2020年度前期の“朝ドラ”こと連続テレビ小説「エール」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか)。第19週「鐘よ響け」は戦後編のはじまり。吉岡秀隆が主人公・裕一(窪田正孝)に重要な気付きを与える役を演じ、物語を大きく動かした。今回は名優・吉岡秀隆について、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)

【写真を見る】鬼気迫る演技が見事…!病床に伏せる永田武(吉岡秀隆)

■ 限られた表現手段で役の“人生や哲学”表現

吉岡演じる永田武は長崎の医師。原爆のことを克明に綴った「長崎の鐘」が注目されていた。モデルは医学博士にして作家でもある永井隆。

自身が大怪我をしながら被爆者の治療に当たった人のために尽くす人物・永井をモデルにした永田が裕一に語る「落ちろ、落ちろ、どん底まで落ちろ」という言葉の意味とは……。

はからずも自分の曲が戦場へ若い者たちを送り出す役に立っていたことを自覚して罪悪感のあまり戦後、曲が作れなくなってしまった裕一。劇作家・池田二郎(北村有起哉)のラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」で、戦災孤児たちを応援する曲を作ったことで、再び曲を作れるようになったものの、完全復帰とはいえず、まだ罪悪感が払拭されていない。妻の音(二階堂ふみ)は心配そうに見守っている。

「長崎の鐘」の曲を作るためはるばる東京から会いに来た裕一に、永田は「自分の贖罪のために作ってほしくない」と言う。

戦争のときも裕一は誰かのためを思って曲を作って来た。これからも焦土から立ち上がる生き残った人たちのために曲を作ることこそ役目なのだ。

「希望をもって頑張る人に エールを送ってくれんですか」と永田は裕一に希望を託す。

この永田という役が吉岡秀隆であったことでドラマがぐっと引き締まった。

突然の登場なうえ、白血病で伏せっている設定なので、回想以外の出番は、じっとベッドに寝ているばかり(半身は起こしている)で、表現手段が限られている。それでも、裕一を見つめる潤んだ瞳に、これまでの永田の人生と、そこから学びを得てきた深い哲学のようなものを宿らせていた。

自分も大変なときに原爆の被害に遭った人たちを救おうと大奮闘する医師の役なので、吉岡の代表作「Dr.コトー診療所」(フジテレビ系)で離島にて医療活動を行う医師の役を思い起こした視聴者も多かったようだ。ちょうど今夏、再放送もやっていたので、それも功を奏したのではないだろうか。

短い出番で役の説得力をあげるには、こういう先入観を利用することも有効である。吉岡秀隆と医者のイメージになんの違和感もなく、すんなり世界に入っていけた。

■ 昭和を代表する多感な少年・青年役といえば吉岡秀隆

吉岡秀隆といえば、「北の国から」シリーズ(フジテレビ系)のナイーブな少年(どんどん成長して大人になっていく)や、映画「男はつらいよ」シリーズでは寅さん(渥美清)の甥、「ALWAYS 三丁目の夕日」では主人公の小説家

国民的人気作にこれほどたくさん出て、その時代の日本人の気持ちを代弁するような役を担ってきた俳優である。昭和を代表する強くてかっこいい男が高倉健だとしたら、昭和を代表する多感な少年および青年は吉岡だった。

そんな彼が昭和を代表する女のドラマである朝ドラにこれまで出たことがなかったことが不思議なくらいである。ただ、平成になると、「エール」のチーフ演出家・吉田照幸の演出、木皿泉の脚本で、新しいタイプのホームドラマ「富士ファミリー」(2016、2017年)に出演している。そこでは、小泉今日子演じる妻に先立たれながらも彼女の実家で暮らしていたが、「エール」にも出ている仲里依紗演じるコスプレ趣味の女性と再婚するという、流れに身を任せたふわふわした感じの人物を愛嬌たっぷりに演じていた。

また、同じく吉田照幸の演出作、金田一耕助シリーズ「悪魔が来たりて笛を吹く」(2018年)、「八ツ墓村」(2019年)で名探偵・金田一耕助を演じている。過去に様々に個性的でレジェンドを打ち立てている金田一俳優がいるが、吉岡金田一も敗けていない。新鮮な金田一像を作りあげた。これまでの金田一の誰よりも事件や犯人に対して物凄く感情移入して見えて、それはそれで味わい深いものがあった。

吉岡は、どんな役でも決してスーパーマンに見せず、弱さを持ちながら、それと向き合い、格闘しながら、ふりかかる厄介な出来事にのたうちまわり、ふと泥の中に咲く花を見つけるような生き方を演じ、観る者にそっと寄り添ってくれるような俳優だ。

吉田とは「富士ファミリー」「金田一耕助」シリーズで信頼関係が結ばれているのだろう。

「エール」で主人公・裕一が戦争を乗り越えて、復興していく日本のために曲をつくっていくきっかけを作る人物を託され、みごとにやり遂げた。

モデルの永井と、裕一のモデル古関裕而は実際に会ったことはなく、出来た曲を喜んで永井が手紙を送ってきてやりとりをしただけだった。ドラマでは、ふたりが直接会って、重要な言葉を交わし合う。それによって、ドラマのタイトルでもあり、テーマである“エール”の意味に説得力が増した。(文=木俣冬)(ザテレビジョン

「エール」第95回場面写真 (C)NHK