ノンフィクションルポ『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(著/高橋ユキ、晶文社)や、コミックエッセイ『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』(著/松本千秋、幻冬舎)を筆頭に、近年「note」というプラットフォームから書籍化や文筆家デビューする例が増えている。

 従来のブログTwitterからデビューするのとは何が違うのか。自身を「’05年にブームになった『電車男』の流れと似ている」と分析するnote発の作家・岸田奈美氏に話を聞いた。

◆「note」が生んだ作家・岸田奈美がファンに愛される理由

 心身の不調で休職中に、家族との出来事を綴った自伝的エッセイをnoteに投稿し、バズったのが1年前。初の著書となる『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』を9月23日に刊行したばかりだ。

心筋梗塞で突然亡くなった父とはケンカ別れだし、母は車椅子ユーザーで、ダウン症の弟は知的障害者。この家族構成って、日本のダイバーシティが全部集まったみたいじゃないですか(笑)。そんな家族の日常をひたすら綴っていました。noteには読者が著者を金銭的に支援できる“サポート機能”があって、初めて投稿したエッセイで150人以上からサポートをいただいたんです。そのおよそ半年後に有料の月額マガジンを開設したら、1か月くらいで安定した収入を得られるようになり、会社を辞めて作家になりました」

 noteTwitterと親和性が高く、シェアしやすいのも特徴。

「普段文章を読まない層にまで私のnoteが届いたのは、Twitterがあってこそ。過去の2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)が持っていたリアルタイム性と、ボケにボケを重ねる大喜利ノリがすごく好きなんですが、Twitterはそのノリが引き継がれていますよね。参加している人の本質は2ちゃん全盛期から変わっていないけど、今はnoteを介して“サポート”という形で直接読者と繋がれるようになったのは大きな変化ですね」

◆“人”にファンがついていく

 コンテンツそのものではなく、“人”にファンがついて支援を受けやすいnote。著書を出す前から、彼女が「作家」を名乗る理由もそこにある。

「私が作家を名乗るのは、私がファンの方にとって“推し”の要素があるから。対価交換だと思うと見合わないものも、応援だと思えばお金の価値が変わってきますよね。きっと、noteから有料マガジンの購入や“サポート”をしてくださる方にとって、これは“消費”じゃなくて“投資”なんです。だから、いただいたお金は弟や母と一緒に面白いことを体験するのに使い、またそれを記事にしてみなさんに楽しんでもらう、という良い循環をつくるように心がけています」

◆物語を作る力はみんなが持っている

 岸田氏の文章は、家族の辛い境遇も笑いを交えて書くのが持ち味。笑い泣きしながら読むうちに、気づけば心揺さぶられ、温かい気持ちにしてくれる。

「人は物語に救われていると思っていて。出来事の結果に感情があって、その経緯や理由に物語がある。その感情に行き着くまでに、何百通りものエピソードから一つを選ぶことが“物語を作る”ということだと思うのですが、物語を作る力は作家でなくても、本来みんなが持っているもの。だから、私のnoteを読むことで、読んだ人は自分の物語を語りたくなる。私の家族の物語をきっかけに、自分の家族について考えたり、自分の物語に取り込んでくれた方が多かったのは、とても嬉しかったです」

 その語り口にファンが多い岸田氏。影響を受けた作品は?

「もともとオタクだったので、二次創作で小説を書いたこともありました。でも、“小説家”として第一線で活躍するあさのあつこさんや伊坂幸太郎さんみたいな存在にはなれないなと思ったんです。実際、私には純粋な文章力はあんまりないけど、読者の方には全体的な雰囲気や人柄みたいなものを好きだと言ってくれる人が多いように思います。

エッセイを書いてみようと思ったときも、流行りの“エモい”文体を真似てみたこともあったのですが、筆が乗らなかった(笑)。いろいろと文体模写した結果、さくらももこさんや向田邦子さんのような軽妙な文体に行き着いたんです。さくらももこさんのエッセイ『もものかんづめ』は、ちょっと憎らしくてちょっとマヌケな家族を時に辛辣に描きながらも、とにかく笑えて最高ですよね。あと、ラジオが舞台の漫画『波よ聞いてくれ』のセリフテンポの良さや、謎の例え話がすごく好きです。

印象に残っている作品といえば、ティム・バートンの『ビッグフィッシュ』という映画は、父が亡くなったときに父の同僚の方からDVDをいただいたんです。お父さん子どもにホラ話をして喜ばせていたんだけど、成長した子どもがそのウソにイライラしてしまうっていうお話なんですけど、うちのお父さんと激似で(笑)。私も今、お父さんが語っていた本当か嘘かわからないような話をエッセイにしている中で、何が真実かじゃなくて、何を信じるかが大切だなって思ったりします」

◆彼女が今、書く理由

 意外にも戦略的な一面に驚くが、もともとはベンチャー企業の広報出身。

「元来、そんなにロジカルなタイプではないんですが、広報の仕事で揉まれていたこともあって、世情の移り変わりには敏感。誰かを傷つけないようにといつも気をつけています。今までは会社のために書いていた文章を、今は初めて自分のために書いています」

 家族に起きた壮絶な経験を、これまでは「忘れることで乗り越えてきた」という彼女が今、書く理由とは?

「書き起こすことで改めて気づくことや、思い出すことがたくさんあります。辛かった記憶を自分で面白おかしく書くことで、人に何かを与えられる。そうしている自分が私は好きだし、書くことで自分自身が救われるという一面もあるんだと思います」

 現実を物語として語り直すことで、書き手にとっても読み手にとっても救いになる。それが、SNS時代の新しい作家活動なのかもしれない。

◆“noteの女王”岸田奈美を有名にした「バズった記事」3選

●一時間かけてブラジャーを試着したら、黄泉の国から戦士たちが戻ってきた

note初投稿にして120万PV、Twitterで4万いいねを獲得した記念すべき記事。補整下着ブランドの店でフィッティングしてもらったら、胸が2カップ上がって感動した……という話を、秀逸なたとえと勢いのある文体で書いた日常系ギャグ

●弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった

ダウン症の弟があわや万引きか……という顛末が面白おかしく綴られるうちに、やがて彼が、地域の人々の優しさに見守られながら成長する感動的な余韻を残す一編。80万PVを超え、Twitterでは糸井重里前澤友作にもRTされて話題を呼んだ

●最愛の母に「死んでもいいよ」と言った日

一生、車椅子生活を余儀なくされた母。その絶望に苦しむ様子に耐えかね、当時高校生の岸田氏は「死にたいなら、死んでもいいよ」と告げる。そこから一念発起し、福祉系ベンチャーの創業メンバーになるきっかけとなった壮絶なエピソード

【岸田奈美】
’91年、兵庫県生まれ。ユニバーサルデザインの会社ミライロで広報部長を務めたのち、作家として独立。自称「100文字で済むことを2000文字で伝える」作家として、現在『小説現代』『ほぼ日刊イトイ新聞』などに連載中

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった
車椅子ユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟、急逝した父――。家族との日々を、笑えて泣ける筆致で描き、読者の心を大いに揺さぶった自伝的エッセイ。小学館 1430円

<取材・文/小西 麗、撮影/堀内彩香>

著者の岸田奈美さん