2020年11月16日、韓国政府主導で大韓航空によるアシアナ航空買収を進めることが決まった。

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 アシアナの経営悪化を機に始まった韓国の航空再編劇は、新型コロナウイルス感染症の流行という激震を経て予想もしなかった方向で進むことになった。

 1年以上前のことか。まだ新型コロナの流行が始まる前のことだ。アシアナ航空を傘下に置く錦湖(クムホ)アシアナグループの経営難で、債権銀行団などがアシアナ航空売却を検討していた時期だ。

 韓国メディアが有力買収候補と報じていた有力財閥の幹部に、買収意向を聞いたことがある。

政府主導にしり込み

「検討はした。事業としては悪くないが、買収はしない。(買収に)成功しても、後で絶対、あの時の政権の協力を得たと言われる」

 政治リスクが大きいとの判断だった。

 名前が挙がった大手財閥がどこも手を上げない中でアシナ航空の迷走は続いた。

 2019年11月に、建設を主軸とするHDC現代産業開発が2兆5000億ウォン(1円=11ウォン)で買収することで合意し、最優先交渉権者となった。

 たが、その直後に新型コロナの流行で状況は一変する。

 2020年9月、この売却劇は白紙に戻る。このときの仲介役は、最大の債権者でもある国策金融機関、韓国産業銀行(KDB)だった。

 それだけではない。次の手を打ったのも政府機関であるKDBだった。

 韓国メディアによると、KDBは、5大財閥と大韓航空に買収意向を打診した結果、大韓航空が名乗りを上げたという。

電撃作戦、それだけ急いでいた

 わずか2カ月間での電撃的な「1位、2位合併」だった。

 政府がそれだけ急いでいたということだ。

 というのも新型コロナの流行長期化で、アシナ航空の業績はさらに悪化していた。国策銀行はアシアナ航空にすでに3兆5400億ウォンもの資金を投入している。

 それでも業績悪化は止まらず、近く、さらに基幹産業安定基金を通した追加支援が不可避だ。このままでは持たない状況に追い込まれていた。

 かといって買収先がすぐに現れるわけではない。新型コロナの流行で海外旅客需要が回復する兆しはない。

 大手財閥は「政府主導」の救済買収に及び腰だったことは1年前と同じだ。

 文在寅ムン・ジェイン1953年生)政権は2022年5月まで。韓国では政権交代後、前の政権の粗探しが始まる。「前の政権の支援を受けて買収した」ことがどういう影響を受けるか不安だからだ。

大韓航空しかなかった

 アシナ航空を売却するのなら、行き先は大韓航空しかなかったわけだ。

 大韓航空は、旅客事業から急速な貨物事業シフトを進め、さらに人件費削減を進めたことで2・四半期連続して単独決算で営業利益を確保はした。

 しかし、7~9月期の営業利益は76億ウォンにすぎない。子会社が運営する海外ホテル事業で巨額の損失が出ている。

 大韓航空に対しても国策銀行が1兆2000億ウォンを支援している。近く追加支援が不可欠な状態だ。

 大韓航空も苦しいことには変わりがないが、政府が支援するのならこれに飛びつかない手はなかった。

 KDBは、「2大航空会社の体制を維持する場合、2021年までに4兆8000億ウォンの支援が必要になる」という見通しを示している。

 1社にまとめることで「支援の効率化」を目指したのだ。

 大韓航空オーナー家出身の趙源泰(チョ・ウォンテ=1976年生)会長には、別の事情もあったとの見方がある。

 大韓航空をめぐっては、鄭源泰会長の父親である先代会長が2019年4月に急死して以来、家族内紛争が起きている。

ナッツリターン姫」である実姉の趙顯娥(チョ・ヒョナ=1974年生)氏との経営権をめぐる争いが勃発したのだ。

 趙顯娥氏は、ファンド「KCCI」、バンド建設と組んで大韓航空を傘下に置く持ち株会社「韓進カル」の株式を買い進めている。

 3者連合の持ち株比率は45.24%に達し、鄭源泰会長の22.44%を大きく上回っている。大株主(持ち株比率14.9%)である米デルタ航空などが趙源泰会長を支持したとしても、微妙な情勢だ。

3者連合の持ち株比率は低下へ

 今回の買収スキームは、KDBがまず「韓進カル」の第三者割当増資に応じて5000憶ウォンを出資する。

 KDBが10.66%を保有する大株主に浮上する。3者連合の持ち株比率は40.4%に低下することになる。

 鄭源泰会長にとっては政府機関であるKDBが「友軍」に見えるとも言える。

 KDBオーナー家の紛争に介入したとの批判を回避するため、「趙源泰会長の持ち株を担保に取る」「経営監視機構を作る」などを明らかにしているが、実効性は分からない。

 KDBはこの5000億ウォンを含めて韓進カルに8000億ウォンを拠出する。韓進カルはこの資金を大韓航空に出資し、大韓航空アシアナ航空の株式を買収する構図となる。

 大韓航空アシアナ航空の株式63.9%を取得する。

 韓国紙デスクは「当初は2社を韓進カル傘下に別々に置く案も検討したようだが、買収後は1つの会社に統合する方向で進むことになった」と解説する。

 吸収合併に進むとの見方だ。

スピード決定の光と影

 大韓航空アシアナ航空はそれぞれ合わせて3社のLCC格安航空会社)を傘下に持つがこれらも統合する計画だ。

 KDB以外に、両社に対する政府支援も続くことになり「政府主導」の大再編劇となる。

 それにしても猛スピードでの買収劇だ。それだけ事態が切迫していたともいえる。

 韓国紙デスクは他の理由もこう解説する。

「このところ景気後退や不動産政策がうまくいかないことから政府与党への批判が強まっている。2021年4月にソウル、釜山などの市長選挙や国会議員補欠選挙があり、早目に実績を出したいという事情もあった」

 どこまでも「政府、政治主導」だということだ。

 では、この買収劇はすんなり進むのか。

 スピード意思決定は、利害関係者との調整不足の裏返しでもある。乗り越えなければならないハードルはあまりに多い。

合併まで難題山積

 韓進カルの大株主である「3者連合」は買収計画に猛反発している。「あらゆる手段を講じる」と表明しており、法廷闘争に進む可能性もある。

 大韓航空アシアナ航空LCC3社を合わせた国内シェアは68%に達する。業界1位と2位の合併に、公正取引委員会がどんな裁定を下すのか。

 政府が資金を投入して買収を進めることに対して海外の独禁当局の判断も未知数だ。

 両社の労組や従業員も反発している。LCCを含めた5社労組は「経営責任のつけを労働者に回し、国民の血税で解決しようという政経野合を即時中断し、労使政協議を通して原点から再論議すべきだ」と主張している。

 政府と韓進カルは「路線の再配置などで人員削減はない」と説明しているが、リストラなき買収を労組や従業員が信じているわけではないのだ。

 利用客からは「価格は上昇しないのか」「マイレージはどうなるのか」などの疑問の声も上がっている。

 さらに肝心なことは、買収から合併作業に至る作業を進めながら、どうやって収益構造を改善させるのか、という点だ。

 KDBにとっては出資して買収、合併するのなら負担は減るかもしれない。

 今回の8000億ウォン以外に必要な資金は比較的利子が高い他のスキームを利用してもらえる。資金投入を続ければ延命にはなるが、業績回復につながるのか不透明だ。

アシナ航空32年の歴史に終止符か

 今回の買収が実現すれば、アシナ航空はその歴史に終止符を打つ。

 1988年ソウル五輪を経て韓国政府は89年からの「海外旅行自由化」を打ち出した。このタイミングに合わせて「第2航空会社」の選定を進めた。

 韓国南西部の全羅(チョルラ)道に基盤を置く錦湖(クムホ)グループ(その後、石油化学事業が独立し、残った航空、レジャー、交通事業などが錦湖アシアナグループに)を事業者に選定したのは退任直前の全斗煥(チョン・ドゥファン=1931年生)大統領だった。

 韓国内では「1980年の光州事件に対する贖罪感からこの地域の企業を選んだ」という声もあった。

 1988年12月に国内線を初就航させてから32年。2大航空会社体制も消えるのか。

 当時、第2航空会社を設立したのは、海外旅行需要に応え、さらに国内の航空業界に競争原理を導入するという理由だった。

 新型コロナの流行で海外需要が消えてしまい、政府は競争の旗を降ろし、生き残りのための買収・合併を選んだ。

 11月17日に電話をしたあるLCCトップは苦渋の口調でこう話した。

「買収から合併まですんなり進むのかは分からない。業界1位と2位の合併は本来ならば好ましくはないが、今は致し方ない。良い知らせだと受け止めるしかない」

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