第33回東京国際映画祭の新たな取り組みとしてスタートしたトークシリーズ「アジア交流ラウンジ」。国際交流基金アジアセンターとの共催のもと、アジア各国・地域を代表する映画監督と、日本の第一線で活躍する映画人とが様々なテーマでオンライントークを展開していく。

【写真を見る】ツァイ・ミンリャン作品を追い続けてきた片桐はいりがファン目線で質問攻め!

11月6日に行われた第6回では、「TOKYOプレミア2020」で上映された『私をくいとめて』(12月18日公開)や、第21回東京フィルメックスのオープニング作品『愛のまなざしを』、東京フィルメックス・コンペティションで上映された『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』と出演作が相次ぐ片桐はいりが、台北の自宅からオンライン登壇したツァイ・ミンリャン監督と、彼の新作である『日子』やコロナ禍での変化について語り合った。

第6回東京国際映画祭の「ヤングシネマ1993コンペティション」東京ブロンズ賞を受賞した『青春神話』(92)で映画監督デビューを飾ったツァイ・ミンリャン監督は、第2作『愛情萬歳』(94)で第51回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、第3作『河』(97)で第47回ベルリン国際映画祭銀熊賞と、またたく間に国際的評価を獲得。ホウ・シャオシェン監督やエドワード・ヤン監督らとともに台湾ニューウェーブの代表的な監督のひとりとして、大きな注目を集める。

第70回ヴェネチア国際映画祭で審査員大賞を受賞した長編第10作『郊遊 ピクニック』(13)で商業映画からの引退を表明した後も、監督作すべてで主演を務めるリー・カンションとの対話を収めた『あの日の午後』(15)や、坂本龍一が音楽を担当した『あなたの顔』(18)などを発表。7年ぶりの劇映画にして第70回ベルリン国際映画祭テディ賞審査員特別賞を受賞した『日子』が、第21回東京フィルメックスの特別招待作品で上映された。

■「撮りたいように撮れるものしか撮りたくない」(ツァイ・ミンリャン)

片桐「東京国際映画祭で賞を獲ったことを知らずに、ユーロスペースで公開されたときに『青春神話』を拝見して衝撃を受けました。その後シネ・ヴィヴァンで公開された『愛情萬歳』も観て、そこからずっと監督の作品を観つづけています。もぎりをやっている映画館でも好きな映画を名画座で上映していいとなったときには『西瓜』と『楽日』の二本立てを上映して、『郊遊 ピクニック』の時にフィルメックスで対談に呼んでいただき、初めてお会いすることができました。

その時に監督はもう商業映画を引退されると言うから『引退しないでください』と言ったら、『チケットがもっと売れたら考えるよ』とおっしゃってくださった。その後もアート系の映画がフィルメックスで上映され、その度に行っているのですが、監督の映画はアートフィルムと商業映画の差がいまひとつわからない。どのようなスタンスで作っているのでしょうか?」

ツァイ・ミンリャン「『郊遊 ピクニック』の後、いろいろな思いが去来して、映画館で観客がチケットを買って観るような映画を撮りたくないと思いました。私はいつも新作を撮るたびにチケットを自分で街頭に立って売り捌いていたのですが、それももう疲れてしまった。それに映画館でかかるとなれば表現に制限もかかる。だから映画をもう撮らないと言ったわけではなく、別の方法で映画を制作して撮るということを探りつづけてきました。

これまでは必要な状況に迫られながら、やっと資金が捻出できて撮れるという状況で、受動的な映画制作しかできなかった。でも小さな映像作品であれば莫大なお金がなくても撮れると知り、この7年の間で『行者』シリーズなどの短編やVR作品も撮るなど、いろいろなチャレンジをしました。自分の撮りたいように撮れるものしか撮りたくないと思うようになったわけです。だからドキュメンタリーでも劇映画でも関係なく、映画であれば私の作品です。自分が表現したいものを表現できればいいと思ったのです」

■「“時間”と“動作”の組み合わせによって、新しい映画の可能性がでてくる」(ツァイ・ミンリャン)

片桐「このコロナ禍で2カ月間も映画館が営業していなくて、家にいなくてはならない時間がつづいたなかで、私自身は初めてかもしれないぐらいちゃんと休むことができた。それに世の中も休んでいるなかで、時間の感覚が変わったのでしょうかね。『日子』を観たらどこか心地よく感じて、もっと観ていられると思いました。

『郊遊 ピクニック』のフィルメックスでのQ&A の際に、黒澤明監督作品のスクリプターをされていた野上昭代さんが『良いけど、長いよ!』とおっしゃっていて、それに対して監督は『僕にとって必要な時間なんです』とおっしゃったのがすごく印象的でした。それでもやっぱり新作を観るにあたって身構えていた部分はあったのですが、魚を洗ったり、マッサージをしている場面も淡々としていてすごく幸せな感じがして。監督のなかにも、時間の変化のようなものはあったのでしょうか?」

ツァイ・ミンリャン「このマッサージのシーンについては、映画を観る人たちに“時間”というものを感じてほしい、観ている人にも自分がマッサージされている気分になってほしいと思っていました。リー・カンション演じるカンの指の動きや動作はあまりにも美しい。このような美しい動作のディテールは、時間の流れを感じさせてくれるような気がします。内容がどうかということよりも、そのシーンに流れている時間を感じることが重要なのです。

ラオスからやってきた労働者のノンが料理の準備をしているシーンもまた美しい。まるでダンスをしているかのようで、私はその動作に魅力を感じたから撮ろうと思ったのです。時間の流れが醸し出す、さまざまな動作の組み合わせによって新しい映画の可能性がでてくると思いました。映画ができて100年以上、観客はおそらくストーリーを物語ることやヴィジュアル効果を得るものだけが映画だと誤解している。私は私のやり方で限界を突破して、これから映画の可能性というものを探っていきたいと思っています」

片桐「監督はこのコロナ禍でお休みをとられることがありましたか?なにかそのなかで考えたことや、次の作品にどのように影響していくか聞いてみたいです」

ツァイ・ミンリャン「人類は非常に矛盾に満ちた存在ですね。私は年を重ねるにつれて、旅行をすることがすごく嫌になっていたのですが、コロナ禍には旅に出たいと思うようになってしまいました。香港とか、毎年のようにこの時期になると行っていた東京や釜山にも行きたいなと。

私が映画について思っていることは、どういうふうに新しいものを作り出し、発展させていくかということです。最近は非常にシンプルな暮らしを撮りたいと思うようになりました。意義はなくても美しいものを撮りたい。でもそれはなかなか難しい。なぜそれを撮るのかという根本的な問題があって、そういうなかから新しい力が湧いてきた時に、次の作品を撮る。なにを撮るかが重要だと思っていて、いままでの自分を繰り返すことはしたくないと考えています」

■「映画は1回観たら終わりじゃないし、ストーリーを知るだけのものじゃない」(片桐)

片桐「私は家で映画を観ると、あまり映画を観たというふうに思えない。このコロナ禍で、映画館がやっていない時に考えていたことは、いままであまりにもたくさんの映画が公開されて、たくさんの新作やたくさんの特集上映がやっているという状態が忙しすぎて、私にはちょっとトゥーマッチだったのかなと感じることもありました。映画は1回観たら終わりじゃないし、ストーリーを知るだけのものじゃない。何回も映画を味わいたいと思った時だったからこそ、『日子』には感動しました」

ツァイ・ミンリャン「コロナだからということも関係なく、いまは映画を観るということ自体がすごく多様化している時代。映画館でもスマートフォンでも観ることができる反面、その内容はすごく単一なものになっているように感じる。ここで映画館自体が新しい形態になってもいいのではないでしょうか。アートフィルムや個人的な映像表現の作品などが美術館のように上映される映画館がもっとあってもいいと思っています」

片桐「その話を聞いて、『楽日』で出てきた福和大戯院を思い出しました。こないだコロナ前に台湾を旅行した時に、『あなたの顔』に出てきた中山堂のホールも見に行ったのですが、台湾では古いものをうまく利用しておもしろいかたちで外国人にも見せてくれる印象があります。日本ではオリンピックに向けて必要かどうかわからないような建物がいっぱいできてジレンマを感じていますが、台湾では監督の理想とすることがうまくいくような気がします」

ツァイ・ミンリャン「世界のいろんな国にはたくさん素晴らしい古い建築物が残っている。それらはモダンアートともいえる。映画自体もモダンアートのひとつで、もし美術館を起点とした映画館があれば、そこでマーケットの概念とは違うコンセプトで上映することができる。そういう美術館が全世界にたくさんあってそれらが繋がればなお素晴らしいと思う。そういう概念を新しいものに変えていく、そういう思考が必要だと思います。ジャンルとか商業的だとかにかかわらず、作家が作った映像作品を発表する場が新しい映画館の形だと思っています」

片桐「最後に、監督が舞台劇を手掛けるために日本にいらっしゃるという噂を聞いたのですが、まだ成し遂げられないのでしょうか?コロナが過ぎたらぜひにと思ってるのですが」

ツァイ・ミンリャン「まだ確定していないことなので断定はできないですが、実はいま東京で舞台をやる計画がある。なので来年東京にいく予定です。コロナ禍でそれがどういうことになるかはかりませんけど、ぜひ東京に行きたいと思っていますので、少しでもはやくコロナが収まってほしいですね」

取材・文/久保田 和馬

片桐はいりと台湾の巨匠ツァイ・ミンリャンのトークセッションが実現!