(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長)

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相次ぐ半導体業界の大型買収

 世界各国で依然として新型コロナウイルスの感染拡大止まらない2020年後半、半導体業界では大型買収のニュースが立て続けに報じられている。

 まず、画像プロセッサGPUで飛ぶ鳥を落とす勢いの台湾NVIDIA9月13日ソフトバンク傘下のARMを400億ドルで買収することを発表した。

 次に10月12日、プロセッサのシェアで米インテルを激しく追い上げている米AMDが米Xilinxの買収交渉を行っていることが報じられた。10月27日の発表によれば買収金額は350億ドルであるという(EE Times Japan「AMDがXilinxを350億ドルで買収、HPC拡大を狙う」)。

 そして、インテルと韓国のメモリメーカーのSKハイニックス(SK hynix)が10月20日インテルのNAND事業をSKハイニックスに約90億ドルで売却することに合意したと発表した(EE Times Japan「Intel、SK hynixにNANDメモリ事業を90億ドルで売却へ」)。

 どれも驚く買収ばかりであるが、本稿では、SKハイニックスによるインテルのNAND事業買収を取り上げる。なぜ、インテルはNAND事業を売却するのだろうか。また、それを買収するSKハイニックスの狙いはどこにあるのか。さらに、この買収は成功するのだろうか?

苦しいインテルの事情

 プロセッサのチャンピオンであるインテルは、2016年に14nmから10nmへ微細化を進めることに失敗した(図1)。その後も、今度こそ立ち上がるという発表を繰り返してきたが、結局、今年2020年になっても、満足に10nmでプロセッサを量産できない状態が続いている。


【本記事は多数の図版を掲載していますが、配信先では表示されていない場合がありますので、JBpressのサイト(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62677)にてご覧ください。】

 そして、10nmの次の世代の7nm以降は、TSMCに生産委託し、インテルがファブレスになる可能性が浮上した(本コラム「ニコンと日立ハイテクが恐れる『インテルの選択』」)。

 加えて、既存の14nmによるプロセッサでも苦戦が続いている。競合のAMDが2018年第3四半期以降、最先端プロセッサの生産をTSMCに委託し、次々と高性能プロセッサをリリースしている。これに対抗するために、インテルは、微細化せずにプロセッサの性能を上げようとして、1チップ当たりのコア数を 4→6→8 と増大させている。すると、チップサイズが大きくなり、ウエハ1枚からとれるプロセッサ数が減少する。また、ウエハ上の欠陥数が同じとすると、チップサイズの増大は、必然的に歩留りの低下を招く。

NAND事業がお荷物になってきたインテル

 インテルは、2018年以降、毎年150億ドルを超える設備投資を行い、14nmの製造キャパシティを拡張しようとしてきた。しかし、コア数の増加に伴うチップサイズの増大と、1枚当たりのチップ取得数の低下および歩留り悪化という悪循環に陥っている。

 要するに、インテルは穴の開いたバケツに大量の水を流し込んでいるようなもので、巨額投資を続けても一向にプロセッサの取得数が増大しないのである。その結果、プロセッサのシェアで、AMDの猛追を受けることになってしまった(図2)。

 このように、インテルは、屋台骨のプロセッサ事業が揺らぎ始めている。そのため、3次元NANDの開発や量産にリソースを割くことができなくなったのではないか。

 もともと、インテルは、米マイクロンとIM Flashという合弁会社を設立して、NANDの開発を行ってきた。しかし、NANDのセル構造を巡って意見が分かれたため合弁を解消し、マイクロンが2019年1月14日に、IM Flashのインテル分の株式を買い取ることになった(マイクロンの発表)。

 したがって、インテルと一緒に3次元NANDの開発を行ってくれる相手は、もうどこにもいない。このようなことから、インテルにとって、NAND事業がお荷物になってきたのかもしれない。そして、売却先を探したところ、SKハイニックスが名乗りを上げたというわけだ。

DRAMとNANDのバランスが悪いSKハイニックス

 図3に、メモリメーカーのポートフォリオを示す。NANDメーカーは6社もあるが、DRAMは、サムスン電子、SKハイニックス、マイクロンの3社が寡占化している。この3社を比較してみよう。

 サムスン電子は、NANDシェア1位(31.4%)、DRAMシェア1位(43.5%)、ファンドリーシェア2位(18.8%)である(カッコ内は2020年第2四半期のシェア)。ファンドリー分野では、1位のTSMCに大きく差をつけられ、苦戦を強いられているが、DRAMもNANDも2位以下に大差をつけており、まさにメモリのチャンピオンと言える。

 SKハイニックスは、DRAMシェアは2位(30.1%)であるが、NANDのシェアは4位(11.7%)であり、1位サムスン電子(31.4%)、2位キオクシア(17.2%)、3位ウエスタンデジタル(WD、15.5%)に大きく差をつけられている。

 マイクロンは、DRAMシェアが3位(21%)で、NANDシェアは5位(11.5%)であるが、NANDに関しては4位のSKハイニックスや6位のインテル(11.5%)と僅差の争いを行っている。

 ここで、SKハイニックスとマイクロンを比較してみると、NANDシェアがほとんど同じであるが、DRAMのシェアではSKハイニックスがマイクロンより約9%高い。これは、SKハイニックスがマイクロンをリードしているとも言えるが、SKハイニックスのメモリ事業はDRAMに大きく偏重していると見ることもできる

 一言でいえば、SKハイニックスは、DRAMとNANDのバランスが悪いのである。そのため、SKハイニックスは、東芝が債務超過を解消するためにメモリ事業を売却するとき、米ベインキャピタルの連合に加わって約15%の株式を持つに至った。このことも、NAND事業の強化を目指していることの一環だったと考えれば納得できよう(図4)。

 要するに、SKハイニックスには、NAND事業を強化したいという思いがあり、それゆえ、売りに出されたインテルのNAND事業の買収を決断したのだろう

SKハイニックスの買収計画

 前掲EE Times Japanの記事によれば、「2021年後半を予定している政府の認可取得後、SKハイニックスはまず70億米ドルで、IntelからNAND SSDに関連するIP(知的財産)と従業員を含むNAND SSD事業と、中国の大連にあるNANDメモリの製造工場を取得。その後、2025年3月に予定されている最終契約に基づき、NANDメモリのウエハ製造および設計に関連するIP、R&Dの従業員、そして大連工場の従業員を含む残りの資産を20億米ドルで取得する予定」(原文ママ)であるという。

 もし、この計画通りに、買収が完了したら、SKハイニックスのNANDシェアはどのようになるだろうか(図5)。2020年第2四半期のSKハイニックス(11.7%)とインテル(11.5%)を合計すれば、そのシェアは23.2%となり、キオクシア(17.2%)とWD(15.5%)を抜いて、サムスン電子(31.4%)に次ぐ第2位に躍り出ることになる。

 また、キオクシアの筆頭株主のベインキャピタルや、好不況に業績が大きく振れる半導体を手放したいと思っている東芝本体は、いずれ株式を売却するかもしれない。その結果、SKハイニックスがキオクシアの筆頭株主になる可能性がある。すると、SKハイニックス(11.7%)、インテル(11.5%)、キオクシア(17.2%)の大連合が形成され、その合計シェアは40.4%となり、サムスン電子を上回ってトップになる、ということも否定できないのである。

SKハイニックスが強化したいのはSSD事業

 SKハイニックスが強化したいのは、NANDのシェアだけではなく、NANDを基幹部品としたSSD(Solid State Drive)事業であると推測している。というのは、スマートフォンメーカーなどへの部品売りとしてのNANDビジネスより、SSDビジネスの方が断然付加価値が高く、利益率も良いからである。

 それでは、SKハイニックスがインテルのNAND事業を買収した場合、SSDビジネスはどのように強化されるだろうか(図6)。やや古いデータで申し訳ないが、2019年第2四半期時点のSSDの出荷個数シェアで、SKハイニックスは5位(9.0%)、インテルは7位(6.4%)だった。これを足し合わせると、15.4%となり、1位サムスン電子(29.6%)、2位WD(17.1%)に次ぐ3位に躍進することになる。

 ここで、SSDには、スマートフォン等のコンシューマ向け、PC等のクライアント向け、データセンタのサーバ等のエンタープライズ向けの3種類がある。この中でも、今後、特に成長すると考えられるのは、エンタープライズ向けSSDである。というのは、本格的なビッグデータの時代を迎え、アマゾンマイクロソフトグーグルなどのクラウドメーカーが、データセンタを建設し続けることは明白であるからだ。

 これもかなり古いデータで恐縮であるが、2017年第4四半期時点で、エンタープライズ向けSSDの出荷容量において、SKハイニックスのシェアはたった0.3%しかない。一方、インテルは、1位サムスン電子(42.1%)に次ぐ2位(20.1%)となっている。インテルエンタープライズ向けSSD事業を取得すれば、SKハイニックスのシェアは20.4%に跳ね上がる(図7)。ここに、SKハイニックスがインテルのNAND事業を買収する真の狙いがあると筆者は考えている。

この買収は成功するか?

 SKハイニックスがインテルのNAND事業を買収することにより、NANDの出荷額シェアは2位に、SSDの出荷個数シェアは3位に、エンタープライズ向けSSDの出荷容量シェアは2位になることが分かった。しかし、この買収が成功するかどうかは、未知数だ。

 まず、2021年後半までに政府の認可を得ることになっているが、米国、中国、韓国、日本など関係諸国の認可がすんなり下りるかどうかは分からない。特に、SKハイニックスがキオクシアの15%の株式を持っていることが問題視されるかもしれない。というのは、もし、SKハイニックス+インテル+キオクシアの大連合が形成されるとすると、NAND出荷額シェアで断トツの1位になってしまうからだ。これは独占禁止法に抵触する可能性がある。

 また、米中ハイテク戦争が激化している現在、米国の同盟国である韓国のメモリメーカーのSKハイニックスが、米国の半導体メーカーであるインテルが所有する中国の大連工場を買収することについて(何とややこしいのだろう)、米中のどちらかが、その認可を何らかの交渉材料のカードに使ってくることも考えられよう。

 以上のようなことを考えると、関係諸国の認可が1年で下りる保証はどこにもない。

仮に買収が完了したとしたらどうなる?

 本記事の冒頭で、今年(2020年)話題になった3つの買収を記載したが、NVIDIAによるARMの買収は、まったく異なる半導体メーカーのM&Aである。NVIDIAGPUを得意にするファブレスであり、ARMはプロセッサコアのIPベンダーである。つまり、NVIDIAARMは、生息域が異なると言える。

 また、AMDはプロセッサのファブレスで、Xilinxはチップを形成した後にプログラムを書き込むことができるFPGA(Field Programmable Gate Array)メーカーであり、やはり異種の半導体メーカー同士のM&Aである。

 これに対して、SKハイニックスによるインテルのNAND事業の買収は、競合他社のM&Aである。半導体産業の歴史上、同じ半導体を手掛けている企業のM&Aで成功した事例があるだろうか?

 例えば、筆者も設立後の1年間在籍した、日立とNECDRAM合弁会社エルピーダは、合弁当初17%あったシェアが2年間で4%に低下し、倒産寸前に追い込まれた。坂本幸雄氏に社長が交代した後、かろうじて業績は持ち直したが、高コスト体質は一向に改善されず、2012年にあっけなく倒産してしまった。

 また、最終的に、日立、三菱電機NECの3社のSOC事業を統合したルネサスは、2010年に社員約4.9万人に膨れ上がったが、2012年に倒産寸前に追い込まれ、産業革新機構が筆頭株主となって救済された。その後、リストラに次ぐリストラを重ね、社員数は半分以下の約1.9万人に減少し、世界シェア1位だった車載マイコンも3位に転落している。

 筆者が知る限り、半導体業界における同業同士のM&Aで成功した事例が無いように思う。唯一の成功例を挙げるとしたら、2012年に倒産したエルピーダをマイクロンが買収したことくらいであろう。しかし、これは倒産した会社を買収したものであり、今回のケースに当てはめることは無理がある。

メモリセル構造も、製造装置も、技術も違う

 SKハイニックスによるインテルのNAND事業買収において、もっとも大きな問題になるのが、両者の3次元NANDのメモリセル構造が異なることであろう。

 NANDのメモリセルには、ポリシリコンに電子を蓄えることによってメモリ動作を行うフローティングゲート(Floating Gate、FG)方式と、シリコン窒化膜(SiN)の欠陥準位に電子をトラップするチャージトラップ(Charge Trap、CT)方式がある(図8)。

 現在、インテルだけがFG方式で96層の3次元NANDを製造している(図9)。インテル以外はすべて、CT方式を採用している。もちろん、SKハイニックスもCT方式である。

 SKハイニックスがインテルのNAND事業を買収した場合、3次元NANDのメモリセルをどうするのか、どちらかに統一するのか、それぞれ別々に開発と量産を行うのか、ということが非常に悩ましい。

 開発のリソースを考えると、どちらかに統一するのが望ましい。その場合、買収したSKハイニックスのCT方式で、インテルの大連工場でも3次元NANDを製造させることになるだろう。しかし恐らく、インテルの大連工場は大混乱に陥ると思われる。もしかしたら、キーとなる製造装置をすべて入れ替えなくてはならない可能性もある。せっかく90億ドルもの大枚はたいても、これでは何の意味もない。

 それでは、SKハイニックスはCT方式、インテルの大連工場はこれまで通りFG方式で、ということにすると、ただでさえ難しくなってきている3次元NANDの技術開発を二重に行わなくてはならない。これは、大いなる無駄である。やはり、90億ドルもかけて買収した意味が無くなる。

もっと厄介なのはインテル技術者のプライドの問題

 SKハイニックスとインテルでは、メモリセルが異なり、製造装置が異なり、製造技術も違う。それに輪をかけて厄介だと思うのは、買収されたインテル側の技術者プライドの問題であると思う。

 インテルの大連工場の技術者の多くは、中国人であり、そこに米国人が少数混じっていると推測している。インテルのNAND事業はパッとしないとはいえ、やはり半導体売上高世界1位のインテル技術者たちである。そのプライドも、世界一高いと思った方が良い。

 その世界一プライドが高いインテル技術者たちを、韓国人が制するわけである(SKハイニックスの韓国人がどういう態度でインテル技術者に接するか分からないが、買収するという立場上、SKハイニックスが上に立つことになる)。果たして、プライドの高いインテル技術者たちが、SKハイニックスの言うことを素直に聞くだろうか? この精神的な問題は、一筋縄で行かないような気がしてならない。

 SKによるインテルのNAND事業買収のニュースは、業界を驚かせた。この買収が成立するのか? 買収が完了したら、その後、インテルの大連工場はどの方式のメモリセルで3次元NANDを製造するのか? その技術者たちを、SKハイニックスの韓国人は、マネージすることができるか? 課題は山積している。今後の展開を見守ることにしよう。

【筆者からのお知らせ】
 2020年11月11日サイエンステクノロジー主催のセミナーにて、『コロナで変化が加速した世界半導体産業の《最新動向》 生きるか死ぬかを左右する知恵と情報の羅針盤』のタイトルで講演します。会場受講を15人に限定し、Live配信およびアーカイブ配信により、自宅や会社で受講できるようにしました。多くの皆さまのご参加をお待ちしております。

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(写真:AP/アフロ)