プロ野球福岡ソフトバンクホークス周東佑京内野手が「育成選手」出身者として初の盗塁王になりました。ホークスの主力選手では、最優秀防御率などを達成した千賀滉大投手や、2018年の日本シリーズMVPになった甲斐拓也捕手も育成選手出身で、彼らは3年ぶりのリーグ優勝の原動力となりましたが、そもそも、育成選手とはどういう存在で、なぜ、ホークスで特に活躍が目立つのでしょうか。一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事で尚美学園大学の江頭満正准教授に聞きました。

実業団に準じる機能の維持

Q.そもそも、育成選手とはどういう存在なのでしょうか。

江頭さん「プロ野球の1球団の支配下選手(公式戦に出場可能な選手)は70人が上限です。プロ球団が給与を払い、公式戦には出場できないもののプロ選手を目指すために練習を続ける選手を『育成選手』といいます。

かつては実業団(社会人)の野球チームが数多くあり、そこから、プロ入りする選手が多数いました。しかし、実業団の野球チームが減少し、高校卒業、大学卒業のタイミングでしかプロ入りできない状況が生まれつつありました。そこで、プロ野球球団がコスト負担をして、実業団野球チームに準じた機能を維持するため、2005年に始まったのが育成選手制度です。

ただ、実業団からのプロ入りとは違い、育成選手から支配下選手に契約変更する際にドラフト会議などを経る必要はありません。将来有望な選手を囲い込むこともできるので、育成選手対象のドラフト(2次ドラフト)が行われ、特定のチームに優秀な選手が偏ることを防止しています。

育成選手から支配下選手への契約変更は7月末まで可能で、優秀な選手は1軍の公式戦に出るチャンスもあります。また、育成選手契約のままでも2軍の試合には出場可能です。最低年俸は240万円、背番号は3桁と決まっています」

Q.育成選手対象のドラフトについて、もう少し詳しく教えてください。

江頭さん「支配下選手を対象としたドラフト会議の後、そのまま、同一会場で育成選手対象のドラフトが行われています。ルールはほとんど同じでウエーバー方式(レギュラーシーズン成績の下位チームから順に指名)、逆ウエーバー方式を交互に行い、すべての球団が選択の終了を宣言するまで、これを続けます。

テレビでは放送されませんが、支配下選手対象のドラフトで指名されなくても、高校生や大学生は育成選手として指名される可能性が残っていますので、テレビ中継終了後もドキドキは続いているはずです。プロ野球選手の『契約金』に該当するものは『支度金』として存在し、300万円が上限と決められています」

Q.支配下登録できる選手数を増やせば、育成という仕組みは必要ないように思うのですが、それはできないのでしょうか。

江頭さん「育成選手制度の重要な目的は高校や大学を卒業した後、野球を続ける機会が激減しないようにすることです。大活躍したプロ野球選手の中にも、社会人(実業団)から入団した事例が数多くあります。プロ野球選手の質を維持するためにも広い裾野が必要です。廃部になった社会人野球部の代わりをプロ野球球団が行っていると考えてください。

『選手数を増やせば…』との質問ですが、考えてみてください。支配下選手を増やし、現在の70人から100人に増やしたとしましょう。増やした中にはプロとしては実力が不十分な選手も含まれるため、選手の平均的な質は低下します。つまり、プロになれるボーダーラインが下がることになります。それは避けなければなりません」

Q.12球団それぞれに育成選手がいるのに、なぜ、ホークスの育成出身選手の活躍が特に目立つのでしょうか。

江頭さん「その原因の一つに3軍制度があります。2011年にスタートしたホークスの3軍は独立リーグや大学、社会人、または2軍選手と年間60試合程度を行っています。3軍の試合に出場するのは主に育成選手たちです。ホークス育成選手は20人以上在籍し、他球団より人数も多いです。

1軍の監督と同じ方針で『未来のスター』を育てることがミッションとなっています。育成選手から成長し、主力となる選手が多いホークスは育成システムや運営が成功しているということで、そうなれば、より多くの予算や資源が割り当てられるという好循環になっているのです」

Q.育成選手制度の課題があれば教えてください。

江頭さん「社会人野球部の代替としての位置付けでありながら、そのままプロ契約も可能なため、プロ球団による選手の囲い込みになっている危険性があります。資金力のある球団は多くの育成選手を抱えることで、ドラフトにギリギリ指名されなかった、将来有望な選手を他の球団の誘いから守ることができます。契約を解除するのも更新するのも、支配下選手に比べると簡単で、球団にとって都合がいいような制度とも取れます。

しかし、大学卒業の22歳までに開花できなかったら、プロ野球選手になれない。そんな環境に陥ってはいけないのも事実です。従来のように社会人野球チームが増え、活況を取り戻すのが好ましい解決策かもしれませんが、現状は育成制度がその機能を代替しているのです」

Q.育成選手制度について、期待することはありますか。

江頭さん「日本のスポーツ選手を育てるのは高校と大学が中心です。その多くが学校の組織である『部活』です。それは同時に『卒業=現役引退』となってしまうことを意味します。プロ化されていないさまざまなスポーツにおいて、この育成選手制度があれば、学校卒業までにピークを迎えることができなかった選手がその可能性に挑戦する機会を得られます。それは素晴らしいことです。

いわゆる、マイナースポーツと呼ばれる競技の場合、大学生になって始めることも少なくありません。わずか4年でトップレベルの競技力をつけることは至難の業です。もし、育成選手制度があれば、『あと2~3年練習を続ける時間があったら』と悔やまれる例は減少するでしょう。公立の育成選手制度があってもいいと思います。『卒業=現役引退』とならない、多様なスポーツ環境を整えていく必要があると思います」

オトナンサー編集部

(左から)甲斐拓也捕手(2020年10月、時事)、千賀滉大投手(2020年11月、同)、周東佑京内野手(2020年8月、同)