大阪市を廃止して4つの特別区に再編する「大阪都構想」の是非を問う住民投票が行われた11月1日2020年)夜に、本書『たそがれ御堂筋』(ハルキ文庫)を読みながら、結果が分かるのを待った。反対多数で大阪市の存続が決まり、大阪市に愛着のある評者は胸をなでおろした。

心に寄りそう4つの物語

 『たそがれ御堂筋』と言っても、大阪市中央部を南北に走るメインストリート御堂筋がたそがれているという意味ではない。御堂筋からちょっと入ったところにあるバー堂島を舞台にした小説。「たそがれは、やさしい時。ふっと肩の力をぬいて、扉を開けてみませんか」。そんな心に寄りそう4つの物語からなる。

 著者の吉村喜彦さんは、大阪生まれ。京都大学教育学部卒。サントリー宣伝部勤務を経て作家になった。サントリーでは輸入酒を担当し、ジャックダニエルの新聞広告で朝日広告賞を受賞した。テレビCMでも、井上陽水の「角瓶」、ミッキー・ロークの「リザーブ」、和久井映見とショーケンの「うまいんだな。これがっ」の「モルツ」などヒット作を連発している。

 そのまま仕事を続けていたら、サントリーの役員になっていたのかもしれないが、18年間勤めて退社、エッセイやノンフィクション、小説などに転じた。

 東京・二子玉川を舞台にした「バー・リバーサイドシリーズ(ハルキ文庫)のあと、舞台を大阪に転じた『バー堂島』(ハルキ文庫)などの著書がある。本書は「バー堂島」シリーズの第二弾になる。

 「梅は咲いたか、梅酒はまだかいな」に登場する北野彩香は、バー堂島のすぐ近くに本社のある洋酒やビール、食品などを製造販売するメーカーの社員だ。吉村さんがいたサントリーモデルのようだ。

 入社以来マーケティング部に所属し、仕事のできるマーケッターとして知られる彩香が、午後4時半ころ、ふらりと店に現れた。落ち込んでいる様子だ。

 高知営業所への異動の内示があったという。同期のライバルで営業の有名人、藤原まどかがマーケティング部に移り、しかも係長に昇進することを知り、心が穏やかではいられないのだ。

 そんな彩香にマスターの楠木が取り出したのは、シングルモルトのロールスロイスと呼ばれるマッカラン12年のボトル。一口飲んだ彩香は驚いた。

 「このお酒、マッカランやないよね。梅酒やんねえ?」  「でも、なんでこんなに美味しいん? わたしの作った梅ウイスキーとは、またぜんぜん違う。これ、別次元やわ」

 客の金田の母が作った梅酒をマッカランのボトルに入れた6年ものの梅酒だった。

 「隣の家より美味しいのをつくりたいとか、ひょっとしてこれ売れるんちゃうかとか、そんなこと考えてへん。ただ家族のためにつくってるだけや」

 金田は与謝蕪村の俳句を披露して場を締める。

 「二本(ふたもと)の 梅に遅速を 愛すかな」

 そして意味を解説する。

 「梅が二本あるけど、白梅が早く咲いてるからええとか、紅梅の咲くのが遅いからアカンとか、そういうルールはあれへんよと。どっちもええんちゃうのって」

大阪の歌には雨が似合う

 心がほっこりする話だ。ほかに「父からの暑中見舞い」「堂島サンセット」「雨にぬれても」の3編を収めている。「雨にぬれても」には、こんなせりふが出てくる。

 「大阪は、雨がええなあ......『雨の御堂筋』『大阪しぐれ』『梅田からナンバまで』......なぜか大阪の歌には雨が似合うてんねん」

 さまざまな客が出入りし、止まり木でひとときをおいしい酒とつまみで過ごす。「やまない雨はない」と楠木は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。こんなマスターのいるバーに行ってみたいと思わせる。著者の人生経験から抽出したようなエピソードや気の利いた会話がいっぱい詰まった小説に合うのは、やはりウイスキーだ。

 BOOKウォッチでは、吉村さんの『二子玉川物語 バー・リバーサイド2』、『バー堂島』のほか、『バーテンダーの流儀』(集英社新書)、『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』(祥伝社)などを紹介済みだ。


BOOKウォッチ編集部
元サントリー宣伝マンの小説「バー堂島」シリーズの第二弾