(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 菅義偉首相の所信表明演説で注目されたのは、2050年の温室効果ガス排出目標を「実質ゼロ」と明言したことだ。しかも首相は「安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します」と原発の新増設を示唆し、死に体になっていた原子力産業は、にわかに活気づいている。果たして原子力はよみがえるだろうか。

今のままでは「2050年原発ゼロ」になる

 日本の温室効果ガスの90%以上は二酸化炭素CO2)で、実質ゼロというのは、CO2排出量と森林などの吸収量の差をゼロにする「カーボンニュートラル」だが、吸収量はほとんど変わらない。その差をゼロにすることは可能なのだろうか。

 2015年のパリ協定では「2100年に地球の平均気温を産業革命前から2℃上昇以内に抑える」という目標が設定された。日本は「2030年に温室効果ガス排出量を2013年比で26%削減する」と約束したが、80%削減という長期目標は約束しなかった。

 その後ヨーロッパでは「2050年CO2排出ゼロ」という目標を設定する国が増え、日本に対する批判が強まったが、安倍政権は何もしなかった。石炭火力を減らせという圧力にも、小泉環境相は答えなかった。原発が動かない現状では、2050年どころか2030年の目標も実現できないからだ。

 2030年の目標を実現するには、火力発電の電源比率を55%に抑える必要がある。そのためには再生可能エネルギーの比率を25%としても原発比率を20%以上にする必要があるが、設置変更許可の出た16基をすべて再稼働しても10%程度で、この目標は達成できない。

 さらに2050年の長期目標は、現状では不可能である。運転開始から40年で廃炉にする原子炉等規制法の「40年ルール」で、2050年には原発はゼロになるからだ。この状態でCO2排出ゼロにするには、火力発電所を廃止してすべての電力を再生可能エネルギーで供給するしかないが、これは物理的に不可能である。

 太陽光や風力は火力の数百倍の面積が必要で、自然破壊が大きな問題になっている。すべての再エネを蓄電池で貯蔵すると、電気代は火力の10倍以上になる。夜間や雨の日にはバックアップが必要だが、水力とバイオマスだけではバックアップできない。

CO2排出ゼロのコストはGDPの10%以上

 CO2排出ゼロのコストは莫大である。80%削減のコストは、地球環境産業技術研究機構の試算では毎年43兆~72兆円が必要で、これは経済成長(13兆円)をはるかに超える。

 特に原発が2050年にゼロになる場合は、バイオマスで1次エネルギーの30%を供給し、CCS二酸化炭素固定貯留装置)でCO2を吸収する必要がある。CCSCO2を固定して地下に貯める技術だが、まだ実用段階ではなく、莫大なコストがかかる。

 火力も原発もゼロにし、再エネ100%CCSCO2を吸収してカーボンニュートラルにするには、GDPの10%以上のコストがかかるのだ。これが日本がパリ協定の長期目標について約束できない理由だった。それは菅首相も知っているはずだが、リアリストの彼があえて排出ゼロを約束したのは、原発をゼロにしない知恵があるのだろう。

 第一の対策は、原発の運転延長である。40年ルールの例外として、一度だけ「20年間の運転延長」が認められている。これを適用すると2050年の段階で最大18基が運転できるが、その後は減って2060年には5基になり、CO2排出量は増えてしまう。

 長期的にCO2排出ゼロを持続するには、原発の新増設しかない。これについては世耕参議院幹事長(元経産相)が「新しい技術を取り入れた原発の新設も検討を進めていくことが重要ではないか」と述べた。

 加藤勝信官房長官は「原子力発電所の新増設やリプレースは想定していない」とコメントしたが、上のように論理的に考えると、新増設以外の方法は考えられない。むしろ役所をそこに追い込むために、首相はあえて所信表明で宣言したのではないか。

原子力は最大の「脱炭素テクノロジー」

 発想を転換すれば、CO2排出ゼロは不可能ではない。電力はできる限り再エネで供給し、そのバックアップとなる「ベースロード電源」として、火力の代わりに原発を使えばいいのだ。原子力CCSよりはるかに効率の高い脱炭素テクノロジーなのだ。CCSは気体を地下に貯める非生産的な技術だが、原子力エネルギーを生み出す。

 福島第一原発事故で世界的に凍結状態になった原発は、今あらためて注目を集めている。再エネが電力供給の主役になる時代には、そのバックアップが必要になるからだ。特に大気汚染の原因になる石炭火力を減らすには、同じように供給が安定している原子力が最適である。

 原発の弱点である安全性については、従来の大型軽水炉とは違う小型原子炉(SMR)が開発されている。アメリカでは9月に初めて原子力規制委員会の設計承認を得た。これは運転が停止しても、外部からの電力供給なしに冷却できる設計で、2020年代に商用化される見通しだ。

 8月にはビル・ゲイツの経営する原子炉メーカーが、新しいタイプの小型原子炉を開発すると発表した。これは太陽光や風力のエネルギーを貯蔵するバックアップとして設計されている。彼は「原子力こそ21世紀最大のイノベーションの可能性がある」という。

 かつてエネルギーの主役だった原子力は、当面は再エネを補完する脇役になるのかもしれないが、そのポテンシャルは非常に大きい。1kgのウランは1kgの石炭の300万倍のエネルギーを出すことができるが、人類はまだそのごくわずかしか利用していない。核融合も含めると、原子力にはまだ100万倍以上イノベーションの余地があるのだ。

 発電量あたりでみると原子力はもっとも安全なエネルギーであり、廃棄物も化石燃料よりはるかに少なく、すべて密封されているので環境負荷も最小である。原子力の利用を妨げているのは政治だ。安倍首相はこの問題から逃げ回ってきたが、菅首相が本気で取り組めば流れは変わるかもしれない。

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第203回臨時国会で所信表明演説する菅義偉首相(2020年10月26日、写真:REX/アフロ)