(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 アメリカ大統領選挙は、バイデン元副大統領勝利宣言して「分断ではなく結束を目指す大統領になる」と誓ったが、その前途は多難である。何しろ相手のトランプ大統領が、まだその勝利を認めないからだ。

 この混乱の原因をトランプの乱発する訴訟に求める人が多いが、法的に疑義のある選挙に、裁判所の判断を求めるのは当然である。問題は投票から10日たっても結果の確定しない選挙制度にある。これはアメリカの民主政治に深刻な欠陥があることを示している。

200年以上続く「ねじれた民主政治」

 バイデンの得票は7764万票で、トランプより526万票多い(11月12日現在)。これは2016年のヒラリー・クリントンとトランプの票差の2倍近く、直接投票だったら楽勝だが、アメリカの大統領選挙人という独特の制度で決まる。これは各州ごとに選挙人を選んで、その集会で大統領を選ぶ制度で、ほとんどの州では最多得票した党が選挙人を総取りする。

 ニューヨークカリフォルニアのような都市部の大きな州は必ず民主党が勝つので、争点にならない。選挙の行方を決めるのは中西部のスイングステートと呼ばれる10程度の州の選挙人なので、得票数で勝っても選挙人の数で負ける大統領候補が出てくる。最近では2000年のゴア、2016年のクリントンがそうだった。

 この不合理な制度を改めようという提案は昔からあったが、連邦議会では通らない。「1票の重み」の重い小さな州が、その既得権を守るからだ。

 特に上院議員は各州から2人選出されるので、人口4000万人のカリフォルニア州も60万人のワイオミング州も同じ2票をもつ。これはアフリカの小国がアメリカと同じ1票をもつ国連と同じである。

 合衆国憲法の起草された1787年には、連邦政府は13の独立国(state)の連合体で権限が弱く、今の国連のようなものだった。各州の知事は国を代表する統治者(governor)で、大統領はその集まる会議の司会者(president)だった。

 大統領を直接選挙すべきだという意見と連邦議会が選出すべきだという意見の妥協で、選挙人という奇妙な制度ができた。大統領の権限は弱く、法案提出権も予算編成権もなく、宣戦布告もできない。

 立法するのは議会だから、少数与党になると大統領は何もできない。日本では「決まらない政治」がよく問題になるが、アメリカではそれが200年以上続いているのだ。

貧富の格差で分断が拡大した

 このようなねじれは、1990年代から激しくなった。社会主義が崩壊して自由経済を主張する共和党が議会で多数派になる一方、グローバル化で所得格差が拡大したため、民主党の支持層は「大きな政府」を求めた。

 この結果、共和党が右傾化する一方、民主党は左傾化し、アメリカ社会の分断が拡大した。図のように所得格差(ジニ係数)と政治的対立の二極化(分極化指数)は、1980年代から始まり、90年代に急速に拡大した。

 共和党は中西部で支持を広げる一方、オバマ大統領はウェブサイトで小口献金をつのり、7.4億ドルもの献金を集めた。アメリカの選挙資金は、自己資金で運動する場合は規制上限がないので、昔とは逆に民主党の候補のほうが資金が潤沢になった。

 この結果、大統領と上下両院のねじれが続き、ブッシュ(子)政権で連邦議会に提出された法案のうち成立したのは3.8%で、オバマ政権ではわずか2.7%。おかげで決まらない政治になるばかりか、連邦政府が一時閉鎖された。

 トランプはこの分断を利用し、中西部の白人のマイノリティや移民に対するルサンチマンを刺激して当選したが、彼はもともと共和党員ではなかったので、議会を動かせなかった。2018年以降は民主党が上下両院の多数派になったので、何もできなくなった。

 大統領には立法権がないので、大統領令でできる関税の引き上げや移民の制限ぐらいしか実行できない。宣戦布告の必要な大戦争はできないので、シリアイランで小規模な攻撃をやった程度だった。トランプが戦争をしなかったのは彼が平和主義者だったからではなく、国防総省を動かす力がなかったからなのだ。

アメリカ社会の分断は終わらない

 それに対してバイデンはネット献金で140億ドルもの献金を集め、全国で幅広く集票した。民主党は下院では過半数を守ったが、上院は共和党が過半数になり、ねじれが続くおそれが強い。

 民主党内では、予備選挙でバイデンと最後まで争ったサンダース上院議員やウォーレン上院議員など左派の影響力が強まるだろう。

 バイデン自身は国民皆保険や大学無料化など巨額の政府支出は明言せず、オカシオコルテスなどの提唱する「グリーン・ニューディール」も支持していないが、「2兆ドルの環境・インフラ投資」を公約している。

 トランプ大統領共和党の伝統的な「小さな政府」路線に反して財政赤字を拡大し、今年度(2020年度)の連邦政府の赤字は昨年度の3倍になって3.3兆ドルを超える。これに対して民主党は1.9兆ドルの景気対策を提案し、もっと大きな政府をめざしている。

 そのゆくえがどうなるかはまだわからないが、確実にいえるのは、ここ30年続いてきたアメリカ社会の分断は終わらないということだ。それは事前には大敗するとみられていたトランプが意外に善戦し、7000万票以上の支持を得たことでもわかる。

 今後も分断の原因になっている所得格差は拡大するだろう。トランプの保護主義が元に戻ると、グローバル化が進むからだ。他方で格差の原因をGAFAグーグル・アップル・フェイスブックアマゾン)などの巨大企業に求め、それを規制しろという左派の動きも活発化するだろう。

 合衆国憲法は世界最古の憲法であり、200年以上たった今も機能しているのは立派だが、さすがに老朽化が目立ってきた。それは国民を分断するバイアスをもっているので、バイデン大統領が本当にアメリカの結束を実現しようとするなら、少なくとも選挙制度は改正したほうがいいだろう。

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