(PanAsiaNews:大塚智彦)

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 インドネシアの世界的観光地であるバリ島の東隣にあるロンボク島は、バリ島観光に飽きた内外の観光客やサーファーに人気の観光スポットで近年は多くの観光客で賑わっている。バリ島からフェリーや定期航空便(約40分)と交通の便もよく、ロンボク島に多く住むササック族の独特な音楽や文化、宗教も魅力となっている。

 ところがこのササック族の独自の習慣、伝統、宗教や文化が近年、国際機関や人権団体から批判を浴びている。児童婚、少女婚ともいわれる未成年女子の早期婚姻である。

 19歳以下の少女の結婚はインドネシアで近年改正された婚姻法にも違反する「違法行為」であるが、長年地元ササック族の生活を律してきた伝統的習慣として染みわたっているだけに、現在も「ニカ・シリ(法律による婚姻届けを出さない一種の契約結婚)」が厳然と続いており、インドネシアのメディアを賑わせる事態となっているのだ。

「16歳少女2人が20歳男性と重婚」

 つい最近インドネシアのメディアで大きく報道されたニュースがある。10月23日、西ヌサテンガラ州西ロンボク県の市町村長が一堂に集まった会議において、同県で後を絶たない「児童婚」について「今後はいかなる児童婚にも関与せず、認めず、促進もしない」という文書に全員が署名したというニュースだ。

 この文書について地元の「家族計画、女性地位向上、青少年保護」担当のエルニ・スルヤナ局長は、地元メディア「デティック」に対して「今後西ロンボク県でもし児童婚が再び起きたら、法的対処・処分の対象とするという内容も含んでいる」として今後の再発防止に向けた取り組みであることを強調した。

 この署名を求める会議を開催するに至ったのは10月15日に地元メディアが報じた「16歳の少女2人が相次いで結婚。それも20歳の同じ男性の第1、第2夫人として」という衝撃的なニュースが原因だった。

 西ロンボク県に住む20歳のR君(報道でも関係者は全てイニシャルのみ)は9月17日に少女Fさんと結婚、そして10月12日にはさらにMさんとも結婚した。FさんとMさんは共に16歳で、地元の伝統に従った衣装、作法で結婚式を挙げたという。Facebook上には2人の新妻とR君の3人が、伝統的な民族衣装を着て並んだ写真がアップされていた。

イスラム教では認められる一夫多妻制

 地元メディアによるとR君はMさんと約3年間交際しており、Fさんとの交際期間はそれより短かったが9月にFさんと伝統的儀式に従って結婚した。それを聞いたMさんの両親がR君に対してMさんとの結婚も要求、結果R君は10月にMさんと結婚し、形の上ではFさんが第1夫人、Mさんが第2夫人となった。イスラム教では第1夫人が合意すれば第2夫人を娶ることが可能で重婚、複婚による一夫多妻制は「妻4人までを認めている」とされ決して珍しいケースではない。

 しかし、インドネシアの婚姻法は2019年8月に改正されて女性の婚姻可能最低年齢がそれまでの16歳から19歳に引き上げられており、今回のケースは立派な法律違反にあたる。

 R君の父親は「息子はまだ職業訓練学校の学生であり全国統一学力試験も近いだけに結婚には驚いた。しかし2度の結婚費用に加えて息子が学業を続けるための学費、2人の妻との生活費は全て負担する」としてR君の新婚生活への全面的支援を地元メディアに表明している。

12歳少女が45歳男性の第4夫人に

 このほかに地元メディア「ミラー」や「デティック」は8月27日に高校生の男子と中学生の女子による伝統的婚姻の儀式があったというニュースを伝えた。「お互いに愛し合っているが、コロナ禍で学校が閉鎖され会う機会が減少したことが結婚に踏み切った理由」として伝えている。

 さらに2019年6月にはロンボク島ではなくバリ島の西、ジャワ島最東端にある東ジャワ州バニュワンギで12歳の少女が45歳の男性と結婚、4番目の妻となったニュースが流れた。少女と同居していた養母は男性が今後少女の学費、生活費、医療費などを全て負担してくれるというので結婚を承諾した、としている。しかしこの養母と不仲の姉に当たる少女の実の両親は結婚を事前に知らされておらず、「婚姻法違反、強制性交の容疑」で訴える姿勢を表明しているという。

 このケースは婚姻法改正前ではあるが、それでも12歳少女の結婚は改正前の法律にも違反しており、大きな社会問題として取り上げられた。

 インドネシアの婚姻法では男女ともに「結婚適齢期最低年齢」を21歳としているが、「両親の合意」を条件に「男子は19歳から、女子は16歳から婚姻可能」となっていた。しかし2019年8月に「女子も19歳から可能」と改正されている。

 とはいえ両親が宗教裁判所や地方裁判所に特例を申請して認められれば年齢に関係なく婚姻可能というグレーゾーンも残されている。特に学費、生活費などの経済的理由、予期せぬ妊娠、出産などがこうしたグレーゾーンの存在を許しているといわれている。

 世界第4位の2億7000万人の人口のうち約88%がイスラム教徒というインドネシアでは往々にして法律よりもイスラム教規範、地域の伝統や習俗が優先されることが現在でもあり、犯罪者が警察に引き渡される前に私刑で周辺住民や被害者家族から暴力を受けたり殺害されたりすることも時々ニュースになるという実情がある。

 ササック族は基本的にはイスラム教徒だが、原始宗教のアニミズムの精霊信仰や祖先崇拝が融合した独自の信仰と文化を現代に伝えていることも、こうした児童婚の根絶が難しい背景にあると指摘されている。

日没後の帰宅で強制結婚の例も

 こうしたササック族の伝統、習慣を色濃く反映した結婚事例が2020年9月初旬に中部ロンボク県であった。

 15歳の男子S君と12歳の少女NHさんが交際を始めて4日目に少女の帰宅が日没後の午後7時半ごろになったことから少女の両親が男子の親に対して結婚を強要、2人は地元の習慣に従って結婚させられる事態になったとのニュースが流れた。

 これは未婚の男女が日没後まで一緒にいたことはすでに男女の関係ができたとみなされて「責任をとる意味で結婚しなくてはならない」というのが2人の所属する村落共同体の「暗黙の了解」となっているという背景がある。男子S君の両親は結婚を承諾しなかったが、少女NHさん側の両親の強い要望で結婚となり、現在宗教裁判所の正式な認可を待っているという。

 ロンボク島ではこうした事例のほかに結婚前の男子が女性を略奪して結婚に持ち込む「略奪婚」でも知られている。これも未婚の男女が「既成事実」を作ることで結婚せざるを得ない状況を半ば強制的に作り出すことが前提となっているとされ、ロンボク島では法律以前の慣習法が依然として強い「効力」を維持していることを象徴している。

コロナ禍も児童婚に影響

 前出のエルニ局長は児童婚の弊害として、「早期妊娠による母体への影響、中等・高等教育の機会喪失、生活費、養育費などの財政的困難、夫による家庭内暴力や虐待」などの問題に直面することが多いとしている。

 国連人口基金(UNFPA)の統計によると西ロンボク県では19歳から24歳の女性の31%が18歳前に結婚しているという。また国際連合児童基金ユニセフ)によると、インドネシアで15歳以下の少女が結婚するケースは年間で約11万人に達するとの数字もある。

 このほかインドネシア国家統計局の統計では2012年に18歳未満で結婚した少女は134万8886人に上り、そのうち26万2663人が16歳未満で、その中には15歳未満の少女11万198人が含まれているという。

 2019年に報告された児童婚は19件だったが、2020年は7月までに既に15件となっており、コロナ禍で学校に行けずに家庭でのオンライン授業などで交際相手や恋人に会う機会が減少していることも児童婚の数を押し上げているとの分析もある。

 いずれにしても貧困などの経済的理由、未婚男女の交際に関する倫理感、イスラム教の一夫多妻制など輻輳した背景がインドネシア、特にロンボク・ササック族などの児童婚の背景にはあり、人権団体や女性団体が厳しく糾弾しても一朝一夕には変わらないという現実が横たわっている。

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