(舛添 要一:国際政治学者)

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 菅首相は、10月18日から21日まで、ベトナムインドネシアを訪ね、外交デビューを行った。両国とも日本との関係は良好で、欧米と違って時差もあまりなく、初の訪問先としては最適だった。しかも、インド太平洋地域においてプレゼンスを高めている中国を牽制することもできたのである。ただ、中国と険悪な関係にあるオーストラリアと違い、この両国は対中関係を徹底的に悪化させる気はないし、その点では日本の姿勢と同じである。

初外遊、ミスはないが華もない

 この初外遊は、菅首相自らが指示したものではなく、おそらくは外務省がセットしたものであろう。その意味では、今後の菅外交は、外務官僚任せの堅実な、しかし政治的リーダーシップを感じさせないものとなるであろう。

 スタンドプレーやパフォーマンスがないことは大きなミスにはつながらないが、首脳外交にはやはり華がなければならない。安倍首相にはそれがあったので、目立ち好きのトランプ大統領との親密な関係によって、日本のメッセージを世界へ発信することができたのである。

 菅首相は地味であるし、目立たない。今後は、先進国首脳会議など複数の首脳と同時にやり合わねばならなくなる。菅首相がトランプ大統領と対峙して、丁々発止と議論を展開している姿はあまり想像できない。その点では、トランプ大統領のように破天荒ではなく、地味なバイデン候補が大統領になってくれたほうが、日米首脳会談は上手く行くような気がする。

 そのアメリカ大統領選は、11月3日に行われる。各種世論調査を見ると、バイデン優位という状況である。これまで、米大統領選の結果を何回も見事に的中させてきたアメリカン大学のアラン・リクトマン教授は、今回はトランプが負けると明言している。しかし、別の大学教授は、トランプ勝利という予測をしている。

 アリゾナペンシルベニアミシガン、ノースカロライナ、ウィスコンシン、フロリダの6州が激戦区となっており、これらの州でトランプ陣営は懸命に巻き返しを図っている。

 あと10日間の選挙期間中に何が起こるかは分からないので、結果を軽々に予測することはできないし、郵便投票に関して不正などが指摘される可能性もある。しかし、今の段階で判断すれば、トランプ敗北の可能性が高い。

トランプにせよバイデンにせよ貿易面では保護主義的に

 それは、アメリカにおいて新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないからである。一日の感染者は7万人に上り、ミズーリ州とヴァーモント州を除く48州で感染者が増えている。これまでの感染者は820万人を超え、死者も22万人以上で、世界最悪である。アメリカの有権者の最大関心事は新型コロナウイルスの感染拡大であり、今の状況をもたらしたのは、トランプ大統領のコロナ対策の失敗であるという認識が広まっている。

 郊外に住む女性層が選挙結果に大きな影響を及ぼすと言われているが、彼女らの会話の大半を占める話題はコロナである。感染拡大で、経済活動が阻害され、困窮する人々も増えている。アメリカ経済を復活させたというトランプ大統領の主張が、有権者にすんなりと受け入れられる余地はあまりないと言ってよい。

 選挙の結果、バイデン勝利となっても、トランプ側は郵便投票の票の数え直しなどのクレームをつけてくる可能性があり、その場合には結果の確定が遅れることになる。この点も大きな不安定要因である。

 バイデン大統領が誕生した場合の日本外交について、問題点を指摘しておこう。

 良好な関係を維持していくことは、日米両国にとって重要であり、民主党政権が菅政権に難題を突きつけることはあるまい。しかし、これまでの歴史を振り返ると、防衛や貿易の分野で、共和党政権よりも民主党政権のほうが厳しい態度であった。防衛摩擦については、防衛費などの具体的数値目標で迫ることが多かったし、また貿易摩擦については、労働組合に支援されていることから保護貿易主義的色彩が強かったのである。

 ところが、トランプ大統領は、アメリカ第一主義の旗の下に、日本に対して、駐留米軍費の分担割合を増やすことや、農産物の関税を撤廃することを要求した。まさに、国民の歓心を買うためにあらゆる要求を打ち出してきたのである。しかし、安倍政権下においては、それが日米関係を揺るがすまでにはならなかった。

菅政権にはトランプよりバイデンのほうが好都合か

 トランプであれ、バイデンであれ、日米関係については大きな変化もないであろうし、不安定になるような要因もない。

 問題は米中関係である。トランプ政権下で、関係は悪化し、緊張が高まっている。バイデン政権になったら、米中関係が改善するわけではない。先端技術をめぐる熾烈な開発競争が展開されている。さらには、海洋進出を進める中国は各地で緊張を高めている。

 今回の菅首相のベトナムインドネシア訪問は、その中国の動きを念頭に置いたものであった。尖閣諸島についても、連日のように中国の艦船が接近し、領土的野心を示している。

 香港や台湾における反中国的動向にたいして、中国政府は厳しい姿勢で臨む決意であり、台湾海峡の緊張が高まっている。日本は中国と友好的な関係を維持してきている。しかし、アメリカやインドオーストラリアと共に中国封じ込めを進めていけば、中国の反発は強まっていくであろう。

 米中関係の過度な緊張を緩和させるという難しい課題に直面するケースが今後増えていくと思われる。菅首相が対応に窮するような状況が生じることも予想しておかねばなるまい。

 韓国との関係改善は、今のところ絶望的である。文在寅政権の与党代表である李洛淵(イ・ナギョン)前首相は、東京五輪を関係改善のきっかけとすることを示唆しているが、戦前の「徴用」をめぐる問題などの解決は容易ではなかろう。菅政権のほうから、関係改善に向けて妥協するという可能性は皆無に近いと言ってもよかろう。

 北朝鮮による拉致問題については、菅首相はこれまでも積極的に取り組んできたが、残念ながら、今の金正恩の姿勢を見ていると、解決の糸口すら見いだせない状況は続くであろう。

 北方領土についても、大きな進展が期待できない状況である。ロシア在日米軍基地を敵視するかぎりにおいては、プーチン大統領が打開策を提示することはほとんど期待できない。

 つまり、安倍政権下で問題の解決に至らなかった外交課題に対して、菅政権が新たな手を見いだせる可能性はあまりなく、その意味では外交面での大きな進展は期待できない。

 しかし、バイデン政権になった場合には、トランプ政権が離脱したパリ協定やイランとの核合意への復帰が日程にのぼる。その姿勢には、ヨーロッパと歩調を合わせて、菅政権は賛同してよい。地球温暖化対策を政策の1つの目玉にしようとする菅首相にとっては、渡りに船となるであろう。

 以上のような外交上の観点からも、米大統領選がバイデン勝利という結果になるほうが、菅政権にとっては好都合であろう。

世界各地で感染大爆発、日本も抜かりのないコロナ対策を

 ところで、世界では新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。感染者は4100万人、死者は110万人を超えている。ヨーロッパでの感染再拡大は厳しい状況で、各国は都市封鎖など厳しい規制を再び課さざるをえない状況である。春の第一波のときの3倍という感染者数である。東欧など、国によっては医療資源が逼迫してきている。

 夏のバカンスで人の移動が激しくなり、さらに経済活動の再開によって感染が拡大していったのである。日本人と異なりマスクの着用に不慣れであり、マスクは自由を束縛する象徴となっている。ヨーロッパから送られてくる映像を見ても、感染防止策をしっかりと講じているとは到底言えないような状況である。

 日本はこのようなヨーロッパの轍を踏んではならないが、現状を見ると必ずしも安心できる状況ではない。とくに東京のような大都市では感染が減っておらず、終息にはほど遠い状況である。菅政権の最大の課題はコロナ対策である。

 これから寒くなると、インフルエンザとのダブルパンチの可能性を想定しておかねばならない。コロナとの区別がつきにくく、まず検査の段階で能力を超えてしまう可能性がある。PCR検査を抑制してきたツケが出てくる。

 日本がヨーロッパのような状況になれば、菅政権に対する国民の信頼は一気に失墜する。携帯電話料金の値下げで補えるほど甘くはない。首相としての能力が問われるのはこれからである。

 感染防止と経済の両立は容易ではない。経済に傾斜しがちな菅首相であるが、感染防止策を蔑ろにすれば、その代償は大きなものとなる。

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