10月22日に米大統領選の第3回討論会がテネシーナッシュビルで開催された。1回目は双方がそれぞれを罵倒し合う泥仕合、2回目はトランプ陣営がオンライン開催を拒否したため中止(両陣営が同日同時刻にタウンホール形式の会合を開催)と、大統領討論会もカオスな状態になっている。11月3日の米大統領選まで10日。3回目の討論会の評価とこれまでの選挙戦で見えてきたことについて、米政治に精通した米在住の酒井吉廣氏に聞く。(聞き手は編集部)

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──10月22日に第3回の討論会が開催されました。まず、3回目の感想からお聞かせください。

酒井吉廣氏(以下、酒井):今回の司会者は上手く両者を制御したという評価がありますが、質問の仕方に偏りと知識不足があったと私は感じました。

──と申しますと。

酒井:国家安全保障のところは、ロシアイランの選挙妨害についてではなく、グローバルな米軍の動きと、米国を守る話をもっとすべきだったと思います。また、北朝鮮が新型大陸間弾道ミサイルの映像を流したことを取り上げましたが、同国の技術力の限界を考えれば、大きな問題ではありません。何を言いたいのかわかりませんでした。また、オバマケアについて「バレット氏が最高裁判事に加わることで・・・」と質問していましたが、趣旨が違うだろうと思いました。

 北朝鮮イランを含むトランプ政権のこれまでの対応について、バイデン候補は視聴者を見ながら「つけを支払うことになる」と繰り返しましたが、これではただの脅しです。妙な印象でしたね。

──両候補について、総論としての感想はどうですか。

酒井:その前に、前日(10月21日)のオバマ大統領バイデン候補への応援演説について、一言、触れておきます。

 正直言って、全くオバマらしさがありませんでした。スキャンダルとは無縁のスキャンダルフリーの前大統領が、トランプ大統領の中国における銀行口座を暴露するという、敵方のスキャンダルを口にしたのですから。オバマ大統領という民主党の切り札が出てきたのに、フィラルフィアは盛り上がりに欠けた感があります。実際、各紙の取り上げ方にも苦労の跡がうかがえました。

──これがどういう影響を与えるでしょうか。

バイデン候補は勝ちに行く気があるのか?

酒井:バイデン候補は、次男のハンター氏や自分のスキャンダル(副大統領時代のバイデン候補をウクライナや中国企業に引き合わせていた問題)を指摘するトランプ大統領に「お前の中国の銀行口座は何だ」と言い返しました。ただ、トランプ大統領は直ちに「2013年から2015年にかけて俺の会社は口座を持っていた。しかし、その時の俺は実業家だった。でも、お前は政治家なのに(特権を利用して儲けるとは)問題だろう」と切り返したのです。

 オバマ大統領が本当にバイデン候補を支援したいなら、前日にトランプ大統領の中国口座の話を出して相手に準備をさせるというのはディベート術としてはいただけません。そもそも、スキャンダルを絵に描いたようなトランプ大統領に何の効果があったのか、疑問に感じます。

──両候補の総合評価をお願いします。

酒井:バイデン候補は勝ちに行く気があるのか、それとも期日前投票の多くが自分を選んでいると考えて勝ったと思っているのか、「不思議な討論会」という印象を受けました。

 また、医療保険は民間でオバマケアを実現する、化石燃料の開発は当分の間は続けるなどと言って、これまで以上に中道派を意識したのは理解できます。ただ、それを明言することで超リベラル派の勢いを失ってもいいのかという疑問も湧きました。曖昧さで支持率を維持してきた人が、明確さを出す必要が果たしてあったのか、と。

 また、10月7日の副大統領討論会、10月15日タウンホールの時とは異なり、バイデン自身の持っている「真面目な政治家」という点を見てくれとも言いました。ただ、ハンター氏の疑惑などが出た討論会の場で言い出す話題ではなかったように感じます。

 一方、トランプ大統領は第1回に比べてルールを守りながら、無難に言うべきこと言っていたという感じです。ただ、表面的に両方を評価すると、バイデン候補の方が優等生の回答をしていたと思います。 

第3回の討論会はトランプ大統領にプラスか

──これまでの討論会を振り返ると、まともな政策論争にはなっていません。3回目はいかがでしたでしょうか。

酒井:バイデン候補は討論会に挑むという意識はまるでなく、視聴者を見ることに徹していたと言っていいでしょう。息子のハンター氏の話が出るのが嫌だったのだと思いますが、可能な限り、トランプ大統領を避ける雰囲気を感じました。陣営として、準備したやり方だったのでしょう。

 また、バイデン候補はトランプ大統領が話している際に話を遮るなど、いつもと違う印象でした。大統領が大人しいのだから、自分も従来通りの静かさでよかったと思います。

 一方、トランプ大統領にも「トランプ劇場」というか「トランプ節」はありませんでした。ただ、大統領の戦略としては、相手に大統領になる資格はない(自分にはある)ということを強調することにあったと思います。自分のやるべきことをやったという意味で、トランプ大統領の方がプラスだったと思います。

──それぞれの発言内容について詳しくお聞きします。まず、トランプ大統領の発言内容に何か見るべきところはありましたか?

酒井:ハンター氏の問題に話を集中したかったのだと思います。バイデン候補はこの問題から逃げられなかったですね。

 また、バイデン候補の記憶力の問題をさらりと使いました。典型は「化石燃料開発をしない」と言ったが違うではないかという話です。バイデン候補は「ビデオを見せろ」とやや興奮していましたが、トランプ大統領が明日見せると言うなど珍しく両者のやりとりとなりました。バイデン候補は興奮していましたね。

 そのやりとりの直後に、別の人がツイッターで、バイデン候補が2020年3月に言った「開発しない」という場面を投稿していました。ゼロエミッションの実現時期を2025年と言うなど、記憶力に問題があるのは否めないですね。

トランプとバイデンの差は縮まっている

──選挙直前ですが、トランプ大統領は相変わらず劣勢です。今回の討論会は巻き返しのきっかけになるでしょうか。

酒井:いや、数ある世論調査のうち、ラスムセンのような今回の選挙戦において信憑性が高いと言われてきたものを見ると、5ポイント程度の差に縮まっています。ただ、ここ一週間では特に新しい材料は出ていないので、この評価は難しいところです。なお、信憑性とは調査の仕方や調査母数などの総合判断です。

 支持率が縮まった理由をあえて探せば、ハンター氏の問題でしょう。彼の話が出た後、FOXニュース以外の大手メディアは無視しました。ただ、フェイスブックツイッターがこの報道に規制をかけたことで、かえって情報拡散につながりました。この影響かもしれません。

──バイデン候補の発言内容はいかがでしょうか。新しい発見はありましたか。

酒井:今回は、中道左派の人達をどこまで引きつけられるか、ハンター氏の話をどこまで回避できるか(または間違いだと言えるか)が見どころでした。前者は成功でしょう。それは超リベラルの反発を覚悟してのことだったと思います。

 一方、後者は失敗でした。ウクライナのブリスマ・ホールディングとの契約やそれに絡んだバイデン候補(当時は副大統領)の言動は、ホロウィッツ調査報告に出ていますので、今さら否定しても意味がありません。

 また、自分から「ロシアポルノ」と言ったのですが、それは息子のパソコンに入っていたものを知っているのか、FBIが前日にロシアイランの選挙妨害を説明したのであえて触れたのか、微妙でした。ハンター氏の件を、ロシアフェイク情報にしようとバイデン陣営が事前に決めていたのは事実でしょう。

──過去2回の討論会(1回はタウンホール)で、バイデン候補がサンダース上院議員やオカシオコルテス下院議員など党内左派の進歩主義者の影響をかなり受けていることが明らかになりました、民主党は中道と左派で分かれていますが、左派路線で大統領戦を勝ち抜けるでしょうか。

酒井:コルテス下院議員のツイート民主党の分裂を対外的に示すだけなので、サンダース上院議員に「黙って聞いていろ」とでも言われているのではないでしょうか。ただ、できないものはできないらしく、結局、討論会直後にグリーンニューディールのことをツイートしています。目に見える内紛の種なので、民主党内の分断をどうするかでしょうね。

実は接戦だと吐露した選対本部長

──ハンターバイデン氏の疑惑はどういう影響を与えるでしょうか。

酒井:冒頭でお話したようにオバマ大統領が、21日に1人で、フィラルフィアでバイデン支援演説をしました。ハンター氏への攻撃に対する反撃の狼煙のつもりだったのでしょう。ただ、それはトランプ陣営に事前の準備をさせるだけで、頭の良い彼とは思えないものでした。

 一方、米連邦捜査局(FBI)は極端に民主党寄りに傾いています。それを動かすのは難しく、もしかすると時間切れということも起こるかもしれません。ただ、ハンター氏の同僚だったボブリンスキ氏が報道陣を前に、問題を暴露したのは大きく、これを無視はできないでしょう。時間との戦いということではないでしょうか。

──トランプ陣営はバイデン候補との差を縮められるでしょうか。

酒井:注目すべきは、期限前投票が5000万通に近づいていることです。期日前投票の結果が半々ならば、トランプ陣営は予定通りの巻返しができると思います。

──支持率という数字に表れない兆候など何かありますか?

酒井:今の支持率格差は正しくないとバイデン陣営の選挙対策本部長を務めるディロン氏が発言し、ツイッターにも流したのに、ツイッターが直ちに削除されたのはご存じでしょうか。反トランプで大手メディアを含めて一致団結しても、実は接戦だと言ったわけです。

 これが真実だとすると、今回のバイデン候補の言動は合点がいきます。焦っているということです。なぜ焦るのかは今一つ不明ですが。

 同時に、ヒスパニックアジア系米国人がトランプ支持のための行動をしていることは意外と大きいかもしれません。不思議に思いますが、グーグル傘下のユーチューブハンター氏の問題を暴露した映像について、英語以外は放置している感じがします。中国語サイトですね。

──バイデン陣営、および民主党を見る場合の兆候というものはありますか。

酒井:大統領選と同時に実施される上院・下院議員選で、共和党の有力議員に対抗する民主党議員に対して、巨額なお金が集まっていることです。中には、いかにも中国人がつける名前の組織が散見されます。どう考えてもおかしいと感じます。

 コネチカット州の民主党上院議員予備選で、ロバートケネディの孫が楽勝ムードを覆されて負けました。この背景には、超リベラルコルテス議員の応援もあるのですが、対立候補の資金がなぜか急激に潤沢になったという事実も見逃せません。

本当に沈黙しているサイレント・マジョリティ

──バレット判事の指名は大統領選にどういう影響を与えるでしょうか。

酒井:バイデン候補と民主党議員の評価を下げると思います。最高裁判事の指名と承認は政治ではありません。また、バレット判事を最高裁判事に向かないと言いたいのであれば、公聴会で嫌がらせのような質問ではなく、もっと相手の懐に入り込むような質問が必要でした。バレット判事と民主党上院議員の知力の差だと思いますが。

 判事数を増やすというのもいただけません。バイデン候補は超党派で委員会を作ると言いましたが、仮に最高裁に保守とリベラルに分かれた問題があるとしても、最高裁そのものを政争の道具にするという発想は、バイデン候補らしくありません。

──ずばり、どちらが勝つと思いますか?

酒井:客観的に見て難しいのは、サイレント・マジョリティが本当に今もサイレントになっていることです。今回は世論調査に出ない人が増えていると言います。また、前回の大統領選で世論を捉えきれなかった世論調査の実施主体は問題を修正すると語っていましたが、トランプが良いと回答した人に「なぜか」と何度も聴き返したという情報も入っています。このような中で、支持率の差が縮まって誤差の範囲内に入りつつあるということは、無視はできないでしょう。

 また、バイデン候補の性格だと思いますが、黙って好印象度だけで勝負することに我慢できなくなったようです。これはマイナスです。これらを総合すると、まだトランプ大統領が有利ではないでしょうか。ただ、私の見方は米メディアの一般とは違います(笑)

──とはいえ、すぐに勝者は確定しませんよね。その間、米国も世界も影響を受けそうです。

酒井:期日前投票を逆の視点で見ると、コロナ禍が再拡大しているのだから、ぎりぎりまで引きつけた方が民主党に有利という考え方もできます。なぜなら、コロナ対応の失敗をトランプ大統領のせいにできるからです。実際、いよいよコロナ再拡大が本格化しています。

──どちらの陣営が勝利したとしても、世界経済には大きな影響を与えそうです。

酒井:ある意味では当然ですが、双方とも勝ちと負けを意識した準備もしています。私のところでも、民主党の方とのやりとりがありました。このあたりについては、また改めてお話させていただきます。

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