新型コロナウイルスによる業績悪化で、全日本空輸(ANA)を傘下に持つANAホールディングス(HD)や日本航空JAL)といった大手航空会社がグループ内の社員を一定期間、他企業へ出向させることが話題となっています。報道によると、大手物流会社、大手通信会社、家電量販店、スーパー、自治体などへの出向を予定。コロナ禍での苦肉の策ともいえますが、異業種の企業に出向させられた場合、社員はうまく働けるものなのでしょうか。経営コンサルタントの大庭真一郎さんに聞きました。

所属元企業のサポートが不可欠

Q.そもそも、民間企業や自治体で社員や職員を他企業、または他自治体へ出向させることがありますが、なぜでしょうか。

大庭さん「出向とは一定の目的に基づいて、自組織の社員や職員を他の事業者の元に異動させることであり、主に人材援助、人材交流、人材育成、雇用調整といった目的があります。

【人材援助型】
関係先企業の技術やノウハウなどの習得支援を目的として、関係先企業に自組織の優秀な人材を送り込みます。民間企業が子会社や関連会社に対して行うのが代表的な例です。

【人材交流型】
企業間の関係強化を図ることを目的として、双方が自組織の人材を一時的に相手方に送り込みます。企業間で行われる人事交流が代表的な例です。

【人材育成型】
社員や職員のキャリアアップを図ることを目的として、自組織では経験できない職務を他の組織で経験させます。企業間、あるいは企業と自治体との間で行われています。

【雇用調整型】
雇用の維持が難しくなったときに解雇を回避することを目的として、一時的に他社で雇用を肩代わりしてもらいます。コロナ禍で、大手航空会社が一部社員を他業種の企業に出向させるのはこのケースです」

Q.出向先の企業や自治体では、どのような仕事をするのでしょうか。所属元の企業とまったく違う仕事をすることはあるのでしょうか。

大庭さん「出向者が出向先でどのような仕事をするのかは、出向に関する契約で定められます。人材援助や人材交流目的で行われる出向は、出向元での元々の仕事と同じような業務に従事するケースもありますが、人材育成や雇用調整で行われる出向は異なる業務に従事するケースが大半です。例えば、近年、企業間や企業と自治体との間で増えている人材育成型の出向では、対象者の見識や能力の幅を広げるために、意図的に従来とは異なる業務に従事させるケースが多いです」

Q.雇用調整を目的とした出向の場合、社員は出向先の企業でうまく働けるのでしょうか。

大庭さん「人材援助、人材交流、人材育成目的で行われる出向の場合は、出向することによって実現させたいことが明確であり、出向者もそのことを理解した上で出向するので、出向先での業務に戸惑うことは少ないと思います。

一方、今回の航空会社のケースのような雇用調整目的で行われる出向の場合は緊急避難的な対応であり、出向者が出向先での業務に戸惑うことも多いのではないでしょうか。そのため、あらかじめ、出向者に対して出向期間や出向先での業務内容などを詳しく説明し、出向期間中も小まめに様子を確認した上でメンタル面でのサポートを行い、本人に目的意識を持って働いてもらえる状況をつくることが必要だと思います」

Q.出向先で成果を残せなかった場合、元の所属先で解雇の対象になることはあるのでしょうか。

大庭さん「解雇は合理的な理由がない限り、企業側の解雇権の乱用とみなされてしまいます。そのため、出向先で成果を残せなかったことを理由に人員整理の対象とするようなことはまともな企業であれば行いません。自社における今後の業務に対して成果を出すことができる可能性も残されているからです。

ただし、出向先で成果を残せなかったことを理由に能力が低いと評価され、その後の教育や指導をもってしても能力の向上が認められない場合、能力不足による解雇や会社の業績不振時の整理解雇対象とされてしまうことはあり得ます」

Q.出向する場合、給与は出向先の企業が支払うのでしょうか。それとも、所属元の企業が支払うのでしょうか。また、出向により給与が減ることはあるのでしょうか。

大庭さん「異動先に籍を置く転籍型出向の場合は出向先が給与を全額負担しますが、一般的な出向である在籍型出向の場合は、出向元、出向先のいずれかが給与を全額負担するケースもあれば、出向元と出向先とが給与を分担し合うケースもあり、出向に関する契約であらかじめ決められます。

給与の変動ですが、転籍型出向は一から雇用契約を締結することになるため、結果として給与が減ることもあります。在籍型出向も業務内容が変化したことや出向先が給与を負担する場合の出向先の財務能力などを理由に給与が減ることがあります。なお、転籍型出向を行う場合や在籍型出向で給与を減額するなど労働条件の不利益変更を伴う場合は、出向者本人の同意が必要となります」

Q.出向することで、社員や職員にはどのようなメリットがあると考えられますか。また、もし出向が決まった場合、どのようなことを心掛けるべきなのでしょうか。

大庭さん「出向することで、出向者が得られるメリットとして考えられるのはキャリアの習得や人脈の獲得です。出向先で新たな業務に従事することにより、職務経験の幅が広がり、能力向上や技術習得の機会を得ることができます。また、出向先での業務経験や人材交流を通じて人脈が広がり、出向後の仕事に生かすこともできます。

もし、出向が決まった場合、出向先のルールに従うことや前向きな気持ちで出向先の業務に従事することが重要です。仕事の進め方や報告、勤怠に関することなど出向先ならではのルールがあるからです。また、常に前向きな気持ちでいれば、先述したキャリア習得や人脈獲得の可能性が高まります。そうすると、出向後の所属元からの評価も高くなります」

Q.出向先企業、自治体にとって、外部の社員や職員を受け入れるメリットはあるのでしょうか。

大庭さん「人材獲得コストの削減と、自組織の社員や職員のレベルアップが期待できます。新たに人材を確保する場合、採用や教育に関するコストが発生し、ミスマッチにより定着しないというリスクも発生します。出向で人材を受け入れる場合は採用に関するコストが不要であり、出向者がその業務の経験者であれば、教育コストを抑えられ、ミスマッチも回避できます。

また、自組織の社員や職員が特定のキャリアや異なる見識を持った出向者と交わることで、新たな職務経験やノウハウ習得の機会が得られるほか、意識変化が生じることで、レベルアップにつながります」

オトナンサー編集部

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