今年8月に福島県鏡石町の町役場の職員が課長以上の人事を予想して現金を賭ける「人事ロト」を行っていたことが発覚。町は賭けを企画した男性らを減給処分にした。しかし、こうした職場での“野良博打”はこの町役場に限った話ではないようだ。

◆職場の恒例行事になっていた賭け行為

「上司も黙認していたというか、普通に参加していましたね。当時は別に賭けだとも思っていなかったです。聞かれてよく考えてみたら、あれって賭けだったなと気づきました」と明かすのはコンサルティングファームに勤務する玉井裕子さん(仮名・31歳)。

 就活では自分の裁量で働ける実力主義の業界を志望、都内の私立大学を卒業後は社員200人ほどの人材サービス会社に就職した。入社後は広告営業などの業務を経て、人材コンサルタントとして働いていたという。

「当時はインセティブ報酬がすごくて、同年代に比べたら給料はかなりよかったです。営業目標を達成すれば月単位でも『クォーター』と呼ばれる3か月単位でも、わりと大きなインセンティブが出ていたので、1年足らずで年収500万円以上はコンスタントに稼げるようになりました。もっと稼ぐ人も珍しくなくて、3年目で1000万円とか稼ぐ同期もいましたね」

ルールは「ほとんど馬と一緒」

 同期はほぼ全員が派遣先企業の開拓などを担当する営業職。目標に対する達成度や売上実績が1か月、3か月ごとにランキング化され、社内メールなどで全員に共有されるという成績至上主義の営業会社だった。そんな玉井さんが勤めて部署で「賭けの対象」になっていたのは営業成績だ。

「営業成績が15日間、30日間、3か月間のスパンで締まるんですけど、インセンティブの額が大きい30日間、もしくは3か月間単位で賭けることが多かったです。自分が賭けの対象だった時期もあるのですが、決まった賭けのルールはなく、気分で変えていました。個人ではなく、チーム単位や属性別で賭けることもありましたね。だいたい営業が強い人はわかってくるし、基本的に会社は営業部の中のチーム対抗で売り上げ見ていたので。ランキング上位3チームを当てる3連複みたいな賭け方もしたし、ほとんど馬と一緒ですね」

◆年間100万~200万円が賭けの対価として消える

 賭けに負けた場合は賭け参加者の飲み会の代金を奢ることが多く、もともと飲み会が非常に多い職場ということもあり、年間100万~200万円という単位のお金が賭けの対価として、職場の飲み会で消えたそうだ。

「たとえば、私のチームに後輩が2人、私の同期のチームにも後輩が2人のときに、私と同期で自分たちの後輩の中で誰が勝つかを予想します。ハズしたほうの奢りで全員で飲みにいくみたいな感じです。それだと計6人の飲み代なので、1人でだいたい3万円くらいの負担。現金を直接渡すこともありましたけど、その場合は相手チームの飲み代として1万~2万円とか。先輩社員が奢るのも当たり前だったので、自分が勝って現金もらったときはちゃんと部下との飲み代に回しました」

◆最も盛り上がるのは「新卒が配属される季節」

 一回の賭けに参加するメンバーは平均5~6人程度。しかし、新卒が入ってくる季節は特に盛り上がることが多く、20人近い社員が参加することもあったという。

「新卒は社内でも一番の注目の的で実力が未知数だから『顔がカワイイからこいつ』とか『あいつはなんか話がうまいから』とか、みんなであーだこーだ言って盛り上がりました。本人たちにも賭けのことは伝えているから、自分の部下たちに賭けて『ぜってぇ勝てよ』『あいつに負けたらどうなるかわかってんだろうな』みたいに発破かけたり…インセンティブもそうですけど、営業成績を達成することに対するゲーム感覚がすごく強い会社だったんでしたね」

 まったくとんでもない職場だが、常に営業成績に対する強いプレッシャーと戦わざるえなかったその職場のメンバーにとっては「ストレス発散のための最適の娯楽だった」と玉井さんは振り返る。

「当時は社員の平均年齢も20代後半とか若くて、いかにもベンチャーっぽい雰囲気でしたけど、今はもうさすがにやっていないと思いますね。その後、上場もしているのでずいぶんと“ホワイト化”しました」

 賭博は金額の多寡にかかわらず、許さない違法行為。玉井さんはどこか懐かしさを滲ませるが、社風の変化とともに姿を消したのは必然だったのかもしれない。

【伊藤綾】
1988年生まれ道東出身。いろんな識者にお話を伺ったり、イベントにお邪魔するのが好き。SPA!やサイゾー、マイナビニュース、キャリコネニュースなどで執筆中。毎月1日に映画館で映画を観る会”一日会”(@tsuitachiii)主催。

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