義を掲げ、マスク着用という当局の指示に従うことをかたくなに拒否する国民も存在します。

 さらには多くの途上国の国民のように、マスクが手に入らない、あるいはマスクをつけずに働かざるを得ない国民もいます。これらの途上国ではパンデミックが急速に拡大しています。その筆頭がインドラテンアメリカ諸国です。こうした状況を踏まえると、現在のパンデミックは始まったばかりです。すでに死者数は100万人近くに達していますが、今後も増え続けるでしょう。

ロックダウンは命の選別を避けるため

 コロナウイルス感染症が特異である理由の一つとして、治療薬とワクチンが存在しないことが挙げられます。重篤な患者を助ける唯一の手段は人工呼吸器をつけることなので、この感染症の処置は主に病院の設備の充実度に左右されます。

 重篤な患者が人工呼吸器を利用できないのなら、それは見殺しにされることを意味します。多くの先進国では、命を救うべき患者をあからさまに選択することは政治的に許されません。そのため、各国政府は救うべき患者を選別するという事態を避けるために、治療法のまだわからないこの感染症の拡大を何としても収束させようとしました。その動機は患者を救うためというよりも、患者の選別を避けるための政治的な思惑からです。患者を選別するのは、政治的に極めて大きな選択だからです。

 ところが、この選択が行われているのは公然の秘密です。貧しい者、独居老人、高齢者施設の住人などは死へと追いやられました。また、人工呼吸器が大きく不足する国で暮らす患者も同様です。これらの国には、頓服や苦痛を軽減する薬もありません。

 このような理由から、公衆衛生上の危機に直面した先進国の政府は、史上初めて経済活動を停止させるという決断を下しました。救うべき患者の選択基準を提示して患者を選別することを回避したのです。これこそが、今回の経済危機の根本的な原因です。

 経済活動の停止を選択しなければ、人工呼吸器を与えずに放置して息を引き取る人を選別する羽目になったでしょう。経済活動の停止を選択したのは、人類史上、初めてのことでした。というのは、今日の政治家にとって人命の価値は、過去のパンデミックのときよりも、はるかに高くなっていたからです。こうした傾向はとくに民主国家において顕著であり、選挙民を野垂れ死にさせるという野蛮な過ちを犯す政権は存在しませんでした。

明らかになった老年層と若年層の断絶

 人口の高齢化が進む日本やヨーロッパ諸国などの先進国、さらには中国においても人命の価値が高まった傾向がはっきりと確認できます。例外はアフリカ諸国だけです。

 人口の高齢化とともに選挙民も高齢化しており、この感染症が重症化する確率は若年層よりも老年層のほうが高い。だからこそ、われわれは若年層を犠牲にして老年層を優遇する政策を選択したのです。

 われわれは今回の感染症により、死という出来事の重要性と人生のはかなさを意識するようになっただけでなく、社会的権力を握っているのは老年層だと強く感じるようになりました。すでに退職している老年層にとって、ロックダウンは自分たちの身を守る手段であり、働くことのできないロックダウンは自分たちとは関係のないことだと思っています。一方、若年層にとって、働くことは当然ながら死活問題です。

 老年層は、若年層が就労できるのは自分たち自身にとっても有益なことだと痛感する必要があります。なぜなら、老年層の暮らしと年金を直接的、間接的にまかなっているのは若年層だからです。

 また、今回の危機では医療設備の充実度、ウイルスの検出と追跡に関する技術など、生命の維持にとって必要不可欠テクノロジーに関して、国によって大きな違いがあることも明らかになりました。

 われわれは世界規模の共通の危機に直面したのです。始まったばかりのこの危機は、今後20年は続き、さまざまな影響をもたらすでしょう。
次に、これらの影響と対策について考えてみます。

コロナ危機対策を支えたデフレ要因

 最初に指摘しておきたいのは、過去の危機とは異なり、今回の危機では債務を膨張させるという、将来に負担を課す政策を打ち出したことです。経済が崩壊するのを傍観するのではなく、経済に大量の資金を注入した。民間銀行とこれを支える中央銀行が無制限に信用供与したのです。民間銀行は、中央銀行の後ろ盾がなければこれほど大胆な融資は実行できません。

 今回の危機で講じられているこれまでにない政策の是非については、誰も明確な回答をもっていません。各国の中央銀行が企業と個人を救済する目的で無制限ともいえる資金を供給しています。この異次元の政策は、経済がグローバル化して以来、初の試みです。

 経済学の教科書によると、このような政策を実行すれば、インフレが発生して預金者が割を食うことになります。すなわち、老年層です。インフレは若年層にとって有利に働きますが、預金をもつ老年層にとっては大きな痛手になります。

 幸運なことに、インフレが起きる気配はまだありません。政治的、社会的な自殺行為ともいえるインフレが起きていないからこそ、現在の超低金利政策と、公的債務の史上最大の積み増しが可能になっているわけです。

 なぜ、インフレにならないのか。その理由はグローバリゼーションの推進による熾烈な価格競争が通貨供給量の増加によるインフレ圧力を抑制しているからです。さらに、人工知能(AI)や第5世代移動通信システム(5G)などの今後の技術進歩によって労働生産性は大幅に改善され、労働コストも著しく削減されるでしょう。これらのデフレ要因により、通貨供給量の増加によるインフレ圧力は相殺されるはずです。

 こういったデフレ要因のおかげで、各国政府はコロナ危機対策として通貨政策という武器を利用することができたのです。この武器は今後も利用可能でしょう。

 ご存じのように、日本は政府と民間の債務を膨張させるというこの政策をかなり以前から実施してきました。もっとも、この政策が正しいかどうかはわかりません。この意味において、世界各国は日本の政策を真似るようになったと言えます。世界の「日本化」です。

公的債務を増やせる国、増やせない国

 こうした観点から考察すると、日本がこれまでに示してきたように、日本型政策が持続可能であるための条件は債務の主な保有者が自国民であることです。そのためには、国民が自国ならびにその通貨を信頼し、国が自分たちを守ってくれるという安心感が必要になります。

 ところが、日本以外の多くの国では、そうした条件が満たされていません。

 途上国の場合、国民に公的債務をまかなうだけの預金がありません。これらの国ではコロナ危機によって、経済および社会システムの見直しが急務になっています。

 ヨーロッパ諸国の場合、公的債務の主な保有者はヨーロッパ人であり、公的債務の積み増しは可能です。

 アメリカも公的債務の積み増しは可能です。なぜなら、世界の基軸通貨であるドルの発行権をもつアメリカはドルを無制限に発行できるからです。

 世界経済はなんとか持ちこたえているように見えますが、われわれは未曾有の不況に陥り、失業者は記録的な数に達しています。今後、世界はどうなるのでしょうか。われわれはどう対応すればよいのでしょうか。(2回目に続く)

(翻訳:林昌宏)

インデックスコンサルティングについて】

 インデックスコンサルティングは、建築プロジェクトマネジメントを本業にしたコンサルティングファームです。企業や学校、病院などが施設を新設したり、改修したりする際に発注者サイドに立ってスケジュールやコスト、品質などが当初予定通りに進んでいるかをチェックする専門家集団です。

 建築プロジェクトはゼネコンや設計会社に丸投げするケースがいまだ多く、予算超過やスケジュール遅れになる場合が少なくありません。そういったことが起きないように、また起きてしまった場合は正常化すべく、発注者の代理人としてプロジェクトを管理することを生業にしています。「建築プロジェクトの駆け込み寺」として、これまで数多くのプロジェクトを正しい軌道に戻してきた実績がありますので、お困りの際はご連絡ください。

 また、最近は国内外における社会インフラPPP(Public Private Initiative:官民連携)プロジェクトの組成もビジネスの柱に育ちつつあります。新興国や途上国が有料道路や上下水道などを整備する場合、民間資金を活用するケースが増えています。コンセッション(運営権を一定期間、民間コンソーシアムに売却するPPPの一手法)が可能なプロジェクトのタネを見つけ、企業が参画できるプロジェクトに仕上げるという仕事です。

 私が愛知県の政策顧問として愛知県国際展示場のコンセッションに関わったご縁で、国際展示場の運営権を取った世界最大のイベント会社である仏GLイベンツや、フランスが世界に誇るインキュベーション施設「ステーションF」などとの関係が生まれました。そういった関係が、アタリ氏によるシンポジウムという企画につながっています。

 また、今回のシンポジウムを主催した3社団法人についても簡単に説明します。

 一般社団法人建設プロジェクト運営方式協議会は、建設プロジェクトの多様な運営方式の普及と、プロジェクトを担う発注者サイドの人材育成を目指す協議会です。従来、日本の公共工事では設計と施工が分かれた分離発注が一般的でしたが、ゼネコンに設計と施工を一括して発注するデザインビルドや専門工事などの原価を開示するオープンブック方式など、発注方式が多様化しており、プロジェクトごとに最適な発注方式を選択することがコストや品質を管理する上で重要です。建設発注でお困りの企業・自治体の方は、当協議会にご連絡ください。

 一般社団法人環境未来フォーラムは、低炭素循環型のコンパクトな街づくりを官民連携で進めるために調査・研究を行い、地方自治体や省庁などの関係機関に提言するプラットフォームを目指して活動する組織です。現在は水循環やスマートシティに対する政策提言なども行っています。法人・個人とも会員を広く募っています。

 一般社団法人PPP推進支援機構は、海外のPPP(Public Private Partnership:官民連携)プロジェクトで案件を獲得するためのプラットフォームというべき存在です。有料道路など海外PPPを手がけるには、事業化にふさわしいプロジェクトの抽出と相手国政府などとの連携が欠かせません。当機構では、こういったプロジェクトのスクリーニングや交渉のサポートなどを手がけています。海外の社会インフラPPPに進出したいというニーズのある企業は是非ご連絡ください。

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