「葉っぱ」しか食べないって本当?

「ビーガニズム」という言葉をご存じだろうか。この言葉に、どのようなイメージを持っているだろうか。「一部のセレブや若い女性の間で取り入れられている新たな食のブーム」や「欧米の環境保護的なイデオロギー」、または「スピリチュアルなニューエイジ思想」と思っている人もいるかもしれない。

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 ビーガンとは、ベジタリアンが食べない肉や魚はもちろんのこと、ハチミツや乳製品、卵、ゼラチン豚由来)の使われているゼリーなども食べない人のことだ。より厳密にいうと、ビーガニズムとは、できる限り人間が動物を搾取しないという考え方と(それに基づく)行動である。だから徹底したビーガンは、食品に限らず、革やウールなどの動物性素材、動物実験の行われているコスメなどの商品も拒否する

 ビーガンになじみのない人たちが食について最初に思うのは、「葉っぱばかり食べていて、タンパク質は足りているのか。栄養不足にならないのか」という疑問だ(実際に、一昔前まで英語の“Vegetarian” は「軟弱」を連想させる言葉だった)。しかし、ビーガンベジタリアンは、決して「葉っぱ」ばかり食べているわけではない。さまざまな野菜に加えて、豆類やナッツ類、果物、穀類、種子から必要な栄養素を取っている。
 
 中でもたんぱく質が豊富な豆類は、「畑の肉」と呼ばれる大豆を筆頭に、エンドウ、小豆など種類も豊富である。最近は日本でもブラックビーンズやレンズマメなどの海外の豆類も手に入りやすくなってきたので、料理のレパートリーも広がってきている。カレーやラタトゥイユには肉の代わりに、レンズマメや大きめにカットしたブラウンマッシュルームを入れると風味が増して満足度もアップする。

トップアスリートがビーガンになる理由

 また、動物性タンパク質を一切使わない大豆ミートなどの代替肉や、乳製品の代替品も大きな注目を集めている。

 海外では、植物性の原料だけで作ったソーセージベーコン、卵、アーモンドミルクに代表される植物性のミルクヨーグルト、チーズなど、ほとんどの食品を植物性でまかなえるようになってきた。ヨーグルトメーカーとして有名な「ダノン」の主力商品は、今や「アルプロ」というブランド名で売り出しているラインアップが豊富な植物性ミルクだ。

 これまで様々な食のブームの火付け役となってきたのは主に女性たちだった。実際にビーガンも、男性より女性の方が多いと言われている。もっとも、最近注目されているのは、ビーガンへとシフトする世界中のトップアスリートの存在だ。

「肉が筋肉を作る」の虚像

 2018年に米国で公開されたドキュメンタリー映画『ゲームチェンジャー スポーツ栄養学の真実』(原題“THE GAME CHANGERS”)は、実際にビーガンになったアスリートたちのパフォーマンスが飛躍的に向上した様子を実証的に描き、肉こそがパワーとスタミナの源だと考えられてきた既成概念を打ち砕いたことで話題を呼んだ。

 これまでスポーツ選手は多くの肉を積極的に食事に取り入れてきた。しかし最新の栄養学では、動物性たんぱく質が血流を滞らせ、パワーや持久力や弱め、疲労回復を遅らせるという皮肉な事実が科学的に証明されている。また、実際に多くのアスリートたちがその効果を体感するようになったという。彼らは異口同音に、植物性の食事に切り替えたことによって、劇的に持久力や瞬発力、集中力、疲労回復力が向上したと語る。

 ちなみに、ドキュメンタリーの中でビーガンアスリートとして紹介されていたのは、陸上の王カール・ルイス、「世界最強の男」と言われているパトリック・バブーミアン(世界記録保持者)、テニス世界ランク1位ノバク・ジョコビッチ、F1で勝利数最多のルイス・ハミルトン自転車競技でオリンピックメダリストのドッチィ・バウシュ、総合格闘家のネイト・ディアスなど枚挙に暇がない。

「肉が筋肉を作る」というセオリーは、もはや絶対的だとは言い切れなくなっている。このようにビーガニズムは、単なる一過性の流行やニューエイジ思想ではなく、いまや栄養学や医学に裏打ちされた合理的な選択だと言われているのだ。

ビーガン市場を牽引するフレキシタリアン

 市場として見ても、欧米、アジアも含めたグローバルな規模で、ここ10年ほどビーガニズムは無視できないほど急成長している。最新のデータによると、2018年の世界のビーガンフード市場は142億ドル、2026年までには314億ドルの需要が見込まれている。2019年から2026年までの年平均成長率(CAGR)は10.5%という予測だ。

 しかし、実際のところ、数でいえばビーガンはまだまだマイノリティだ。例えばマーケットリサーチ会社のKanterによると、イギリスでは「ビーガン」と名乗る人たちはたったの3%程度。肉を食べる人たちが圧倒的に多数派だ。(Kanterのレポートはこちら)

 このようにビーガンが数の上ではマイノリティであるにもかかわらず、ビーガンが市場として急成長しているのはなぜだろうか。それは「フレキシタリアン」あるいは「セミ・ビーガン」と呼ばれる層が増えているからである。

 これは、例えば普段はビーガンでも人と会食する時だけは基準を緩めたり、徹底したビーガンではないができる範囲で植物性の食生活を選択したりしている人たちのことだ。先ほどのKanterの調査にもあるが、イギリスでは完全なビーガンではないが、このように肉を食べることを控えている人たちは14%ほどいる。

 また、「フレキシタリアン」や「セミ・ビーガン」とまでいかなくても、肉の消費量を週に1回だけでも減らそうという試みは世界的に広がっている。

 例えば、「月曜はお肉をやめよう」というムーブメントである「ミートフリーマンデー」は、今や世界40か国以上に広まっている。月曜日は多くの学校給食や社食のすべてのメニューから肉が消え、また家庭で実践する人たちも増えている。イギリスではビーガンフードの92%は実はビーガンでない人たちによって消費されており、ビーガン市場を牽引しているのは、実は多くのフレキシタリアンや肉の消費を抑えようという社会全体の動向なのだ。

ビーガニズムがブームで終わらない理由

 このようなビーガン市場の拡大に伴って、世界的な大企業ビーガンの存在を無視できなくなっている。もはや飲食業界で生き残るには、ビーガン対応メニューが不可欠と言えるほどだ。

 現に、海外のマクドナルドやバーガーキングでは、代替肉を使ったビーガンダブルチーズバーガーインポッシブル・ワッパーといったハンバーガーが販売されているし、あのケンタッキーフラインドチキンKFC)ですら植物性原料で作った「ビーガンチキン」をメニューに入れざるを得なくなった。

 その影響は、外食産業だけでなくスーパーにも及んでいる。筆者は最近までイギリスに住んでいたのだが、大手スーパーでは肉や乳製品の売り場が縮小する一方で、年単位ではなく数か月単位で、ビーガンフードの売り場面積が広くなってきていることを肌で感じた。

 なぜビーガニズムは一時的なブームで終わらず、ここまで継続的に成長し続けているのだろうか。人々がビーガニズムを選択する背景には、主に環境問題、アニマルライツ、美容、健康などが挙げられる。ちなみに、日本ではアニマルライツを理由にビーガンになる人が多いが、欧米では環境問題を理由にビーガンになる人が多い。

 アニマルライツで主に問題となっているのは、家畜を「モノ」として扱う飼育状況や、屠殺に対する倫理的な側面である。また環境問題については、畜産業と温暖化や水質汚染、熱帯雨林の破壊との関連が指摘されている。大豆産業も熱帯雨林の破壊の第二の要因となっているが、世界自然保護基金(WWF)によれば、その大豆の70~75%は家畜の餌となっている(WWFのレポートはこちら)。

 ただ、実際に人々がビーガンを選択する理由が単一であることは少ない。むしろ、それぞれの理由は親和性が高いため、複数の理由でビーガンを選択する人が多い。

ビーガンにがっかりな商品とは

 環境問題に関心が高い人はできる限り環境破壊を食い止めたいという理由で、またアニマルライツを尊重する人たちは倫理的価値観から肉食を避ける。アニマルライツを尊重する人たちは、環境問題にも関心が高い場合が多く、その反対も然りだ。

 健康や美容を理由にビーガンを選ぶ人々は、植物性の食事の方がガンや心臓疾患のリスクを減少させる、ニキビができにくくなる、太りにくくなる、といった体の内側だけでなく、外側にもよい影響をもたらす効果を期待している。また、同時に原料がどこでどうつくられたのか、その安全性にもこだわっている。

 美容や健康を理由にビーガンになった人たちも、その後アニマルライツや環境問題と肉食の関連を知り、より一層ビーガニズムに確信を抱くようになることもある。

 企業側が、このような人々がビーガンを選択する背景を知っておくことは重要だろう。なぜなら、いくらその商品の原料が植物性であっても、包装がプラスチックを多用した環境に配慮のないものであったり、熱帯雨林の破壊の原因の一つとなっているパーム油を使用していたりすれば、ビーガンにとっては「ガッカリな商品」になってしまう可能性があるからだ。

 また、いくら動物が犠牲になっていないとしても、原料の生産や加工の工程で人権を無視した労働が課せられていたり、フェアトレードでないならば、それを問題視するビーガンもいるだろう。ビーガンの中には、単に動物性食品や製品を拒否するだけでなく、あらゆる搾取に対して可能な限り反対していこうとする人たちもいるからだ。

 今後、日本でも確実にビーガンの市場は拡大していくだろう。外食産業や食品小売業などの分野で真に消費者のニーズに合う商品を生み出すためには、「なぜ人々はビーガニズムを選ぶのか」という根本的な考え方を理解する必要がある。

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