大統領選挙まであと約2週間。日本のメディアは概ねバイデン勝利を示唆する内容になりつつある。それは良しとして、この半年の日本人の米国評を見ていると、あまりにも「自分は米国をよく知っているぞ」と言わんばかりのものが少なくない。

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 養老孟司氏が『バカの壁』を上梓してから17年半が経つが、日本人の「わかっているつもり」になる習性は今も変わらないらしい。しかし、それでは判断を間違うリスクがある。

 米国に関連しての日本一の「バカの壁」は、ハワイ・真珠湾で米太平洋艦隊を完膚なきまでに叩きのめせば米国から早期講和を求めてくると考えた山本五十六連合艦隊司令長官ではないだろうか。事実は真逆で、クリスマス前のホリデー気分でいた米国人のヤンキー魂に火をつけ、最後は原爆投下という悲劇まで生み出してしまっている。

「バカの壁」は欧州その他の地域に対しても同じだと感じるが、本稿では、筆者も自省の念を込めて、まず米国への論評について考えてみたい。

米国を「わかっているつもり」の5パターン

 メディアがオンライン化して、記者を職業とする人以外にも論考を発表できるようになった。またSNSでは匿名で意見を発信できるようになり、我々が手にする情報は爆発的に増えた。2016年の米国大統領選挙では、SNSが虚偽の情報を確認しないまま拡散したと問題にまでなった。しかし、これもまた米国の現実を知る情報である。鑑識眼さえあれば、ほぼ無限に近いほど視野が拡がる時代となった印象を受ける。

 米国のメディア情報は英語で書かれているため、どうしても日本のメディアや一般寄稿者が書いた日本語のものに目が行ってしまう。ところが、注意深く日本語情報を読んでいると、「わかっているつもり」のレベルが酷すぎるものが少なくない。中には全くとんちんかんなものもある。しかも、これらの論考には、それを正当化するための5つのパターンがあることに気付かされる。

 それは、(1)放送法が中立性の堅持を求めている日本と事情が異なるのに、米国メディアが取り上げたままを日本語にした記事(引用元を載せていないものもある)、(2)匿名の専門家に語らせる記事(本名の出せない記事は嘘と考えるのが基本)、(3)専門とは無関係な有名人に自分の書きたいことを語らせている記事(例えば、経済学者感染症学を語るなど)、(4)自分の知り合いの声や論文を纏めたような記事(単なる1グループの意見にしか過ぎない)、(5)受け狙いとしか思えない記事(米国人はマスクをしないのが常など)である。

 日本人は、第三者的な立場で冷静に米国を見つめることができる立場にいるのに、論考自体はいずれも第三者的視点を欠いている印象で、情報の偏りを招いている。中でも、自分達の意見を強化するために古い情報をあたかも現在のことのように書いていたり、日本人が読みたい内容に仕上げたものもある。また、木を見て森を見ず的に、全体の流れに合わせるために注力しすぎて本質を見ていないものも少なくない。一番困るのは、取り上げる事象の性格や歴史的経緯も調べずに、一つの事実だけに注目して議論を展開するものである。

 米国は日本の同盟国であり、第2の貿易相手国である。このため、この手の論考は日本の国益に影響する可能性があるのだが、恐らく、書き手はそんなことは全く気にしていないだろう。書き手も読み手も、日本人の多くは米国のことは自分に関係ないと考えているので、話題性があり面白ければ良いという感覚で、この偏りを無条件に受け入れてしまう印象がある。

 結局、ジャーナリストが持つべき正義感や信条、識見というものが低下しているのかもしれないし、一般の寄稿者には情報発信者に必要なリテラシーがほとんどないということなのではないか。

日本人の「バカの壁」の最新事例

 ここでは、米国についての「バカの壁」を5つ紹介する。ただし、上述の5つのパターンとそれぞれとの関係はない。

【具体例1】:ハンター氏(バイデン候補の次男)の不正問題はジャーナリズムの危機

 ハンター氏のパソコンからウクライナおよび中国の企業幹部を父親(当時のバイデンは副大統領)に会わせるなど、便宜を図って高額な報酬を受け取っていたとするニューヨーク・ポスト(NP)の記事が一面で出たが、FacebookとTwitterから情報源に問題ありとして、転送停止などの措置を取られたことの報道がある。

 この何が問題かといえば、大手SNS2社がジャーナリズムに対して影響力を行使している点だ。NPはニューヨークで最も歴史が長く、販売部数も多い中立の大衆紙だ。その新聞社が組織的に判断して一面に掲載した記事に対して、SNS企業が取り扱い制限を加えたことは、AI(人工知能)の賜物とかいう話ではなく、単に巨大情報企業経営者の個人的嗜好がジャーナリズムに挑戦しているに過ぎない。

 日本のメディアにとっても明日は我が身である。しかも、この2社はアンチ・トランプを公言しており、むしろ中立性が疑わしい。SNSはあらゆる面でアルゴリズムの活用が進んでいるが、アルゴリズムの改竄によりいくらでも偏りあるものにできる。

 ちなみに、2019年7月にニューヨークタイムズが出したトランプ大統領の電話記録(ウクライナゼレンスキー大統領に対して、武器供与の条件として選挙のライバルであるバイデン候補の調査を求めたという疑惑)は、情報源が共和党議員に公開されないままに大統領弾劾裁判までなった(今も不明)。しかも、収賄側の事実無根との主張を無視した贈賄罪の追及であった。愚かとしか言いようがない。

 この時、大手SNS2社は転送制限などを加えていない。今回との扱いの違いが甚だしい。

 なお、今回は贈収賄事件ではない。ハンター氏はロビイスト登録がないのに海外企業またはその希望を米政府関係者につないだというロビー活動に関する法違反である。事実確認は容易であり、これは2017年に、同様の容疑でマイケルフリン大統領補佐官を問題発覚とほぼ同時に逮捕したのとは大きな違いだ。

 日本で流布されている米国関連記事は、こうした分析の鍵には全く触れていない。なお、このフリン氏については、FBIが容疑を認めないと家族に害が及ぶと脅した、とのおまけまでついている。

「合衆国」の意味を本当に理解しているか?

【具体例2】:米国の民主主義制度に対する批判は的外れ

 米国では、投票したい人は選挙登録をし、投票結果は間接選挙制に基づき州ごとのルールで選挙人が選ばれる。これを、日本のような全国画一のルールとし、18歳以上の日本国民全てに投票案内が来るようにせよという主張がある。

 主張の根拠が間違っている。そもそも民主主義の形はその国々が自由に決めて良いもので、それを他国民が実情や歴史を理解しないままに指摘する問題ではない。米国は地方自治の強い国で、州が連邦政府に外交などを任せているとの形なので州ごとの違いは当然。州によっては国からの独立手続きを持っているところもある。

 一方、日本で18歳になると自動的に投票案内が地方自治体から送られてくるのは、住民登録制度があるからだが、一票の重みについては米国の方が国勢調査ごとに修正している点を見逃してはならない。また、これらの日米での違いは投票率の差に有意な違いを与えていない。

 これは、米国人が、日本の公務員には天皇陛下による任官を受ける人がいるが、これを勝手に権力の根源とする輩がいるから象徴天皇制を変えるべきだ、と言っているようなものだ。

なぜペロシ下院議長にPCR検査を求めない?

【具体例3】:トランプ大統領の病気の公表を求めたのであれば、バイデン候補も同様とすべき

 大統領であるトランプ氏のコロナ感染について公表を求めるのは正しいが、一方で公平性に欠けているように感じる。74歳と高齢のトランプ大統領が健康問題で執務を取れないリスクがあるなら、確かに大統領という激務には相応しくない。しかし、それなら、認知症の疑いなど健康上の問題が噂されるバイデン候補も医師の診断書を公開すべきだと指摘するのが中立なやり方で、日本を含めた海外メディアに期待されるところではないだろうか。

 CNNのニュースキャスターの一人は、トランプ大統領の病気に関するコメントを感染症医師ではない人々と何度も議論してきたが、バイデン候補の認知症についてのコメントが出た瞬間に、「我々は医師ではない」として話を止めてしまった。

 そもそも、バイデン候補は、脳神経に関する病気を二度患ったことを認めている。また、共和党の議員に対するPCR検査の結果を公表せよというのであれば、民主党議員にも求めるべきだろう。これも、海外メディアゆえの中立的な立場だからできることではないだろうか。

 ペロシ下院議長は、8月にサンフランシスコの美容院に行き、そこでマスクをしなかったというビデオが公開された。この美容院のオーナーはペロシ下院議長の要請でお店を開けたのだが、逆に同議長から「はめられた」と発表され、甚大な営業被害を受けた。テレビで泣いて訴えていた。

 この経緯とともに、同議長を含む全議員にPCR検査を求めるというのもあるべき論のような気がする。彼女はPCR検査自体を拒否している。

お手盛りだったバイデン陣営のタウンホール

【具体例4】:タウンホールは司会者がトランプ大統領を痛めつける場ではない

 10月15日に予定されていた第2回大統領候補TV討論会が中止された穴を埋めるため、両候補は同じ時間帯でタウンホールを開いた。タウンホールとは会場からの質問に大統領候補が答える形式のものだ。ここで、トランプ側のタウンホールの女性司会者が大統領の白人優先主義を認めさせたと「してやったり」いう報道が出た。

 ところが、重要なことはそれではない。そもそも1時間のタウンホールで一般国民大統領候補への直接の質問をできる機会を作ったにもかかわらず、その司会者が20分(全時間の3分の1)もの時間を独占した結果、予定した質問者がカットされたことの方が問題である。

 大切なタウンホールが邪魔されたことについての指摘が全くない。

 この件は、女性司会者が一般市民を馬鹿にしているから起こったことであるうえ、この司会者の夫は民主党で働いてきた人間なので、この20分間の論調がトランプ批判になったのは当然だとも言える。不自然であった。

 なお、バイデン候補のタウンホールの司会者は、オバマ大統領のスピーチライターで、質問者の中で投票相手を決めていないとの紹介があった人も、実は仕事が民主党のことをやっていた。お手盛りだったことへの調査と報道をすべきだろう。

急速に治安が悪化しているニューヨーク

【具体例5】:全米主要都市の治安の悪化問題に触れないのはなぜか

 10月に入り、ニューヨーク市警が「アジア人・ヘイトクライム・フォース(AHCF)」を組成した。米中問題の悪化で反中感情を持った市民ほかから、中国系のほか、日系、韓国系が被害を受けるケースが増えているのが理由だ。ニューヨーク市は2020年5月のフロイド事件以降、急速に治安が悪化している。そこにはコロナ禍への対応で囚人を開放したことの影響も出ている。

 同市は、今やジュリアーニ元市長が変革する前の犯罪の街に後戻りしてしまった。全米の主要都市、中でも北部の主要都市の治安悪化は著しい。黒人の差別撤廃を求めるデモというのは、現実には暴動の嵐で、そこには彼らの言う正義はない。それどころか、BLM(Black Lives Matter)の幹部は、様々な店舗からの略奪行為を、奴隷開始から400年間の借りを返してもらったのだと正当化している。これを報道しないと真実が伝わらない。

 一方、米国におけるアジア系に対する差別的な行為は、近年増加していた。例えば、ニューヨーク市の小・中学校では、成績優秀者の能力をさらに伸ばそうとする仕組みがあるが、昨年、それを成績ではなく人種割合で選ぶという形に変更した。アジア人の成績優秀者が多すぎることへのデブラシオ市長の反発だった。

 高等教育でも、ハーバード大学やエール大学における合格者におけるアジア人比率を下げるというような問題が出てきており、裁判にもなっている。アジア人への態度の硬化は、米中対立の構図とは無関係に進んでいたのだ。

 こういった話を報じる日系メディアの報道は寡聞にしてほとんど聞かないが、米国における日系人を守る発想がないというのは正しいことなのだろうか。また、黒人差別は大問題ながら黒人による犯罪も問題である点を報道するというバランスが必要ではないのだろうか。

 9月27日、日本人ピアニストの海野雅威氏が、ニューヨーク市内の地下鉄の駅で8人の若者に「チャイニーズ」と叫ばれて暴行を受けた。ピアニスト生命を脅かされるような大怪我だ。しかし、これについて正確に取り上げる報道を見たことはない。8人の若者の人種は何だったのかなどまで書かないと、現地に住む日本人は誰に対して警戒を高めればいいかがわからない。これは、人種差別問題ではなく、治安問題であり、日系人のリスク拡大の実情問題なのだ。

 このような問題は枚挙に暇がない。恐らく、「バカの壁」ではなく確信犯のことも少なくないだろう。しかし、それでは、米国の分析が不足していた大日本帝国の軍部が国を破滅に導いたのと同じリスクが生じかねない。

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