健康管理の一環として、社員のストレスチェックを行っている企業が増えている。ストレス診断の精度を上げるには、チェックの回数を増やす必要があるが、そのままでは社員の回答負荷が高まって回答が得られにくくなる。

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 ストレスチェックの回答のしやすさを最優先して、ストレスチェックを「毎日行う」システムの運用を始めたのがKDDIだ。2020年9月、試験運用していた「AI社員健康管理」を、全社員1万2000人対象に拡大した。回答を分析してストレスによる休職リスクを算出し、事前に適切なサポートを実施することにつなげていく。

1日1回ストレスチェックの質問を送る

 KDDIは社員の健康管理の一環として、2019年5月から、全社員を対象に年2回の社内カウンセラーとの面談と、年1回のストレスチェックを実施している。それと並行して、KDDI総合研究所などと各社員の休職リスクを推定するAIを開発してきた。残業時間の増減、年休の取得日数、ストレスチェックの結果から休職リスクを判定し、それを社内カウンセラーが面談時に参考にする。

 ただ、面談回数が年2回と少ないのが課題だった。「もっと情報の鮮度を高める必要がある。半年間ごとではその間に起きた心身の不調を見逃すかもしれない」(人事本部働き方改革・健康経営推進室カウンセリング2Gの坂田泰子グループリーダー)。

 新システムでは1日1回、ストレス状態に関する質問を社員に送ることで、「日々のストレスの変化を逃さずとらえられるようにできる」(同)。

 質問は20種類あり、1日に送信するのはそのうちの1種類。毎日種類を入れ替え、約1カ月で一巡したら、最初の種類から繰り返す。質問内容は、「最近、よく眠れていますか?」「最近、食欲はありますか?」「休日はリラックスできていますか?」などの心身状態を聞くもの、「最近、仕事で褒めてもらえましたか?」「現在、仕事で困ったときに相談しやすい職場ですか?」などの仕事環境を聞くものなど、多岐にわたる。

5種類の顔文字を選んでタップするだけ

「AI社員健康管理」の最大の特徴は、1回の回答に数秒程度という短時間しか要しないことだ。

 質問は平日午前9時台に、メッセージングアプリ「+メッセージ」で社員の業務用スマホに一斉に送られる。「+メッセージ」は、電話番号だけでメッセージのやりとりができるSMS(ショートメッセージ)の機能を拡張したもの。テキスト以外にスタンプ、画像、動画などのやり取りができる。KDDIのスマホ(au)は標準で備えている機能なので、社員は基本的にアプリをインストールする必要がない。また、ログインなどの操作も必要ない。

 回答は、質問を読んで、「笑顔」から「青ざめた表情」までの5種類の顔文字から一つを選んでタップするだけだから非常に短時間で済む(図の左の画面)。しかも、いつ回答するかも社員に任されている。

「AI社員健康管理」は、質問の回答のほか、残業時間、年休取得状況などの情報に基づき、毎日社員の休職リスクを算出する。

「素直な回答」を引き出すための工夫も

 回答内容を利用できるのは、人事本部の働き方改革・健康経営推進室のメンバーに限られている。「健康状態を確認させていただく取り組みだというスタンスを明確にし、現在の状態を率直に回答してもらう」(坂田氏)ためである。情報の取り扱い方を明示することで、素直な回答をしやすくしている。

 さらに、情報収集の際は、個別に社員からの同意を得ている。9月の本格運用開始から1カ月あまりで約半数の社員がシステムの利用を始めた。2021年3月末までに、全社員の7割に利用が拡大する見込みだという。

 ただ、現状でAIが判定に用いるデータは、先行して使い始めていた一部の社員の回答結果を学習したものだ。今後利用者数が増えていけば、判定の精度は高まっていく。AI高度化の研究をするKDDI総合研究所統合機械学習グループの小西達也研究員は、「休職とひと口に言っても、その要因は千差万別。さまざまな情報を継続してAIに学習させることで、休職のリスクをより的確に算出できるようにする」と話す。来年からは、休職リスクが高いと判定された社員から優先的に社内カウンセラーとの面談日程を設定するなど、健康管理施策の運用にも生かしていく予定だ。

 将来的には、心身に影響をおよぼす複合的な要因の発見への期待もある。「職場の相談のしやすさ」と「食欲」がともに悪化すると休職リスクが高まる、といった具合だ。さらに、「直接的な要因だけでなく、不調にいたる過程にみられる中間的な要因も明らかにする」(KDDI総合研究所健康行動変容グループの米山暁夫グループリーダー)ことで、さらに精度を上げていくことを目指している。

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