ここ数年、各国において極超音速兵器(Hypersonic Weapons)の開発が進んでいる。ハイパーソニックとはマッハ5以上の速度をいう。

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 現在、極超音速兵器の開発で米・ロ・中が他の国をリードしている。それに続くのが豪、印、仏、独、日本である。

 大気圏内(地表から100キロ以内)を極超音速で飛行する兵器には、空力加熱から機体を保護する熱防御技術や超音速の気流を燃焼させるスクラムジェットエンジンの開発などの課題がある。

 そのため、実戦配備はまだ当分先になるとみられていたが、ロシアと中国は早ければ2020年には実戦配備することが見込まれている。

 一方、米国は、2010年4月にファルコンHTV-2」の飛行テストに成功するなど極超音速兵器の開発でロシア・中国を凌駕していたが、これまで極超音速兵器の取得を目指さなかった。

 その理由は、米国はロシア・中国と異なり、極超音速兵器に核弾頭を搭載しないとしている。そのため、爆撃効果が小さい通常型極超音速兵器の必要性・有効性に関して議会などで議論がなされてきたためである。

 ところが、最近の極超音速兵器がもたらす戦略的脅威の増大を受け、米国防総省と米議会は、極超音速兵器システムの開発および今後短期間に配備することに強い関心を示している。

 そして、極超音速関連プログラムの予算を増額した。

 同プログラムの国防総省の2021年度の予算要求は、極超音速ミサイル防衛プログラムの2億680万ドルを含め、2020年度の要求の26億ドルから32億ドルに増加した。

 他方、日本の状況であるが、防衛省は、2018年度に「 極超音速誘導弾の要素技術に関する研究(58億円)」と「島嶼防衛用高速滑空弾の研究(139億円)」について予算措置を行い、実質的に極超音速兵器の2種類の研究開発に着手したと言える。

 ところで、極超音速兵器は、現在のいかなるミサイル防衛システムでも撃墜することはほぼ不可能と言われている。

 これらの兵器のさらなる発展は、我が国の安全保障にとって重大な脅威となることは間違いない。わが国の極超音速ミサイル防衛システムの構築が急がれる。

 本稿は、各国の極超音速兵器の研究開発の状況および米国の極超音速ミサイル防衛システムの構想を紹介し、わが国の極超音速ミサイル防衛システム構築の資とすることを目的とする。

 本稿は、米議会調査局の作成した調査報告書「Hypersonic Weapons: Background and Issues for Congress (2020年8月27日更新)」を参考にしている。

1.極超音速兵器滑空弾(HGV)の起源

 冷戦後、特に2001年の同時多発テロ以以降は、米国に対する迫った脅威は一部の「ならず者国家」や国際テロ組織等の非国家主体による予期し得ない攻撃へと変化した。

 米国は、それらの脅威に対応するためには、多様な脅威に対してあらゆる時と場所で対抗し得る幅広い能力を身につけなければならないという考えに至った。

 そして、国防総省(ペンタゴン)は、「迅速なグローバル攻撃(PGS:Prompt Global Strike)」構想を発表した。

 PGS構想の背景にあったのは、当時の核軍縮の潮流と米軍の「在外米軍の再編(前方展開態勢の見直し)」の動きである。

 PGS構想はのちに「通常兵器による迅速なグローバル攻撃(CPGS)」構想に名称が変更された。

 CPGS構想とは、「世界のいかなる場所に所在する標的に対しても、1時間以内に命中精度の高い“非核兵器”によって、敵のアクセス拒否能力を突破して迅速な打撃を与えようとするもの」である。

 そして、通常弾頭搭載のトライデント・ミサイル構想が打ち出された。

 しかし、トライデント・ミサイル構想は、ICBM(大陸間弾道ミサイル)と「通常弾頭搭載型打撃ミサイル(CSM:Conventional Strike Missile)」との区別が困難なことから、中止された。

 続いて、米国は2003年にファルコンFALCON:Force Application and Launch from Continental United States)計画を発表した。

 この計画は、米本土から1時間以内に地球上のどこにでも到達でき、精密誘導弾や運動エネルギー弾を投下できるシステムを、2025年頃を目指して開発しようとするものであった。

 2010年4月22日に極超音速技術機(HTV-2:Hypersonic Technology Vehicle)の初飛行テストが行われた。

 ファルコンHTV-2は使い捨てロケットよって打ち上げられ、ブースターから切り離された後マッハ20で4800マイル(7700キロ)を飛行したが、飛行開始後9分でテレメトリが途絶したため強制的に飛行を終了した。

 2011年8月に2度目の飛行テストが行われたが9分後の滑空中に通信が再び途絶えた。そして、HTV-2をもってファルコン計画は終焉した。

 筆者は、このファルコンHTV-2が、現在各国が開発しているHGVのモデルになっていると考えている。

 下図1および下図2はそれぞれ、ファルコン極超音速HTV-2の飛行パターン図およびイラスト図である。

図1 HTV-2の飛行パターン図

図2 HTV-2のイラスト図

2.極超音速兵器の特徴

ア.定義

 マッハ5以上で飛行する極超音速兵器は、極超音速滑空弾(hypersonic glide vehicle:HGV) と極超音速巡航ミサイルhypersonic cruise missile:HCM)の2種類に分類される。

 それぞれの定義は次のとおりである(出典:米議会調査局報告書2020年8月27日)。

・極超音速滑空弾(HGV)は、ロケットから発射され、標的に向かって滑空する。

・極超音速巡航ミサイル(HCM)は、標的を捕捉した後、高速の空気吸入エンジン(air-breathing engines)または「スクラムジェット(scramjets)」により加速される。

 以下、HGVとHCMそれぞれの一般的な飛行パターンの概観を述べる。

イ.極超音速滑空弾(HGV)

 HVGは、弾道ミサイルなどで大気圏外に打上げられ、切り離された後、大気圏内をマッハ 5~20の極超音速でスキップや滑空しながらかつ機動しながら標的に接近し、最後はダイブして標的に到達する。

 HGVは、大気圏外の宇宙空間に飛び出さずに希薄な大気が残る高高度を飛ぶことにより、弾道ミサイル防衛用の大気圏外迎撃ミサイルを全て無力化する。

 また、HGVは、弾道ミサイルとは異なり、弾道軌道を飛行せず、低高度を極超音速で飛行し、目的地に向かう途中で機動することができる。

 すなわち、HGVは、その速度、機動性、低高度飛行により敵の探知と防御を難しくする。

 そもそも、地上配備レーダーでは、当該空域を低高度で飛行する飛翔体を探知することは物理的に困難である。

 地球が湾曲しているため、「レーダー電波の水平線」の下方にある低高度目標を捜索・探知することができない。

下図2は、地上配備のレーダーによる弾道ミサイルとHGVの探知距離の違いを示している。

図3 地上配備レーダーによる弾道ミサイル、HGVの探知距離の比較

 この探知の遅れは、意思決定者が対応策を評価するため時間、および防御システムがHVGを(多分たった1回の)迎撃時間を短縮する。ステルス技術を取り入れたHGVの探知・追跡は、より一層挑戦的なものとなるであろう。

ウ.極超音速巡航ミサイル(HCM)

 HCMは、地上、航空機または艦船から発射され、標的近傍まではラムジェットエンジンにより亜音速飛行し、標的補足後、スクラムジェットエンジン(注1)により、マッハ5~15(マッハ15がスクラムジェットの理論上の限界値と言われる)の極超音速に加速され、機動しながら標的に到達する。

 HCMは、その速度と機動性により敵の探知と防御を難しくするものである。

 従来の亜音速の巡航ミサイルの弱点は、速度が遅いために敵戦闘機または対空火器からの被迎撃性が高いことであった。

 そのためミサイル性能の長射程化(敵戦闘機からの攻撃の回避)および超高速化(対応の時間を与えず、対空火器を突破)が要求されてきた。

 既にラムジェットエンジンによる超音速巡航ミサイルは実用化されている。

 そして、ここにきて、長年研究されてきたスクラムジェットエンジンが実用段階に入ってきたのである。

(注1)スクラムジェットエンジンとは、「超音速燃焼ラムジェット(Supersonic Combustion RAMJET)」のこと。

 通常のジェットエンジンは、取り入れた空気を機械的に圧縮して燃焼室に送り込むが、マッハ5以上の極超音速飛行に搭載されるスクラムジェットエンジンは、高速で流入する空気の勢いを利用して圧縮し、超音速の気流を保ったまま燃焼を行う。

 すなわち、スクラムジェットエンジンとは低速域では亜音速燃焼,高速域では超音速燃焼を行うデュアルモード・ラムジェットであると言える。

3.主要国の極超音速兵器の研究開発計画

 極超音速兵器の性能諸元については各資料により差異があるので、本項では、米議会調査局の調査報告書(2020年8月27日)を参考にしている。「筆者加筆」等の但し書がない限り、本項の情報・データの出典は同調査報告書である。

(1)米国

ア.全般

 米国は、2000年代初頭以来、「通常兵器による迅速なグローバル攻撃(CPGS)」プログラムの一環として極超音速兵器の開発を積極的に追求してきた。

 近年は、地域紛争で使用する短距離および中距離のHGVおよびHCMに重点をおいてきた。

 これらのプログラムへの資金提供は過去に比較的抑制されていたが、最近は、国防総省と議会とも、極超音速兵器システムの開発と今後短期間に配備することを追求することに強い関心を示している。

 これは、ロシアと中国の極超音兵器によってもたらされる戦略的脅威に関する米国の関心が増大したためである。

 公開情報によると、中国とロシアはHGVの複数のテストに成功し、両国とも早ければ2020年には実戦配備すると見込まれている。

 しかし、米国の政策立案者などの間では、ロシアと中国の極超音速兵器が、戦略的安定性および米軍の競争上の優位性に与える影響について意見が分かれている。

 2019会計年度のジョンS.マケイン国防授権法により、米国の極超音速兵器の開発は加速したが、米国が2023年以前に極超音速兵器システムを実戦配備する可能性は低い。

 また、米国の極超音速兵器プログラムは、ロシアと中国とは対照的に、核弾頭の使用を想定していない。

 そのため、米国の極超音速兵器には、核弾頭搭載の中国やロシアのシステムよりも高い精度を必要とし、開発が技術的に困難になる可能性がある。

イ.極超音速兵器プログラム

 米国は多くの開発中の極超音速攻撃兵器プログラムを推進中である。次にそれらを列挙する。

米海軍-「通常兵器による迅速攻撃(Conventional Prompt Strike:CPS)」

 CPSは、共通滑空飛翔体(common glide vehicle)(注2)と潜水艦発射ブースターシステムを組み合わせて構成される。2028会計年度にバージニア原子力潜水艦で初度作戦能力(IOC)を達成する予定である。

(注2)共通滑空飛翔体は全軍種が使用することを前提に海軍が開発したものである。

②米陸軍-「長距離極超音速兵器(Long-Range Hypersonic Weapon: LRHW)」

 LRHWは、共通滑空飛翔体と海軍のブースターシステムを組み合わせて構成される。1400マイルの射程を目的とし、2023会計年度に飛行テストが予定されている。

③米空軍—「AGM-183A空中発射型即応兵器(Air-Launched Rapid Response Weapon:ARRW)」

 ARRW計画では、米国防高等研究計画局(DARPA)の戦術ブーストグライド(TBG)を活用して、射程約575マイル、マッハ20の「空中発射型HGV」のプロトタイプの開発が見込まれている。

 2023年までに飛行テストの予定である。

 2020年2月、空軍は極超音速通常型攻撃兵器(Hypersonic Conventional Strike Weapon:HCSW)をキャンセルした。

 これは、ARRWは小型であるため、戦略爆撃機B-52」にHCSWの2倍の数のARRWを搭載できる可能性があること、および戦闘機の「F-15」でも搭載できる可能性があることから、空軍がHCSWでなくARRWを選択したためである。

④DARPA-「戦術ブーストグライド(Tactical Boost GlideTBG)」

 DARPAは、空軍と協力して、マッハ7以上のくさび形のHGV(TBG)のテストを継続している。

 TBGプログラムは、将来、戦域で使用する「空中発射型TBG」システムの技術の開発と実証を目的としている。少なくても2021年まで試験実施の予定である。

⑤DARPA-「地上発射型HGV(Operational Fires:OpFires)」

 DARPAのOpFiresプログラムは、TBGを活用して、「現代の敵防空システムに侵入し、素早くかつ精密にタイムクリティカルな標的を攻撃する」ことが可能な地上発射型システムを追求していると報道されている。

 少なくても2021年まで試験実施の予定である。

DARPA-「極超音速吸気式兵器コンセプト(Hypersonic Air-breathing Weapon Concept:HAWC)」

 DARPAは空軍の支援を受けて、効果的で手頃な価格のHCMを実現するための重要な技術の開発と実証を目的とするHAWCプログラムを長期間継続している。

 HAWCやその他のHCMは、HGVより小型であるのでより広範なプラットフォームから発射が可能である。2020会計年度中に飛行テスト試験を完了する予定である。

ウ.極超音速ミサイル防衛システムプログラム

 国防総省は、極超音速兵器対策にも投資している。しかし、元研究・開発担当国防次官マイケル・グリフィン氏は、米国は、どんなに早くても2020年代半ばまでは極超音速兵器に対する防御能力を整備できないであろうと指摘している。

 2018年9月、米ミサイル防衛局(MDA)は、迎撃ミサイル(interceptor missiles)、極超高速飛翔体hypervelocity projectiles)、レーザー銃(laser guns)、および電子攻撃システム(electronic attack systems)を含む極超音速ミサイル防衛システムの調査・研究のための極超音速防衛システムプログラムを策定した。

 2020年1月、MDAは、「滑空フェーズのHGVを迎撃するインターセプタ―による地域防衛システム(Hypersonic Defense Regional Glide Phase Weapons System interceptor)」のプロトタイプに関する提案依頼書(Request For Proposal)を発出した。

 続けて、MDAは、ノースロップ・グラマン、レイセオン、レイドス、L3ハリスの4社と、2020年10月までに宇宙配備(低地球軌道)のプロトタイプセンサーを設計するための2000万ドル(1社あたり)の契約を締結した。

 このようなセンサーは、理論的には、極超音速ミサイル防衛クリティカルな運用要求である突入してくるミサイルを探知・追跡できる範囲を拡大する可能性がある。

 MDAは、2021会計年度に極超音速防衛システムに、2020年度の1億5740万ドルを上回る2億680万ドルを要求した。また、5か年計画(Future Years Defense Program)では6億5900万ドルを要求した。

 加えて、DARPAは、グライド・ブレーカー(Glide Breaker)と呼ばれるプログラムに取り組んでいる。

 このプログラムは、「大気圏上層の非常に遠方にあるHGVを精密に迎撃するための軽量なインターセプタ―(グライド・ブレーカー)を開発する」ことを目的としている。

 DARPAは、2020年度の1000万ドルからは減少したが、2021年度にグライド・ブレーカーに300万ドルを要求した。

(筆者加筆:DARPAは、2020年1月28日、ノースロップ・グラマンが進めるグライド・ブレーカー開発計画に130億ドルで契約を締結したと報じられている)

(2)ロシア

ア.全般

 ロシア1980年代から極超音速兵器技術の研究を行ってきたが、米国の欧州および米国本土におけるミサイル防衛体制の整備と対弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約からの脱退(2001年)に対応して、その努力を加速した。

 そして、ウラジーミル・プーチン大統領は「米国は、対弾道弾迎撃ミサイルの数の増加および品質の向上並びに新しいミサイル発射エリアの造成を進めている。ロシアが何かをしなければ、最終的にロシアの核ポテンシャルは完全に低下する。それは、 ロシアのミサイルのすべてが簡単に迎撃されることを意味する」と懸念を述べた。

 そして、ロシアは、戦略的安定を回復する確実な手段として、米国のミサイル防衛を突破し、標的に近づくにつれて機動する極超音速兵器を追求している。

イ.極超音速兵器プログラム

 ロシアは、「アバンガルド(Avangard)」と「3M22ジルコン(Zircon)」の2つの極超音速兵器プログラムを追求している。

 また、空中発射型弾道ミサイルである「Kh-47M2キンジャール(Kinzhal)」の発射試験を実施したと報じられている。

➀アバンガルド(Avangard)

 アバンガルドは、ICBMにより打ち上げられるHGVである。それは「事実上、無限の射程」を有している。

 報道によると、アバンガルドは現在「SS-19スティレット」ICBMに搭載されているが、ロシアは最終的に「RS-28サルマット」ICBMに搭載する予定である。

 サルマットは現在開発中であるが、2021年までに配備される可能性がある。また、アバンガルドには核弾頭が搭載されると報じられている。

 アバンガルドは2016年に2回、2018年に1回の飛行テストに成功し、マッハ20速度に達したと報じられている。ただし、2017年10月の飛行テストは失敗した。

 また、アバンガルドは2019年12月に実戦配備されたと報じられている。下図3はアバンガルドのイラスト図である。

図4 アバンガルドのイラスト図

(筆者加筆:報道によると、2018年12月26日の飛行テストでは、ウラル山脈にあるミサイル基地から発射され、3700マイル(5950キロ)離れたカムチャッカ半島のミサイル試験場の標的に命中し、試験は成功したとされる)

②3M22ジルコン(Zircon)

 ロシアは、アバンガルドに加えて、マッハ6~8で飛行する艦船発射型HCMのジルコンを開発している。

 ジルコンは地上部隊および海上部隊の両方の標的を攻撃可能であり、射程は約250~600マイルで巡洋艦フリゲート艦などに搭載された垂直発射システムから発射される。

 また、2020年1月にフリゲート艦からのジルコンの発射に成功したと報じられている。米国の情報機関の報告書には、ジルコンは2023年に初度作戦能力(IOC)になると記載されている。

③キンジャール(Kinzhal)

 さらに、ロシアは、短距離弾道ミサイルイスカンデルを改修した機動性を有する空中発射弾道ミサイルの「キンジャール(Kinzhal)」を配備したと報じられている。

 米国の情報機関の報告によると、キンジャールは、2018年7月、「MiG-31戦闘機からのテスト発射に成功し約500マイルの離れた標的を攻撃した。米国の情報機関によると2020年までに実戦配備されると見込まれている。

 ロシアはミサイルをMiG-31と「Su-34」の両方の長距離戦闘爆撃機に搭載する予定である。また、ロシアはミサイルを「Tu-22M3」戦略爆撃機にも搭載できるよう取り組んでいる。

 しかし、動きの遅い爆撃機では、「武器を正しい発射パラメータに加速する」という課題に直面する可能性がある。

 ロシアのメディアは、MiG-31から発射されたキンジャールの最高速度をマッハ10、航続距離は最大1200マイルと報じている。

 また、キンジャールは地上部隊およびと海上部隊の両方の標的を攻撃するだけでなく、最終的には核弾頭を搭載することができる。

 しかし、キンジャールの性能・特性に関するそのような主張は、米国の情報機関によって公式に検証されておらず、多くの軍事アナリストは、懐疑的な見方をしている。

(3)中国

ア.全般

 中国の軍事専門家は、中国が極超音速技術の開発を優先する最も重要な理由は、米国の地域ミサイル防衛システムなどの洗練された米国の軍事技術からもたらされる脅威に対抗するためであるとしている。

 特に、中国は、米国の極超音速兵器が中国の核兵器と支援インフラストラクチャーに対して先制的かつ壊滅的な攻撃を行う可能性および米国のミサイル防衛システムによって米国に対して報復攻撃を行う中国の能力が制限される可能性があるかもしれないという懸念を抱いている。

 また、一部の軍事アナリストは、中国が接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略を支援するために「DF-21」および「DF-26」弾道ミサイルと通常弾頭型HGVを組み合わせる可能性があると主張している。

 伝えられるところによると、中国は、極超音速兵器を核弾頭搭載もしくは通常弾頭搭載にするかまたは非核両用にするかについて最終決定を下していないようである。

イ.極超音速兵器プログラム

①DF-17中距離弾道ミサイル(IRBM)

 中国は、HGVを打ち上げるために特別に製造されたDF-17のテストに成功した。米国の情報アナリストは、ミサイルの航続距離は約1000~1500マイルで、2020年に配備される可能性があると評価している。

②DF-41大陸間弾道ミサイル(ICBM)

 また、中国は、DF-41の飛行テストを行った。米国議会委員会の報告によると、これは通常弾頭搭載または核弾頭搭載のHGVを運搬できるようにDF-41を改造している可能性を示唆している。

 したがって、このようなDF-41の改造は、「米国本土に対する[中国の]ロケット軍の核の脅威を大幅に増大させる」と同報告は述べている。

③DF-ZF(HGV)

 中国は、2014年以来少なくとも9回、「DF-ZF」(以前は「WU-14」と呼ばれていた)の飛行テストを実施した。DF-ZFの射程を約1200マイル、そして、ミサイルは 飛行中に「極端な機動」を実行することができることを国防総省関係者が特定したと報じられている。

 米情報機関によって確認はされていないが、一部の軍事アナリストによると、DF-ZFは早ければ2020年に実戦配備されると見込まれている。

④星空2号(HGV)

 国防総省によると、中国は2018年8月に、核弾頭搭載可能なHVGのプロトタイプである「星空2号」(Starry Sky-2またはXing Kong2)の飛行テストに成功した。

 中国は、星空2号が最高速度マッハ6に到達し、着陸前に一連の飛行中の機動性を発揮したと主張している。

 DF-ZFとは異なり、星空2号は、打ち上げ後に動力飛行し、それ自身の衝撃波から派生する揚力を使用する「ウェーブライダー」である。

  一部の報道によると、星空2号は2025年までに実戦配備される可能性がある。 米国当局はこのプログラムについてコメントすることを拒否した。

⑤「凌雲1」HCM

 中国は、2018年5月、国家科学技術展において「凌雲1」(Lingyun-1)の写真とプロトタイプを公開した。

(筆者加筆:中国は、2015年12月に「スクラムジェットエンジンを搭載した飛翔体」の飛行テストを実施したと伝えられていた。また、2018年5月、北京で開かれた国家科学技術展において、2015年12月にテストを行った機体であるとする凌雲1のプロトタイプが公開された。凌雲1は、スクラムジェットエンジンを搭載し、マッハ5以上の極超音速飛行が可能であると報じられている)

4.その他の国々の極超音速兵器プログラム

 米・ロ・中のほか、豪、印、仏、独などの多くの国でも極超音速兵器技術を開発している。

 インドは、マッハ7の極超音速巡航ミサイルである「ブラモス(BrahMos) II」の開発でロシアと協力している。

 ブラモス IIは当初、2017年に配備される予定であったが、報道によると、プログラムは大幅な遅延に直面しており、現在、2025年から2028年の間に初度作戦能力(IOC)を達成する予定である。

 また、インドは極超音速技術実証飛翔体プログラムの一環として、国産の極超音速巡航ミサイルも開発しており、2019年6月にスクラムジェットマッハ6のテストに成功したと報じられている。

 イランイスラエル、韓国などの国々は、極超音速気流と推進システムに関する基礎研究を行ってきたが、現時点では極超音速兵器能力の獲得を追求していないと見られている。

 最後に、日本は極超音速巡航ミサイル(HCM)と極超音速滑空弾(Hyper Velocity Gliding Projectile:HVGP)を開発している。

 軍事専門誌ジェーンによると、日本は2019年度にHVGPに1億2200万ドルを投資した。

 また、日本は、空母を無力化するための(筆者加筆: HCM)弾頭と、地域制圧のための(筆者加筆: HVGP )弾頭を開発する計画であると報道されている。これらの弾頭は2030年に実戦配備されると見込まれている。

(筆者加筆:HVGPについて防衛省説明文には超音速とあるが、上記米議会調査局の作成した調査報告書 では、両者とも“極超音速兵器”であると紹介されている)

5.わが国のとるべき対応

 わが国のミサイル防衛システムの整備について簡単に私見を述べる。

 同システムの対象となるミサイルには弾道ミサイル巡航ミサイル(極超音速兵器巡航ミサイルを含む)及び極超音速滑空弾が含まれる。

 一般にミサイル防衛は、攻撃、積極防衛と消極防衛の3つの作戦行動から構成される。

①攻撃作戦とは、ミサイル発射プラットホーム及びその支援組織・システムを破壊、混乱又は無力化するための作戦である。

 わが国は、同盟国である米国との了解の下、敵対国の基地に対する攻撃も含め、攻勢作戦を米軍に依存している。

 ところが、近年の弾道ミサイル脅威の高まりを背景に、抑止力の向上を目的とした専守防衛下の敵地攻撃能力の保有をめぐる議論が行われている。

 そこに、ある意味唐突に近隣諸国が保有する極超音速兵器の脅威が登場してきたのである。

 現時点では極超音速兵器がもたらすわが国の軍事戦略への影響は不確定である。今後の議論を待ちたい。

②積極防衛作戦とは、ミサイルの空中発射プラットホームや海上発射プラットホームまたは飛行中のミサイルを破壊し、ミサイルから重要防護対象を防護することである。

 現行の弾道ミサイル防衛では東京などの政経中枢地域が重要防護対象となっている。

 わが国は2004年度から弾道ミサイル防衛システムの整備を開始した。他方、巡航ミサイルと極超音速滑空弾を対象としたミサイル防衛システムの整備については極端に言えば手付かずである。

 防衛白書ではこれらのミサイルの脅威に対しては、最適な手段による効果的・効率的な対処を行い、被害を局限する「総合ミサイル防空能力」で対処するとしている。

 しかし、現有の装備ではこれらのミサイルへの対処は困難であろう。キーワードは低高度・高速度の目標の探知と撃破である。

 まず、低高度目標の探知について考えてみたい。

 尖閣有事を想定した場合、固定または移動レーダーを設置する標高の高い地形がない尖閣周辺空域において、低高度で侵攻するプラットホームを探知・追尾するには、レーダーや各種センサーを搭載した飛行船(Air Ship)または宇宙配備の監視衛星が必要となる。

 次に、高速で侵攻するミサイルの撃破について考えてみる。

 ミサイルを戦闘機で撃破する場合、少なくとも戦闘機の射撃用火器管制(FCS)レーダーがアクティブ・フェーズド・アレイ(AESA )レーダーであることが必要である。

 F-15JのAESAレーダーへの換装を推進するとともに、AESAレーダーを搭載したF-35の整備を推進することが求められる。

 あるいは、新たに高速のミサイルを撃破できる運動エネルギー迎撃弾(インターセプター)を開発する必要がある。

 さらに、将来の装備化を目指し、電気エネルギーから発生する磁場を利用して弾丸を撃ち出す「電磁レールガン」やレーザーのエネルギーにより対象を破壊する「高出力レーザー兵器」の研究を本格化する必要がある。

③消極防衛作戦とは、重要防護対象の脆弱性を減少し、ミサイル攻撃の影響を局限することである。

 ミサイル攻撃に対する脆弱性を軽減する方策の一つは敵に我の重要防護対象の所在を暴露しないことであり、もう一つは爆撃効果を低減することである。

 対策としては、 シグネチャ-低減対策(兵器本体から放射される可視光線・高周波(RF)・音響などの物理量を、低減・変質して敵から発見されにくくする)、欺騙、堅固化、分散、重要施設の地下化などがある。

 これらの対策は、ミサイル攻撃に限らずあらゆる物理的攻撃、例えば無人攻撃機に対して有効なものである。

 わが国のミサイル防衛のみならず防衛作戦全般で欠落していることは消極防衛への取り組みである。重要施設の地下化や堅固化が遅々として進んでいない。

 例えば、よく知られている話であるが、日本の航空基地では戦闘機が露天に駐機されている。諸外国では戦闘機は航空機掩体(Hardened aircraft shelter)に格納されているのが常識である。

 最後に、いかにミサイル対処能力を強化したとしても、敵のミサイル攻撃を完全に阻止することは不可能であろう。

 したがって、敵のミサイルからの爆撃効果を低減するための重要施設の堅固化・地下化に直ちに取り組むことを推奨する。

 その際、電磁パルス(EMP)攻撃を想定し、施設のEMP保護シールドを実施することも必要である。

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