北朝鮮の公共施設、学校、家庭、公共交通機関など、どこに行ってもあるのが、金日成主席と金正日総書記の肖像画だ。

命より大切なものとされ、事故や災害から肖像画を守り抜いたエピソードは、美談として国営メディアに大きく取り上げられる。

1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の真っ只中、食べ物が底をつき、何日も飢えた末に、肖像画の額縁のガラスを売って食べ物に変えたムン・ウネ(仮名)さん一家は、通報され終身刑にされかねない恐怖から脱北した。しかし、父は捕らえられ獄死、姉4人は人身売買の被害に遭い行方不明、韓国にたどり着けたのはウネさん1人だけだった。

そんな肖像画を撤去せよという命令が朝鮮人民軍北朝鮮軍)の一部で下されたと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。一体どういうことなのだろうか。

平安北道(ピョンアンブクト)の軍関係者によると、駐屯地内の兵営や勤務場所などから肖像画を撤去せよとの軍総政治局の命令が下されたのは、10月末ごろのことだ。

そんな命令を受けた部隊の幹部は困惑し、緊張した。他でもない、神聖不可侵な金日成氏と金正日氏に関することで、ちょっとしたミスでもクビが物理的に飛びかねない厄介なものだからだ。総政治局から指示文が到着してようやく、その意図するところが飲み込めたようだ。

「軍内の兵営など一部施設で肖像画の撤去が提起された背景には、多くの兵士が集まって生活するところで、施設や肖像画の管理が正しくなされず、肖像画が汚れたり破損したりする危険が高いという問題が中央に提起されたことによる」(軍関係者)

肖像画の管理不備は、先代の首領(金日成氏、金正日氏)の権威と直結する政治的な問題で、決して発生してはならないという中央の強い意志が反映されたというのが、この軍関係者の見方だ。

総政治局は、肖像画の撤去に関して良からぬ噂が飛び交うことを防ぐために、かん口令も敷いている。また、部隊の政治部と保衛部(秘密警察)は、日々幹部と一般兵士の思想動向の把握に動いており、失言してしまうのではないかと極度の緊張感を強いられているとのことだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の別の軍関係者も、軍施設内での肖像画撤去が進められていることを伝え、今後は金日成金正日主義研究室、教養室、事務所など環境の保てる場所に限って肖像画を掲げられるようにし、万が一破損や汚損が発生した場合には、首領の権威に毀損する行為として厳しく対処し、責任幹部の追及を行うと指示が下されたとも伝えた。

この関係者は、一部の部屋に限って肖像画を掲げ、管理を徹底することで、肖像画管理についての意識を強める意図があるものと見ている。

命より大切なはずの肖像画が、ぞんざいな扱いを受けている実態は、軍だけにとどまらないようだ。

RFAは今年9月、咸鏡北道の幹部の話として、各道、市、郡の党委員会に対する思想指導検閲(監査)が行われ、1号写真(金氏一家)の入った印刷物や映像が粗末に扱われている事例が問題として取り上げられたと報じている。

かつては絶対的権威を誇っていた金日成氏、金正日氏だが、その権威の低下をうかがわせる現象が各地で起きているのだ。

金正日氏(左)と金正恩氏