「叔父はまともに物事を考えられない人」

 米大統領選挙まで7日と迫った。

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 新型コロナウイルス感染がやまない中(感染者875万人、死者数22万9300人)、これからの4年、米国はどこへ行こうとしているのか。

 2億6000万人の米国人有権者はドナルド・トランプ氏の続投にゴーサインを出すのか、あるいはジョー・バイデン氏に政権を託すのか。

 リチャード・ニクソン第37代大統領ジョージ・マクバガン上院議員との対決以来、大統領選の行方を定点観測をしてきた筆者にとっても、今回はこれまでに見たことのない異常な大統領選挙だ。

 選挙とは「国民の審判」と言われるが、極端な言い方をすれば今、米国民は箸の上げ下げまで意見が食い違っている。

 ここまで対立している民意が決める大統領が果たしてこの国をどう統一させ、一つの方向に動かしていけるのだろうか。

 トランプ氏の姪、メアリー・トランプ氏は筆者にこう述べている。

「叔父はものごとをまともに考える人ではない。ウソと分かっていても平然とウソをつく。ウソをついているうちにそれが本当だと思い込める人だ」

 そのトランプ氏は、自分が選挙で負けても居座ることすら示唆している。

 ジョークだと信じたいが、ウソと詭弁はすでに立証済み。何が起こってもおかしくない。

 後述する旧知の米ジャーナリスト、A氏(無党派中道リベラル派だ)は、筆者にこう言い切っている。

「この国はもはや民主主義国家ではなく、『裸の王様』に牛耳られた権威主義国家になっている」

「米国はアフリカに民主主義を学べ」

 ここまでカオス状態に陥っている米国は、どのようにして民主主義を再生すればいいのか。そんな声が聞こえてくる。

 アフリカに学べ――。

 そう主張する米専門家すら出てきている。米国家情報局(DIA)の情報分析官だったカイルマーフィー氏だ。

 バラク・オバマ第44代大統領ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)西アフリカ担当部長も務めている。

「米国はかつて、開発途上国にいかに民主主義を根づかせるか、助言してきた」

「それによって、アフリカブルキナファソブルンジコンゴ民主共和国ガンビアマダガスカルナイジェリアなどが分裂と対立の中から立派な民主主義国家を作り上げた」

「その米国が今、どうなっているか。民主主義はマヒしてしまっているではないか。今こそ米国はこれらの国から学ぶべきだ」

「選挙に負けても辞めなかった指導者をアフリカ国民はどう排除したか」

「彼らは当今のテクサビー(テクノロジーに精通した手段)、組織化された闘争力により頽廃した政治家どもを駆逐したのだ」

「法治国家である以上、法を無視する権力者に対しては、国民に享受されているすべての権利と手段を行使し、法的な挑戦力を強化させることだ」

「自分たちの主張をステートメントとして公表し、街頭に出て示威活動、集会・デモを継続させることだ」

「将来を担う若者たちに民主主義を守るムーブメントに参加するよう勇気づけるのだ。高等教育を受けた女性たちが政治改革の先頭に立って動くのだ」

「おかしな政治を弄ぶリーダーを皆で嘲笑い、政治の舞台から葬り去るのだ。ブルキナファソをはじめとするアフリカはそうやって民主主義体制を築き上げた」

https://www.justsecurity.org/72926/we-the-people-lessons-from-africa-for-defeating-authoritarianism-in-2020-u-s-election/

コロナ禍対策よりもっと重要なのは国家観

 今回の大統領選で問われていることは何か。

 コロナ禍対策、法と秩序、対中国政策、地球温暖化といった現今のアジェンダをめぐる意見の対立は、ここでは脇に置く。

 それよりももっと米国にとって重要なことが問われているのではないのか。

 この国は、世界に民主主義国家のモデルを示してきた。その根幹は、自由、平等、個人の尊重、表現の自由とされてきた。

 それを実現することを聖書に手を置いて宣誓するのが大統領だ。その一挙手一投足は全米国民への模範となることが不文律として定着してきた。

 ところがどうだろう。トランプ氏は、大統領としての品格、モラルでも問題が多すぎた。大統領を評価する基準や道徳的規範では失格だった。

 就任後、直接トランプ氏を扱った本は90冊以上出ているが、そのことを異口同音に指摘している。

 メディアや識者たちがいくら指摘しても聞く耳はもたなかった。もっと悪いのは国民がそのことに慣れっこになり、黙認してしまう状況を作り出してしまったことだ。

 トランプ氏がモラル上、話にならないことは、トランプ氏を支持してきた共和党支持者も認めている。

 あれだけトランプ氏を熱烈支援している宗教保守エバンジェリカルズ信徒もトランプ氏が非キリスト教であることは百も承知なはずだ。

 エバンジェリカルズは、聖書に書かれていることを一字一句信じ、「モーゼの十戒」を守っているキリスト教徒であるという前提に立てばの話だが・・・。

 トランプ氏は、そうした不文律を無視したまま「米国第一主義」の旗印の下、「偉大なる米国」の実現を目指して4年間突っ走ってきた。

 その結果、米国で何が起こっているのか。

 期日前投票が行われている最中、南部や中西部の一部地域では黒人有権者の投票を妨害したり、迫害する事件が相次いでいる。

 妨害しているのはカウンティ(郡)や町の選挙管理委員会の「こわっぱ役人」だ。

 今年に入り、黒人に対する白人警官の暴行殺傷事件が多発。これに抗議する市民のデモを抑えようと出動した武装警官との衝突で多くの負傷者が出ている。

 騒ぎに乗じた白人過激派アナーキストネオナチが入り乱れて乱闘を繰り広げている。

 州知事や市長たちは今やコロナ禍対策と治安維持でお手上げだ。

 トランプ氏は、州知事(特に民主党州知事)の責任をなじるだけで、過激派分子の動きを糾弾するどころか、むしろ容認するかのような発言に終始している。

 その結果、米史上、前代未聞の州知事誘拐未遂事件、そしてバイデン氏暗殺未遂事件まで誘発させている。

 さらに「国民の審判」を仰ぐ大統領選挙自体について懐疑的発言までしている。

 国が公式に認定している選挙管理委員会が決めた郵便投票について、「不正の温床」と言い、選挙結果で自分が負けた場合でも「平和的に政権移譲」することを明言していない。

 選挙に負けたら、不正選挙だと最高裁に上告すると言ったり、負けたら国外亡命するとも言っている。

 これが在米の筆者が実感している「America Now」である。

10年後、後世の史家はどう記すか

 この選挙を10年後、20年後、後世の史家が振り返った時、どう見るだろうか。

 旧知の米人ジャーナリスト2人、無党派中道リベラル派のA氏と、親の代から共和党員のC氏とズームで話し合った。

「投票日前に読んでおくべき本はあるかい」と尋ねた。

 以下、2人が進めた新著2冊をご紹介する。

「Trumpocalypse: Restoring American Democracy」(トランポカリプス:米民主主義を復活させる

「What Were We Thinking: A brief Intellectual History of the Trump Era」(我々は何を考えていたのか:トランプ時代の歴史を知的かつ簡単に振り返る

 前者は、ジョージ・W・ブッシュ第43代大統領のスピーチライターだったデイビッド・フラム氏の新著。現在、高級紙「ジ・アトランティック」で健筆を振るっている。

 後者は、ニューヨークタイムズのピューリッツアー賞受賞記者、カルロス・ロザダ氏。

 トランポカリプスは最近インテリ層が盛んに使い始めた造語だ。

 マクミラン辞典は、「ドナルド・トランプ大統領に選ばれたことが引き金となって生じている潜在的なカタストロフィー(悲劇的結末)」と定義づけている。

https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/trumpocalypse

 新語を解説するアーバン辞典によれば、「トランプの政治経験のなさ、勤勉さの欠如、有害なナルシシズム、ロシアウラジーミル・プーチンとの怪しげな関係によって全世界に悪影響を及ぼしているアメリカ合衆国の破滅、惨事、崩壊状態」

https://www.urbandictionary.com/define.php?term=Trumpocalypse

 フラム氏は「トランポカリプス」についてこう指摘している。

トランプ大統領は、新型コロナウイルス感染拡大について、2020年3月13日の記者会見でこう言い切った。『私には責任はない』」

「これはトランプ大統領が自分の墓の碑銘を彫ったのと同然の行為だった」

「トランプ氏に票を入れた米国人たちはトランプ大統領だけに全幅の信頼を寄せた。トランプ氏以外の別の米国が作ろうとしている未来には自分たちは含まれていないと信じていたからだ」

「もし、彼らがパンデミックで生命の危険にさらされたなら、米国の民主主義を脅かすのは必至だ。トランポカリプスがもたらす因果関係とはそういうものだ」

「トランプ氏が何をやろうともトランプ氏に投票した3分の1の米国民はトランプ氏を見捨てはしない」

「トランプ氏の政策が実現することを望んでいるからではない。トランプ氏の『文化的報復』(Cultural revenge)が実現されることを望んでいるからだ」

 ここでフラム氏が言う「文化的報復」とは、東部エリートが牛耳ってきた政治、経済、学術、社会体制に抑圧されてきた南部、中西部の旧態依然としたポピュリズムを指している。

「だからトランポカリプスを打ち破るには、11月にトランプ氏を打ち負かすだけでは十分とは言えない」

「トランプ氏がたとえ、平和的に政権を移譲したとしてもトランポカリプスが米国および世界の政治に与えたトラウマはその後何年も後遺症として残る」

「米国は、選挙後、直ちにそのダメージを復元し、民主主義を復活せねばならない」

南部は東部への「文化的報復」目論む

 ロザダ氏は、これまでに出版されたトランプもの、さらにはトランプ政権について書かれた150冊を通読。

 そこに書かれているトランピニズムの実像と虚像を通して、この4年間を「知的に」精査している。

 フラム氏が指摘している「文化的報復」についてはこんな記述が目についた。

「トランプ氏に対する議会の弾劾は扱いづらいアジェンダだった。トランプ氏の不正行為は明らかに違法だったし、不適切だった」

「しかし、上院で弾劾を最終決定できるだけの、共和党ものまざるを得ない確固たる容疑を揃えることができなかった」

共和党大統領を守るために専門知識、ノウハウ、法律、外交、慣例などありとあらゆる知識を総動員して戦った」

「マット・ゲーツ下院議員(共和党、フロリダ州選出)は民主党を批判してこう述べた」

「『民主党の諸君はこう言って憚らない。<我々はエリートだ。我々はワシントンの定住者だ。我々は頭脳明晰だ。我々が物事の判断をする>。こういう言い草は捨ててはおけない』」

「トランプ氏は、これを受ける形で『我々は、我々を尊敬する人間としか交渉はしないんだ』と発言している」

 ここには、南部が東部に抱いている文化的劣等感が垣間見える。

 ロザダ氏は、分裂した米国をどう一つにさせるか、その処方箋を提示してはいない。

 ただ米国の民主主義が揺らいでいる要因の一つが、一般大衆のニーズを満たすための風潮によって骨抜きにされていることにあるのではないか、という問題提起をしている。

 この点について政治評論家のジョークライン氏はこう指摘している。

「これはまさにマキャベリの言うヴァトゥー(Virtu)とオジオ(Ozio)との対決だ」

「ヴァトゥーは共和国の国力を強化する質(Quality)。オジオは怠惰さ(Indolence)。戦争のない平和な時にはオジオが共和国に蔓延する」

1946年から2016年の70年間、米国はその存亡を根底から揺るがすような外的脅威を味わったことはない」

 まさにオズ全盛だった。市民の責任とは何か。真実、社会正義とは何か。モラルは比較相対的に論じられてきた。

 国家や社会に貢献すること、国家のために犠牲になること、そうしたことがなおざりにされてきた。

 その米国がトランプ氏を大統領に選んだ。いったい、我々は何を考えていたのか。考えてはこなかったのだ。

https://www.nytimes.com/2020/10/06/books/review/what-were-we-thinking-carlos-lozada.html

 果たして国家観を考えて投票する人はどのくらいいるのだろうか。

 トランプ氏が再選されるのか、バイデン氏が勝つのか。それだけを決める「国民の審判」ではないのだ――。

 そう訴える2人の識者の助言は刺激的だ。

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