
尾崎裕哉が初のフルアルバム『Golden Hour』を完成させた。
2017年リリースの「Glory Days」(EP「SEIZE THE DAY」収録)以外はすべて新曲で構成された本作には、プロデューサー陣にトオミヨウ、SUNNY BOY、KREVA、さらにゲストプレイヤーに布袋寅泰、シンガーソングライターの大比良瑞希が参加。“青春の日々の追憶”を中心的なテーマに据えた歌、そして、現代的なオルタナR&Bとロック、ソウルが融合したサウンドが楽しめる充実のアルバムに仕上がっている。
ノスタルジーに溢れた楽曲とジャンルを超越したトラックが一つになった本作『Golden Hour』によって、尾崎裕哉はアーティストとしてのスタイルを示すことになるはず。本作について語ったこのインタビューからも、彼の確かな自信を感じてもらえるだろう。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 荻原大志
◆これまでの清算をしたいという意図があって
ーー 2017年春のデビューから3年半、ついに1stフルアルバムが完成しました。タイトルは『Golden Hour』 ですが、アルバムの制作に入った段階ではどんな構想があったんですか?
これまでにEPを2作出してますけど(「LET FREEDOM RING」「SEIZE THE DAY」)、そこに入っていない曲を含めて、これまでの清算をしたいという意図があって。サウンドに関しては今のエッセンスに近づけているので、中庸を狙っているところもありますね。楽曲のストーリー的には……自分のケータイの壁紙にもしてるんですけど、サント=ヴィクトワールという南仏の山があって。
ーー アルバムのジャケットにもなってますね、そのスマホの写真。
そうなんです。セザンヌが最後まで描き続けた山なんですけど、そこで見た黄昏時の風景がずっと記憶に残ってるんですよ。ちょうど人生の転換期だったんですよね、そのとき。大学院を卒業した頃で、「これからの人生、どうしよう?」「本当に音楽をやるのか?」と考えていて。プライベートの出来事も含めて、そのときの風景と心情が焼き付いているんです。そのことをベースにしながら、日記的な歌詞だったり、自分を鼓舞するようなメッセージの曲を書いて、それをアルバムにまとめて。そういう意味では、写真のアルバムのような感じもありますね。“追憶”もテーマの一つ。“Golden Hour”は1日のうちのいちばん美しい時間のことなんですけど、僕自身の過去を振り返っても後悔は何もないし、青春そのものが“Golden Hour”だなと。サント=ヴィクトワール山の風景、そのときの思い、これまで歩いてきた道が一つになったアルバムだと思います。
◆今回はパーソナルな部分がかなり出ていると思います
ーー 尾崎さん自身のノスタルジーが含まれたアルバムなんですね。
ほぼノスタルジーじゃないですかね(笑)。曲を書くときは、自分のなかにあるノスタルジーを切り取りながら形にしてるんです。それはもしかしたら他人の共有できないことかもしれないけど、アーティストにはエゴイスティックなところも必要なので。もちろん“リスナーにわかってもらう”ということも大事だけど、今回はパーソナルな部分がかなり出ていると思います。
ーー ちなみに音楽の道に進むことを決める前は、かなり迷ったんですか?
はい。そもそも、そういうことが可能なんだろうか?っていう。親が有名だからといって、自分がやれるかどうかは分からないし、難しいだろうなと。CDが売れなくなって、業界自体も「この先はどうなるか分からない」という感じだったし。すべてが未経験だったし、「何も見えないけど、ただ前を見る」という時期でした。ちゃんと曲を書き始めたのも、大学院を卒業してからなんですよ。それまではモラトリアムというか、守られてたところもありますからね。
ーー 音楽家としての旅立ちの時期でもあった、と。サウンドメイクに関しては、現代的なR&B、ヒップホップのテイストも感じられて。
そうですね。フランク・オーシャンの『チャンネル・オレンジ』(2012年)を聴いて、そこからポストR&B系のサウンドを聴くようになって。このテイストをJ-POPに昇華したいと思って、ビート作りにも興味を持って、自分でもやるようになったんです。ただ、もともとロックがルーツなので、R&B系のトラックメイクはどうしても真似事なんですよね(笑)。そこはSUNNY BOYさん、トオミヨウさんという音楽IQの高い方々にお願いして。そのうえでロック、ソウルの生感も加えながらサウンドを作っていった感じですね。僕はすごく“いなたい”人間なんですよ。ギターを弾いていても、ペンタトニックのブルース・ギターになるし、ジョン・メイヤーみたいなスタイルも好きだし。一方で聴いているのは現代のトラックなので、その相反するような要素を合わせた感じもあります。
◆「出来上がったときに意味がわかる」という経験は、この曲以外でもけっこうあって。不思議ですよね
ーー 収録曲についても聞かせてください。「Awaken」はまさに未来に向かって進み始めた瞬間を捉えた楽曲。<さぁ 目を覚ませよ 怖がりは捨てていこう>もそうですけど、確信に溢れた歌詞も印象的でした。
書いている最中は、よくわかってなかったんですよ。1stヴァースがすんなり出てきて、2番からはいろいろ考えながら書いて。最初は全部日本語だったんですけど、英語のフレーズも入れたりして、「これでいこう」と決めて、レコーディングして形になったときに初めて「こういう意味だったのか」とわかって。過去に自分が人を裏切った経験だったり、自分から離れていった人のことだったり、いろんなシーンに合う曲だなって。「出来上がったときに意味がわかる」という経験は、この曲以外でもけっこうあって。不思議ですよね。
ーー 「Awaken」の楽曲のプロデュースはトオミヨウさんですが、歌詞の話もするんですか?
いや、歌詞のことはあまり話さないです。トオミさんにお願いするのはサウンドですね。まず自分でデモ音源を作って、それをブラッシュアップしてもらったり。自分のデモにあるエッセンスも残してもらっていることが多いですね。歌詞については、須藤 晃さん(尾崎 豊、浜田省吾、玉置浩二、石崎ひゅーいなどの作品を手がけたプロデューサー)に相談してますね。大体「いいんじゃない」が多いけど、シンガーソングライターに対して、リリックのことまでディレクションできる方はそうはいないので。尾崎 豊もそうですけど、彼が手がけたアーティストの歌詞は素晴らしいですからね。
◆「(日本語の)歌詞がわからないのに好きって言ってくれるということは、いい曲なのかな」と思って
ーー 「Road」は壮大なトラックと力強いメロディ、<自分らしく生きるしかないんだ>という意思が重なり合うナンバー。この曲は尾崎さんが初めて完成させた楽曲だとか。
22才のときですね。バークリー音楽院のサマースクールに参加して、「絶対に1曲目を書くんだ」と決めて。作った曲を批評し合うクリティーク授業のとき、僕の曲に対して半分くらいの人が「いい曲」と手を挙げてくれたんですよ。そのときに「(日本語の)歌詞がわからないのに好きって言ってくれるということは、いい曲なのかな」と思って。そのことをきっかけにして、「自分はこれでいい」って納得できるようになったんです。それまではなかなか曲を完成させることができなくて……完成させるって、怖いことなんですよね。「これでいい」と踏ん切りをつけて、形にするってことだから。僕はそんなに強い人間ではなかったし、人に言われたことを気にするタイプだったので。
ーー 曲を書き、完成させることで人として強くなっていったのかも。バークリーで学んだことも良かったのでは?
そうですね。ジョン・メイヤーにソングライティングを教えた人がいて、その人のオンライン授業を受けて「すごいな」と思って。僕が参加したサマースクールは2週間のコースだったんですが、本当にすごい人だったし、得られたものも多かったですね。
◆普通はアルバムのなかで1曲だと思うけど、2曲とも2役必要だったし、だったら両方歌ってもらおうと思って
ーー アルバム『Golden Hour』はゲスト陣も多彩。まず「つかめるまでfeat.大比良瑞希」「音楽が終わる頃feat.大比良瑞希」にはシンガーソングライターの大比良瑞希さんが参加。
これも須藤さんのアイデアなんですけど、「女性ボーカルと一緒に歌ってみないか?」と言われて。僕は新しいアイデアに寛容なほうなので、すぐ「いいですね、試してみましょう」と。誰にお願いしようか考えているときに、あるライブに行って、そこで大比良さんに久々に会って。須藤さんも彼女のことを気にしていたから、音源を聴いてもらったら、「声と雰囲気がすごくいい」と言ってくれて、一緒に歌うことになりました。普通はアルバムのなかで1曲だと思うけど、2曲とも2役必要だったし、だったら両方歌ってもらおうと思って。レコーディングのときも、僕にはないアイデアを彼女からもらったし、すごく良かったですね。大比良さんはLUCKY TAPESをはじめ、いろいろなプロジェクトに参加していて、コーラスのノウハウも持っていて。基本的にはソウル、R&B系ですが、僕と似ているところもあると思うんですよ。ダニエル・シーザーとH.E.R.のデュエットのようなイメージもありますね、今回の2曲は。
ーー そして「想像の向こう」はKREVAさんが作詞・作曲・プロデュースを担当。
クレさんはもともと、僕が一方的にファンだったんですよ。大学生の頃から毎年ライブに行ってたし、アルバムでいうと『GO』『SPACE』が好きで。ファンクラブでライミング講座をやってるんですけど、それもすごく勉強になりました。日本語で韻を踏んだり、ラップする方法がわからなかったんだけど、すごく丁寧に説明していて。自分の作詞にも取り入れているし、ぜひ一緒にやりたいですと声をかけたら、快諾してくれて、いつの間にか曲まで出来てたっていう(笑)。
ーー 尾崎さんの音楽性にはヒップホップ、ラップの要素も入ってるんですね。「143」はSUNNY BOYさんのプロデュース。
SUNNY BOYさんも気に入ってるみたいです(笑)。もともとこの曲は、リハーサルのときに僕が弾いていたコード進行がもとになっていて。「いつか曲にしたいね」って話してたんですけど、曲にして録ってみるとすごくいい雰囲気だったんですよ。
ーー ストレートなラブソングですが、歌詞には尾崎さん自身の体験も反映されているんですか?
「143」はテーマを話し合いながら作った曲で、20代から30代くらいの女性のペルソナを立てて、世界観を作っていったんです。なので自分の経験というより、空想したことが中心ですね。
◆ラブソングというより、「大人になる」ということを歌いたかったんですよ
ーー なるほど。ちなみに「音楽が終わる頃」はどうだったんですか? 恋愛を通して、青春の終わりを描いた曲ですが。
「音楽は終わる頃」はわりとパーソナルな経験がもとになってます。「これを形にしたい」という思い出があったので。ラブソングというより、「大人になる」ということを歌いたかったんですよ。20代の後半になると、恋愛の目的が変わってくる。そのことに気づいたときに、「大人になるって、こういうことなんだな」と。ダンスフロアで踊ってればよかった時期が終わって、次のフェーズに入ったというか。
ーー その移り変わりは、アルバム全体の雰囲気にも影響していると思います。そして「Rock ‘n Roll Star feat.布袋寅泰」には、なんと布袋寅泰さんがギターで参加。
まさにロックンロールスターですよね。布袋さんには、どこか詩的なところがあると思っていて。ギターのフレーズにも、それを感じるんですよね。BOOWYやソロの作品もそうですが、今井美樹さんの楽曲をはじめ、歌モノにおける布袋さんのギターが大好きで。歌に対する寄り添い方、プロデューサーとしてのマインドも素晴らしいんですよね。この曲のギターもすごく切なくて。アウトロのギターなんて、もっと派手に弾いてもいいところなのに、あえてそうしないんですよね。
ーー 詩情豊かなギターですよね。この曲の歌詞には、どんなモチーフがあったんですか?
自分の父親を見て感じたことでもあるんですけど、「俺も高校中退したほうがいいのかな」と思ったこともあって。音楽で成功した人は、破天荒で破綻した人生を送っている人も多い。でも現実的には、僕みたいな普通のおぼっちゃんが音楽を好きになって、ロックンロールスターに憧れていて……そういう歌ですね、これは。自分が普通であることに悩んでこともあるけど、どんな環境であっても自分次第だっていう。
◆ただ、「まだほんの一部なんだけどな」という気持ちもあって
ーー <窓ガラスを割ったこともない>というパンチラインもあって。
ハハハ(笑)。歌詞のサンプリングですね、これは。自分の父親の歌詞をモチーフにして、自分の歌詞に入れ込むっていう。遊び心です(笑)。
ーー 最初に聴いたとき、ちょっとびっくりしました(笑)。アルバムを作り上げたことで、アーティストとしてのスタイルを提示できたという実感もあるのでは?
そうですね。ただ、「まだほんの一部なんだけどな」という気持ちもあって。もっとギターを弾いても良かったと思うし、ソウル、ブルースのサウンドを入れたいという気持ちもあって。それは次回以降でやっていきたいなと。サウンド感としては、洋楽と邦楽の垣根を超えていきたくて。ギターの音ももっと奥行きを出したいし、いろいろと追求していきたいですね。
尾崎裕哉 “青春の日々の追憶”をテーマにした歌詞と様々なサウンドアプローチから見えてくるアーティストとしてのスタイル。初のフルアルバム、その手応えを訊くは、WHAT's IN? tokyoへ。
(WHAT's IN? tokyo)

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